あまのじゃく
凩↔さくね
幸せと死の机上戦争
幸福な死亡予定
「私さ、たぶん最高に満たされたなら死ねると思うんだ。最高に幸せを感じたとき私はね、死に対する恐怖なんて忘れてしまえると思う。だから高崎、私が私を殺せるようになるまで、幸せで満たされて死ねる様になるまで、手伝いをしてくれないかな?」
放課後の教室、夕焼けが差し込んで反射し白を濁らせた窓ガラスに、少し眩しさを覚えて俺は目を細める。そんな状況に多少ボーっとしながら。友達が一人もいない同士、唯一俺と同じ境遇に立っている彼女といつも通り、何ら生産性のない話をグダグダ
ここでの彼女は彼女ではない。いや彼女は彼女だが、詰まりは俺の前に立っている御子柴こと彼女は、俺の恋人ではない。
容姿は平凡、しかし社会に解けこめていないせいか、彼女は普段 ━━つまり集団に属している時間━━ は寡黙を決め込み、不愛想で悪い意味でクシャッと歪んだ顔をしている。
しかし、それとは裏腹に笑顔は映える女子だった。もっと愛想よく人前で笑うことが叶うなら、少なくとも
しかし人間関係においても、学力においても、彼女は救いようの無い落ちこぼれだった。
「……んー、一つだけ聞いていいか? なんで俺なんだ?」
別段御子柴が死んだところで、正直、俺としてはどうでもよかった。手伝ってやる義理は無かった。俺と彼女は友達ですらないから、ましてや俺は彼女に対して好意を抱いている訳ではないし、彼女も凡夫でどうしようもない俺に対してそんな感情を持つはずがない事は重々承知していた。お互い同じクラスのあぶれ者というだけであって、別段恋心や友情に花が咲いた訳でもない。平たく言って他人だ。授業中に時々ある「自由に二人組を作ってください」と言われた時、彼女は俺と組んでくれるたった一人の同士だったというだけ。逸れ者の身の寄せ合いと言えば解ってもらえるだろうか。
俺は集団を嫌っていた、社会を嫌った、学校、友達、仲間、家族、そんな人と関わり合いの概念全てを平等に忌んだ、そしてその感情をひた隠しに出来るほど器用でも有能でもなかった俺は当然ながら、もれなくその全てから拒絶された、そんな奴だった。
だからこの言葉にどこか
「可笑しな事を聞くね、高崎。私には恋人がいないじゃん、友達の一人だっていない。この学校で話せるのは君だけなんだよ。君と話すこの時間以外私はほとんど口を開かない。もちろん会話の相手がいないからね。君が一番それを
御子柴は「流石に一人だけで会話ができるほど私は達観してないし、電波受信してる訳でも無いからさ」そう一言付け足した後、俺に向って
「だから頼むよ、高崎。私にはさ、こんなことを頼める人って、君しかいないんだよ。」
まぁ、頼める奴が居たならこんなクラスの
Q,そもそも、俺に一体何が出来る? A,ハブられ者の俺は何もできない。
と、被害妄想気味に自己完結的な嫌悪を募らせても仕方がない。現実、無い物は無いのだ。
それだけ彼女の人脈は無かったという事なのだろう。脈というか俺しかいないあたり脈になっていない気がする。脈を打ってすらいない気がする。グラフが一の所で横にスーっと悲しく伸びている。これが心拍グラフなら屍体と大差ないだろう。これからソレと成る彼女にはお似合いか。
ほんと、同情するほど友達がいないんだ。御子柴には。
なんて、哀れんだように語る俺も、現状はあまり彼女と変わりはしない。
「他人の俺をあんまり信用するなよ? 学校社会のド底辺でも一応男子高校生だ、力と欲は人並みにある。気を許しすぎたら足元掬われるかも」
孤独が故に、人肌が他人以上に、それこそ病気的に恋しくなることは、言わずとも彼女は解っているだろう。本当は言う必要性もなかった。
しかし敢えて確認するように口に出した意図。それは危険性を旗として掲げ、俺は彼女に軽蔑して欲しかったのかもしれない、自身に踏み込まれるのが嫌いだった俺は、彼女に一歩引いてもらおうとしたのだと思う。
「高崎なら私一人でも倒せそうだから、大丈夫だよ。酷いことはさせないし、君は私に酷いことはしない」
「そうか」と口元に少しだけ笑みが沸いた。これが会話に対する笑みであるなら俺はもっと社交性のある人間だったのだろう、でもその笑みは人を無条件に信用する事で自分のぽっかい開いた穴を埋めようとしている御子柴の滑稽さに対する物だった。
若しくは信用されたことで、自分の胸に空いた孤独という虚空に少しだけ『繋がり』が注がれ、細やかな安心を得た自分への、侮蔑の籠った物だったのかもしれない。
二人とも孤独者のマニュアル通り一般の信頼関係に憧れていることを知り、単純な生き物だな、と俺は
だから、途端に彼女が可哀想に感じたのだ。
「わかった、いいよ。引き受ける、大した事は出来ないかもしれないけど御子柴が死ぬ手伝いをしてやる。どうせやることも無いしな、俺は友達と遊ぶ約束なんかに時間を縛られない。案外御子柴の人選は正解だったかもしれないな?」
人選なんて言葉を吐いてみるけど、彼女が選択するだけの候補がいなかったのを考慮すれば俺は間違った日本語を使ったのかもしれない。
でも、まぁ、普通だったり、当たり前だったり、そんな事から逸脱してしまった俺と彼女にとっては、一つ物事の正解を外したぐらい、今更どうということはないか。
「ありがとう、確かに君は暇だよね。君も私の手伝いをしている間、私が死んだ後はどうするか考えておいたらいいと思うよ。流石に一人でご飯を食べたり、一人で意見交換の時間を潰したり、一人でこうやって放課後に残ったりするのは
彼女は笑わない。皮肉と冗談の入り混じった言葉を俺に向って抑揚なく、容赦なく淡々と並べるだけだった。
そして俺も。
「大きなお世話だ、御子柴。早く死んじまえ」
俺はこうやって軽率に彼女の手伝いを引き受けてしまった。
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