第6話
さて、時間が経つのは早い。もう放課後だ。
昼休みから帰ってきたときはもう授業が始まっていたし、間の七分休憩には湊は眠りこけていた。
授業中に話しかけようと何度か試みたものの、全て失敗。
なぜ失敗したかと言うと、何となくだ。
話しかけようとするが、何を話したらいいか分からず、話を切り出せない状況に陥っていた。
いつもだったら、馬鹿話の一つや二つや三つ出てくるのに。
という訳で、情けないことに昼休みのあれから、俺は湊とまともに話をしていないのだ。
帰りのロングホームルームでは担任のハゲ(名前分からない)が明日は体力測定があるとかなんとか話をしただけで終わった。
(これからどうすっかな)
今日一日すべての授業が終えたという合図の鐘をききながら、俺は呆っとしていた。
「ねー、湊ちゃん! この後カラオケいかない!?」
「いいねぇ~それ! 湊ちゃん、行こう行こう!? 女の子の事いろいろレクチャーしちゃうぞ~?」
隣の湊は相変わらず人気者だ。
いつもだったら教室がガラガラになるまで残っていて、誰も居なくなったころを見計らってテニス部のヒラヒラを眺めるところなんだが、今日はそういう訳にもいかなさそうだ。
(仕方ない。湊は忙しそうだし、今日は帰るかな)
そう、思った時だ。
「あぁ、ごめん。飯塚さん。私この後雄介と約束してたんだ……やっちゃんの誘いも断ったし……本当にごめんね?」
「ありゃりゃ、先約が居たならしょうがないねー」
「アンダーソーン、この後デートなの~?」
は? 何言ってんだ湊のやつ。
昼休みに一緒に飯食わなかったのに、なんで今更俺なんかと?
そこまで思考して、ふと思い当たる。
あいつは本来あんな社交的な奴じゃない。だけど、無理して社交的なふりをしていたとしたら? 面倒になったから俺と一緒に帰りたい、という意味を暗に含ませている訳だ。
(お前の魂胆は読めたぞ湊。仕方ない……乗ってやるかな)
俺は平常心を装いながら、何気なく言葉を返す。
「ああ、そうだ。俺と湊は今日二人っきりでデートに行くんだ。いいだろ?」
「えっ……ええぇぇ~!? アンダーソンマジやばくない? ちょっと湊ちゃん、こんな奴と一緒にデート行くの~?」
「ふふっ、こんな奴だって。雄介」
「おいおい、こんな奴ってことはねぇだろうに……。まったく。ほら、行くぞ湊」
俺はこれ以上女子どもに詮索されないように、無理やり立ち上がって、湊を連れ出す。
そういえば、と思う。湊の手を自分から握るのなんて初めての事だ。男同士じゃそんなことしなかったというのに。不思議なものだ。
そう思っても俺は湊の手を引くのをやめず、小走りで学校を出た。
―――――
「ちょ、ちょっと、どこまで行くの? 疲れちゃったよ」
「あ? ああ、ここまでくれば流石に追ってはこないよなぁ」
西洋風の店が立ち並ぶ『グリース商店街』まで来たあたりで湊に声を掛けられ、ようやく俺は立ち止まる。
ここは学校の近くなのだが、知る人ぞ知る穴場のデートスポットだったりする。高校の生徒でも情報通のカップルが数組位しか利用する奴がいないのだ。
ここに居れば、大体大丈夫だ。なにが大丈夫かと言うと、カップルしかいない、ということはカップルでいればだれの目にもとまらないということだからだ。
カップルの奴らは自分のパートナーに夢中だし、他の奴らに目を向ける意識もないだろう。たとえ俺たちが目に入ったとしても、俺のクラスの奴らは今は部活中だ。接点のない人に見られたところでどうということもないだろう。
「ありがと、ユウ。いきなり付きあわせてごめんね」
「いんや、大丈夫だ。それより喫茶店入ろうぜ。俺この辺あんまし来たことないんだよな。今ならカップルっぽく見えるし、入っても恥ずかしくないぜ?」
俺はゆっくり話をするためにさびれた喫茶店へと湊を誘う。
朝から話もロクにできてないのだ。これはちょうどいい機会を得たと思う。
店に入ると、内装がかなり俺好みの店でびっくりだ。紅いレンガの壁に、船の舵が飾られている。明かりも電球色の温かみのある色で、雰囲気が良い。それに、流れるクラシックも内装と合せてかなりいい感じだ。
俺と湊は手近な赤色の革張りのソファのような席に腰を掛けた。
シックなバーみたいな雰囲気、といえば伝わるだろうか?
とりあえずマスターっぽい女の人にブレンドコーヒーを頼むと、湊はココアを頼んでいた。
「すっげぇ良い雰囲気だな。俺けっこうここ好きかも」
「だね。私もかなり好みだよ。あたりだったね、この店」
「……それで? なんでいきなりあんなこと言ったんだよ?」
「ん? あんなことって……。ああ、予定があるって奴? そんなの決まってんじゃん。言わせないでよ。それより、デートと言ったということは、私を彼女だと認めたってことでいいんだよねぇ?」
「いやいやいや、それとこれとは話が別だろう。とりあえずお前が困ってたみたいだから、助けてやろうと、連れ出しただけだっての。……というか、フツーに話せないのか? すごい落ち着かないんだが」
「いいじゃん。本物の女なんだし」
「……」
俺はジト目を意識しながら湊を見てやる。
改めてこいつをよく見たが……やけに美人だな。男だったころと比べると全体的に体つきがエロい気がする。いやいや、変な意味じゃないんだ。
「やだー。私、ユウに視姦されちゃってるー」
「んなわけないだろう……」
内心バレたかとひやひやしながら、俺は窓の外を見やる。
ふーん? とほほ笑みながら湊が見てきているのを感じた。
そこまで話をしたところで、店員さんがコーヒーとココアを持ってきてくれた。
「ごゆっくりどうぞ」
「わーい、ココアだー」
女性から先に置くのは何か意味があっただろうか? 深く考えても答えが出ないので、接客業のいろはを思い出すのはやめておこう。
俺の方にも店員さんがコーヒーを置いてくれたので、ありがとう、と言いながら礼をする。
「おー、ユウってちゃんとお礼いえる人なんだね」
「ん? なんのことだ?」
「だから、こういうお店の人に何か持ってきてもらったりするでしょ? その時に大体男ってお礼とか言わないもんだと思ってたから。ちょっとびっくりした」
「なんだ、そんなことか。別にフツーだろ。お金を払ってても相手は同じ人間だからな。何かしてくれたらお礼を言うのは当たり前だ」
「わお。ユウってそんな感じだったんだね」
そんな感じってどういうことなんだか。まったく具体的に何を思ってるのかコイツは読めない。
あちち、と言いながら湯気が立ち上るココアをちびちびと飲むさまは本当に――可愛い。
え? 俺今可愛いとか思った? アウトアウト。落ち着け俺。
思考を遮ろうと他の話題を探すことにする。
だが、思い浮かぶものと言えば思い出したくもない昼休みの時間のアレ。アレについては俺は触れないって決めたんだ。湊はどう考えてもああいうキャラじゃないんだから何か理由があったに違いない。
他には……と探した時、学校の中の湊と今の湊の感じ、なんか違うなーと思っていたのだが、原因を一つ見つけた。
「そういえば――二人の時だと『ユウ』なんだな?」
そう、学校の中でひと目がある場所だと湊は雄介、と俺の事を呼び、朝と今。二人の時だと『ユウ』とあだ名で呼んでくれるのだ。
呼び名を使い分けなんてされた事がなかった俺にとって、これは新鮮なのだ。
いっつもアンダーソンだったからな。なんだよアンダーソンって。外人か。
まぁ、そんな訳で、ちょっと嬉しかったりしたのだ。湊にユウと呼ばれたのが。ちょっとした好奇心から、何故そんな呼び方をしたのか聞いてみたくなった訳だ。
すると、湊はなんだか顔を赤らめてるじゃないか。
「……改めて言われると恥ずかしくなってくるからやめてくれない?」
「お、おう。すまん」
どうやら意図してやってたのは間違いないらしい。
それより、ちょっと失敗したかもしれない。もうユウって呼んでくれなくなったらどうしようか。ちょっと残念だ。
「そんな呼び方のことより、もっと大事なこと聞かないの?」
湊はツン、と澄ましたような顔でそっぽを向いてしまう。
こうして見るとホントに――喉仏も出てないし、女の子してんなぁ、とか思ってしまう。
そこまで来て、ようやく俺は一番聞きたかったことを思い出す。
「――あ、なんでお前、女になったんだっけ? 朝はなぁなぁになって訳分からなくなってたけど」
「そこかー……。いや、だから言ったじゃん。このおっぱいは本物だし、下のアレもなくなってるんだよ。完全、完璧に女の子です」
「……。だから、どうして?」
「説明すると私が死ぬ」
「よっしゃ。救急車呼ぶぞ。いい精神科医紹介してもらわなきゃ」
「いやいやいや、なに携帯だしてるの? ホントに呼ぶ気じゃな――」
「もしもし? あ、ここに一人自分が女だと妄言吐いてる不審者が一人――」
「ちょっとまてやー!!」
そこまで行ったところで、湊は俺の携帯を無理矢理奪い去った。冗談に決まってるだろう。病院にいたずら電話なんて掛ける訳ないだろうが。
「ははは、湊必死すぎだろっ」
「こ、このぉ~……もういい、絶対ユウには話さないから」
「冗談だって、ほら、ここのココア奢ってやるから。な?」
「ホント!? 男に二言はないかんね?」
切り替え早いなこいつ……まぁ、仕方ないか。
「ところで……説明すると死ぬってのはマジなのか?」
「……」
笑いながら、聞いたつもりだった。
しかし、返ってきたのは重い沈黙。
「本当……に?」
「……」
湊の顔を見ると、その顔は真剣そのものだ。
だが、首を縦にも横にも振りはしない。
ただただ、黙っているだけ。
――状況が分かったような、そんな気がする。
非科学的でなんで現代社会にそんなものがあるのかわからないが、超常現象的な何か。意志がある謎の生物によって湊は女にされた、と俺は仮定することにした。
しかも、制限は他人に話すと死ぬ。
そんなリスキーな取引、こいつがしたってのか?
いや――せざるを得なかった? そういう状況に陥ってしまったってことか?
考えが止まらないが――俺は思ってしまった。
こりゃあ、面白くなってきたな。と。
不謹慎ではあるが、やっぱりそう思わずにはいられなかった。
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