男と女の25パーセント

RAY

♂ + ♀ = ?


 暗めのライティングのカウンターバー。

 店内に流れるのは静かなジャズのスタンダードナンバー。

 小じんまりとして落ち着いたところがわたしのお気に入り。


 時間が早いせいか店内の客はわたしだけ。

 いつもの奥の席に座ってオーダーするのはいつものカクテル――熟成テキーラとパイナップルのフルーツカクテル。

 組み合わせが絶妙で、口の中に広がる爽やかな酸味が身体を癒してくれる。


 ――チリンチリン――


 微かに聞こえた、透明感のある音色。

 入口のドアに掛かる小さなウインドチャイム。

 誰かが来たことを告げる、控えめな合図。耳障りなものではなく、この空間の雰囲気を台無しにすることもない。


「隣の席、座ってもよろしいですか?」


 不意に聞こえた、穏やかで柔らかい声。

 瞳に映ったのは、ダブルのスーツを身にまとった、ビジネスマン風の男性。

 年格好はわたしと同じくらい。男性にしてはカラダの線が細くて綺麗な顔立ち。どこか中性的な雰囲気が漂う。


 笑顔がわざとらしい気がする。でも、嫌いなタイプじゃない。

 店内はガラガラなのに隣りの席を希望する理由がわからないわたしではない。

 わたしの答えは――YES。


 お決まりの自己紹介から始まって仕事やお酒の話。

 いつもの男たちのそれとほとんど変わらない、他愛もない会話。


 『陸上競技のウォーミングアップみたい――』


 いつも話を聞きながらそんな風に思う。

 本人が必至なのはわかるけれど、見ている方は盛り上がりに欠けるから。

 視線を逸らしてカクテルのお代わりをオーダーするわたし。


「偶然出会った男と女は『二十五パーセント』の確率で恋に落ちるって知ってますか?」


 バーボンのグラスの氷をカラカラと鳴らしながらポツリとつぶやく彼。

 言葉に釣られるように、わたしの視線が彼の方へ戻っていく。


「――かなりの高確率だと思いませんか?」


 唐突な質問にYESともNOとも言わずに、小さく首を傾げるわたし。

 わたしの様子が気になったのか、彼は補足説明を始める。


「男がいくら女のことを好きになっても、女が男に興味を示さなければ上手くいきません。逆もまた然りです。もちろんお互いが興味を示さない場合は論外です。

 そう考えれば、男と女が恋に落ちるのは『男が女のことを好きになる場合』かつ『女が男のことを好きになる場合』だけなんです。その確率は『1/2 × 1/2』――二十五パーセントになるわけです」


 わたしは「うんうん」と小さく頷いて見せる。

 それらしく聞こえるけれどかなり強引なロジック。ただ、 男と女の距離を縮めるには効果的な話題だと思った。


「でも、男も女も自分の気持ちはわかっていますから、それぞれから見ると『二十五パーセント』ではなくて『零パーセント 又は 五十パーセント』ですね――ちなみに今の僕は後者かな」


 涼しげな眼差しでわたしの瞳をじっと見つめる彼。

 さりげなく投げこんできたボールは、わたしの虚を突く鋭い変化球。


 言葉の中に関係を進展させたいという気持ちが見え隠れ。

 ちょっぴり楽しめるかもしれない――いつもと違って。

 でも、 そんな展開になると天邪鬼あまのじゃくになるのがわたしの悪い癖。


「つまり、男と女は四回のうち三回はNGってこと? 上手くイカナイ場合が上手くイク場合の三倍あるわけね……出会ったばかりの男と女が恋に落ちるのはすごく難しいことがわかったわ」


 彼の顔を上目遣いに見つめながら、わたしは悪戯いたずらっぽく笑う。

 してやったりのわたしに少し驚いた表情を見せる彼。

 しかし、それはすぐに穏やかな笑顔へと変わる。


「確かにそのとおりですね。あなたの言うとおりです。でも、実は四分の一に当てはまる男と女にとっては初めから『二十五パーセント』ではなくて『百パーセント』なんです。恋に落ちる運命にある二人は出会ってしまえば後はきっかけひとつですから。

 どうですか? まだ時間も早いので別の店で飲みなおしませんか? 雰囲気が変われば僕の別の一面をお見せできるかもしれません。それが『きっかけ』になるかもしれませんから」


『今夜はわたしの負けかも……』


 そう思った理由?

 彼の別の一面を見てみたいと思っているわたしがいるから。それが「きっかけ」になるかどうかを知りたがっているわたしがいるから。


 男と女が上手くイク確率は二十五パーセント?

 いいえ。それはあくまで理論上の数値。


 だって、運命の二人だったら――

 出会わなければ零パーセント。出会ってしまえば百パーセントだから。



 RAY

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男と女の25パーセント RAY @MIDNIGHT_RAY

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