無神論者のイデア論

 御子柴を彼女の家まで送り、俺は今、電灯一つない一人きりの帰り道を歩いている。


 クシャッと乾燥物を踏み潰したような音が鳴る、足元に目を凝らすと砕けたセミの死骸が目に入った。


夏がじきに死ぬ、だから夏虫達の命は儚げに終わりを告げる。


 今一斉にコロコロと鳴いている鈴虫は命を擦り減らし、秋には潔く、みっともない姿を晒し朽ちていく。そんな様子はどうしたって彼女と重なってしまって、どうやったってあの笑顔が無様に朽ちて逝く姿を想像してしまう。


孤立感、喪失感。どうしようもないくらいの虚しい孤独。目前の夜闇と同じ心の空洞、虚空。そして、自分への失望。それらが一斉に寄ってたかって俺を襲う。


 明日、御子柴は死ぬ。あれだけ死を渇望していた彼女のことだ、失敗はまず無いだろう。きっと当初の目的をちゃんと完遂してしまえると思う。彼女の望み通り、幸せの渦中で孤独を失い、恐怖を忘れ、自身に終わりを告げる事が出来るはずだ。


 それから、俺はまた独りか。


 これが彼女が望んだ結末。


 幸せになって死ぬことが彼女の望んだ結末、そして俺が助力して完遂間近になった結末。


彼女のハッピーエンド、手伝っただけの他人おれにとっては全く関係の無いデッドエンド。


そうなるはずだった。


 そうなるはずだったんだ、それなのにどうしてか俺は悲しんでいるらしい。どうしようもなく後悔している事は明白だった。


 彼女の死を目の前で見せつけられる事で俺は命の大切さだったり、そんな馬鹿げた事を大真面目に感じ、人として更正するのだろう。彼女が死ぬ事でそれを若かりし頃の苦い思い出として、後々語ることになるのかもしれない。


『彼女のおかげで自分はマトモに成ることが出来ました』そうやってちょっとだけ美談として、そのおかげで自分が変わる事ができて、友達もできて、そんな未来の友達に俺は冒険譚のように語るのだろう。


 『これで、良かったと思ってます。この出来事のおかげで友達と作れるようになりました』とかね。


 挙句の果てには、命の大切さだったりを粛々と語るようになる日が来るのかもしれない。なーんて。


 そんなの考えただけで吐き気がする。


 そこまでして友達なんてものは必要か? そう自分自身に問う。俺はこのままでいいんだろうか。俺は本心でどんな結末を望んでいる? 俺は一体どんな結末に持っていくことができる?


 選択肢を探せ、ド底辺の成績しか修めれないバカな脳なのは自分が一番解っているけれど。こんな前例無き奇怪な状況で真面な解が見つからないのは分かりきっているけれど。


 それでも、正解を求めずにはいられなかった。


 嗚呼全く、何やってんだ。俺。

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