第28話 √体育 鏡を見たら顔が洗えなくなった
城内 裏庭―
「さぁ遠慮せずどっからでもかかってらっしゃい!」
竹刀を構えてローズ姫が言い放った。
それに相対するは筆を片手に持ったクー。
「お手柔らかに、お姫様!」
そしてペンと剣が交わった。
☆ ☆ ☆
「模擬戦?」
とぼけた顔をしてクーが言った。
「そうよ」
にこりと笑ってセントが答えた。
「いや俺剣道どころか木刀すら持ったことないんだけど」
「いやいや、流石に木刀で殴りあったら死ぬわよ?あなたは筆を持ってもらうわ」
筆?
「筆はナイフの代わりよ。切り傷の代わりにそこに炭がつく仕組み」
「なるほど、切られたところが黒くなると」
「そそ、そして私は竹刀を使うわ」
セントが長い長い竹刀を取り出す。
「いや竹刀って言ったって当たると痛くない?」
「そこら辺はお任せあれよ」
姫は新しいおもちゃを見つけた子供のように、無邪気に笑った。
☆ ☆ ☆
「はぁぁあああああっ!」
怒涛の攻め。
セントの剣先がクーの鼻先をかすめる。
クーはたまらず後ろにのけぞったがそのまま体制を崩して転びそうになる。
その空間を切り裂くようにセントはわざわざ一回転をくわえ横薙ぎに竹刀を振るう。
負けじとクーは左手の筆をセントの顔めがけて振るうが結果は奮わず、
紙一重でセントはその筆先をかわしてしまう。
それでも姫の回避行動によって一瞬緩んだ攻撃の隙をついてクーは後ろへと跳んだ。
「逃がさないっ!」
シンデレラ嬢は先ほどの回避と同時に竹刀を左手一本に持ち替えていた。
レイピアのように、フェンシングのように。
少女が片手で扱うには重たい竹刀であえてその構えを取った。
それは何故―?
「―っ!」
歴戦の経験で、クーが後ろに跳ぶとわかっていたから。
そして左手一本でクーの額めがけて鋭い突きを繰り出した。
剣先は寸止めされ軽くでこを小突く。
「あだっ」
でこピンされたような小さな痛みが眉間を中心に脳へ伝わった。
その衝撃をスイッチに頭の中で方程式を組み立てる。
バク転ができないことを悔やみつつ、そこに一陣の風を起こした。
「―van!」
「くっ!」
クーの体を包み込むように、突風が吹き荒れた。
クーの60kgの体が上昇し、50kgに満たない姫は水平方向に吹き飛ばされてしまう。
身体を縦にもう90°弱回転させて逆立ちの姿勢をとったまま宙に浮かび上がる。
それを見てセントはとっても嬉しそうだった。
「・・・もう自在に飛べるようになったんだね、クー!」
一方飛び上がったクーは腰に負担のかかる態勢で目標から目をそらさないようにするのがやっとだった。
思ったより自由ではないことをセントはまだ知らない。
少女が剣をダラリと体の左側面に垂らしてクーの真下まで一直線に走りこむ。
人間にとって真下は死角。落下するタイミングに合わせて竹刀を打ち込む。
真上の攻撃に対してセントは剣を構えた。
クーの左手には筆。
セントはクーめがけて跳び上がろうとする。
それを風が阻止する。
マクロバースト。
下降気流に押しつぶされそうになりながらも構えを解くことはない。
そうだ、それならば着地と同時に剣を打ち込めばいい。
強風の中目を凝らす。
「・・・?」
姫は違和感に気付いた。
刀の重心が変わった?刀が軽くなった?
何故?
そこにあるはずの剣先がなかった。
柄から数十センチのところで竹刀はぱっくりと切り裂かれていた。
・・・かまいたち?
なんて思考は間に合わずセントは握っていた剣を捨てた。
そしてクーの左腕の袖を迷わずつかみに行った。
そこからは写真のコマ送りのようだった。
クーが筆を左手に構える、セントが左腕をつかみに行く、落下するクーを体の左側に引き込む、左腕をわきに挟み込み首根っこをつかむ、クーを下にそのまま倒れこむ。
流れるような隅落→袈裟固に柔道を見たことない外国人でも思わず一本と旗をあげてしまうことだろう。
「だぁっ! っててて・・・」
「ふふふ、もう逃げられないよ」
図らずともクーの上にお姫様が乗っかる形になってしまった。
「ねぇ、クー」
「何?」
顔が近すぎて思わず目をそらしてしまう。
「えいっ、ぐりぐりー」
「あっ!」
顔に気持ち悪い感触が走った。
「えっ?何?何何何してんの!」
「ふふふ、これなんだっ?」
あ、
筆か。
「びっくりした。ほっぺたなめられたのかと思った」
「なあにー?なめてほしいの?」
「い、いやいやそんなことないよ何言ってんのお姫様」
「今度勝ったらキスしてあげるね。ぐりぐりー」
耳まで真っ赤になったクーの顔に姫は容赦なく落書きを続ける。
「はい、私の勝ちね」
「・・・参りました」
色々と。
曖昧夢中のレクティユール 雨宮究夢 @kissyou_tan
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