他界予定者の笑顔

死装束

「あぁ、ごめん高崎、これも持ってよ」


 俺の左腕にまた何やら重いものがぶら下げられる。もうこれで十袋目になるというのに一体彼女は何を買っているのだろうか。「買い物に付いて来て」と言われるがままに軽い気持ちで彼女に付属してやって来たのだが。予想に大きく反し、これは結構な重労働なのかもしれない。


 あたりを見回すと夏休みにも拘らず人は少なかった。たぶん、今日が平日で普通の学生は登校日だからだろう。今頃、他の死とは無縁なクラスメイトは、平和について綺麗事を学んでいる時間だ。


ご苦労様。


でも今ここに俺と御子柴がいる。何故かといえばそれは勿論、二人そろってさぼったから。エスケープ、学校なんてスルーだ。過去に失われた多量の命なんかより、これから亡くなる命の方が俺は大事だと判断している。


 命の学習としてはこちらの方が数百倍有意義だろ?


 まぁ、学校なんてどうでもいい事はこの際考えない。目の前の彼女を手伝うために俺は今日ここに立っている。俺がここにいる理由はそれだけでいい。いつも課題を遅れて出すときの言い訳と同列の陳腐ちんぷな理由はこの際必要はないはずだ。


「ねぇ、高崎高崎。これさ、似合うかな?」


 白いワンピースを自分の体に当てた御子柴がスカートの裾を右手でチョンと掴みちょっとしたポーズをとり、こちらの反応を覗ってくる。彼女のその姿は誰がどう見たって似合っていると言うだろう。彼女の持つイメージと白い清楚なワンピースは相性がよく違和感は全く感じられなかった。そのままどこかの雑誌に載せてもさして場違いではないだろうと思う。


 流石に言い過ぎかもしれない。でも友人が皆無の俺にはこの状況を他言する機会なんて無いし、どう思おうが、どう感じようが、どう言おうが自由だ。


真っ白、死装束としても申し分ない。


「あぁ、似合ってるよ。すごく、清楚で綺麗だし可愛い」これがきっと本音で。


「そんなに褒められても困るな」

彼女は得意げな表情を見せた。


「ワンピースが」そしてこれは建前だ。


 腹部に、いつの日かと酷似したような鈍重な衝撃が走る。何とか両手合わせて十もある荷物を地面に落とすことのないように歯を食いしばり踏ん張った。多少重心をぐらつさせながらも、なんとかバランスを取り戻し俺は元の体勢に戻った。


「荷物持たせておいてグーはないだろ、お前は悪魔か」


「ねぇ、これも持ってよ」


 会話をかみ合わせようぜ、御子柴。だからお前には友達ができないんだよ。


「結局、それ買ったのかよ」


「気に入ったからね。清楚で綺麗で可愛いところが」


 彼女は少しだけ子供のようにふてくされたような仕草を見せ、俺に自分がさっきからかいを根に持っている、とひしひしと伝えてくる。


「まぁまぁ、そう怒るなって」


 俺は彼女の笑みを促す為に形だけ微笑んでみせた。残念、今回は彼女は笑い返してはくれず、冷ややかな目で俺を一瞥いちべつした後、見なかった振りをしてくれた。


 それから数件店を回った、どの店も御子柴の買い物に付き合わされた形となったけれど、俺としては不思議と悪い気はしなかった。荷物はかなり重かったけど。


  たくさん御子柴とも喋れたわけだし、これで彼女はまた一歩、死体へと距離を詰めたのだから、悪くはない日だ。


 しかし御子柴の方は自分が持たせておいて途中から申し訳なさそうだった。そんな顔するなら最初から俺に持たせるな、そしてこんな時くらい男である俺に頼りっぱなしでいい、の二点を物申したくなる。


「さーてと、今日はこれぐらいにしようか、高崎今日はありがとう。荷物持ちでただ私の買い物に付き合うのは詰まらなかったよね? なんか悪いね、ここから荷物は私が持って帰るから、ここで解散って事で」


 彼女はどこか申し訳なさそうな顔をしている。これから解散、別れ際にその表情は少々好ましくない。


「この大量の荷物を持って帰る体力がお前のどこにあるんだ? ったく考えて言葉を使え、あと考えて物を買え。ここで俺が帰ったらどうする気だったんだ。あと余談だけどさ、別に俺は退屈じゃなかったよ。久し振りに有意義だった」


 これは優しさじゃなくて本心。恋人のできたことのない俺がちょっとだけそんな気分を味わうことができた。一般のそれこそ普通の彼氏はこんな感じなのかな。なんて愚かにも想像してしまう。御子柴が自分の恋人だったならどれだけ楽しいのだろうか、なんて愚考してしまう。


 そもそも仮定が可笑しいな、仮定するのであれば楽しかっだろうかだ。もう死の淵へ駆け足で邁進し始めた彼女には、未来への可能性はない。だから仮定は、もう過ぎ去ってしまった、取り返しはつかない、そういう意味を含んで過去仮定が妥当だろう。


それはそれで、もういい。今を大切にしよう。幸せの先に死が待ってたとしても、幸せに手を伸ばしてはいけない理由には決してなりえないのだから。


「だから、この荷物くらい家まで運んでやるよ。もう夕方だし、ここに死にたいとか言い出す奴がいるくらい物騒な世の中だから、送ってく」


 万が一にでも志半ばで倒れてしまうのは、彼女としても当然、不本意だろう。


「そこまで言うなら、頼んであげようかな」


 悪戯っぽく、そして明るい笑顔。そう、君にはやっぱりそっちの方が似合ってる。しかし、この笑顔もあと少しで二度と見れないもになってしまう。そう考えると少々名残惜しい気もした。


 彼女は自分を殺すのに、そして俺は進んでそれを手伝っているというのに。


 彼女が死ぬと、慣れる事に長けた俺は薄情にも彼女が居ない事に易々と慣れてしまうのだろう。いろんなことを忘れ、忘れる事で守った自分をまた嫌悪するのだろう。


 夕陽に照らされた背中、靡く裾、皮肉った性格、少し抜けている所、その全て例外なく。


この笑顔もきっと思い出せなくなる。


「あぁ、聞き忘れるとこだった。御子柴、こっち向いて」


「はいはい、あれね」


 幸せだとつくづく、俺の理由を忘れそうになる。本末転倒だな、と自嘲し自己確認。


「なぁ、御子柴。今日は死ねそうか?」


自殺の手伝い、その言葉で過不足なく事足りる、彼女と俺を繋ぐ黒く今にも切れそうな糸。それ以上でもそれ未満でもない。再確認するように自分の内で反芻させた。


「いいや、まだかな。確かに今日は楽しくて愉悦が満たされていくのを感じることができた。でもまだ満足じゃない、もっと欲しい。こうやって幸せを知ってくるとさ、まだ先があることに気づかされたんだよ。でもたぶんもう少し、もう少しだと思う。二学期に入るまでには必ず間に合うと思う」


「そうか」


 今回の俺の返答には珍しく少しだけ悲哀の感情がこもっていた気がした。

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