ボク達は、理解する。そして、誤解する。

 言葉の上で提示される事実の中。
 さりげなく差し込まれる伏線は、実は複線でもあり、ともすればミスリードを促されそうになりながらも、物語の結末へと導いてくれる。

 事件の影に沈む心に光を灯すのは、よくあるスクールカウンセラー。

 発端である歪な三角関係も、それぞれのベクトルが重なりあうだけで、決してイコールで結ばれた相互理解ではなかった。

 好意とは、己の理想を相手に投影するだけの行為なのか?

 だとしたら、この世界の理解とは、そして真実とは、遠く手の届かない、何と儚いものであるのだろう。

 否。
 この物語は引っ繰り返してくれる。
 ボク達の積み重ねた年月だけの理解だから辿り着くことが出来る、ボクだからこそ解き明かせるのだと。
 その真実は、切なく、哀しく、沁みわたる。
 しかし、光失われようとも、若者は暗闇を前にしても顔を上げる。『心って、複雑だな』――そのひと言と共に。

 表面だけをなぞれば、キャラクター性の光るシンプルで安定したミステリー作品でしょう。
 読むだけなら、それでいい。
 しかし、私も素人ながら物書きの端くれ。
 この作品の構造を訴えたい。

 巨匠が何度も塗り重ねた油絵も目にすれば一瞬。
 三ツ星のパティシエが腕を振るった洋菓子も口にすれば一瞬。
 我々書き手が苦心の末の作品も、レトリックの一瞬。

 レリックなトリックを重ね、心と言葉を砕いて工夫を重ね重ねて、幾層にも織り込まれた構造上の完成度を、果たして目にしたどれだけの方が理解出来るのか、と。
 言わせてもらえば、これでさえ、誤解の産物かもしれないのである。

 だからこそ、これぞミステリーと締めくくらせて頂きたい。

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