指さす夏夜空

 それから俺と御子柴は多種多様な試みで御子柴の感じる幸せを作っていった。


 馬鹿な事も沢山した。


 夏といえばアイス、ということでアイスのホール型の物を買い、バカのように(俺も彼女も馬鹿だけど)溶けないように冷房をガンガン利かせ、死ぬほど(それこそ彼女が満足したら死ぬのだけど)食べた。食べて食べて食べて。冷気の中、冷凍物を強引に食べ続けた結果、元々小食だった俺達は共にお腹を痛めて仲良く病院送りとなり、一泊だけ入院した。


 その時もいつもと同じように、俺は見慣れない白い天井を見ながら、同じセリフを口にした。


「なぁ、御子柴。今日は死ねそうか?」


「んー、おなか痛すぎて死にそう」


 死ぬとか、死なないとか、それどころじゃなくなった記憶が残っている。その夜は彼女とずっと駄弁って時間が潰れていった。お泊り会なんて言ったら不謹慎だと病院の方々に怒られてしまいそうだけど、俺にとってこの夜はそれそのものだった。


心内が温かくて、友達がいる感覚。


彼女は何を思っていただろうか?


なんて、一体何を望んでいるのやら。


 御子柴と二人で市民プールにも行った。細身の彼女の水着姿はあまりに似合っているものではなくて、笑ってしまい、ただでさえカナヅチな俺がプールの底に沈められたのを憶えている。這上がろうとすると蹴られて底に沈む、その半永久的なループは御子柴ではなく俺が死ぬことを望んでいる気持になった。


「ねぇ、高崎。今日死ねそうじゃない?」


「あぁ、お前のせいで絶賛死にそうだ」


溺れ死にそうだ。水にも社会にも時間にも、あと××にも。


「乙女のテンションに任せた勇気を笑った高崎が悪い。だからさ、高崎、そのままもう一度水の底に沈んでくれるかな」


「誰のどこが乙女だ」


 あの時ばかりは質問者と回答者が反対だった気がする。その後結局溺れて、あまり記憶には残っていないけど。


 子供の様に森を駆けまわったり、壮年者の様に釣りで海に落ちたり、友達の様に映画館で笑い合ったり、不良の様に慣れていない夜のゲームセンターで補導されそうになったり。


恋人の様に夜空を二人で眺めてみたり。


「あれがデネブ、アルタイル、オリヒメ、シリウス。有名な夏の第四角形だよね」


 彼女の口調は自分の知識をひけらかすようで、どこか自慢気で、自信満々なものだった。


「は?」


 俺は星が好きだった。友達と星について語り合ったことが無い ━━友達がそもそもいない━━ から解らないが、人並み以上に星に関しては好奇心を持っていた。


「今、どれを指した?」


俺が蟀谷こめかみを親指と人差し指でつまみ、ため息交じりに問う。すると彼女は星空に指を立て、光粒を一つ一つ指し始めた。


「あれと、(デネブを指す。)あれと。(南西寄りにある少し暗い一等星、アルタイルを指す。)えーっとあれ、(ほぼ真上に見える織姫星、ベガを指す。)(ここで彼女が指さしたものを辿って夏の空に大きな三角形が描かれる。)そしてあれ!(?)」


「はい、ストップ。」


「なに? ちゃんと四角形になったじゃん」


「あれはただの星……夏にあるのは三角形。そもそもできた四角形が歪過ぎるだろ……」


彼女は俺の言葉を信じられないと言わんばかりに、目を瞬き何度か空を見た。


「え……? いつから?」


「最初っから。夏の第四角形だったことなんて一度もない。そしてシリウスは冬の大三角形。ベテルギウス、プロキオン、シリウス。夏の大三角形も有名だけど、冬の大三角形の方が明るい。シリウスは天球上で一番明るい星で青白く見える、第一夏には見えない……御子柴、さっきから呆けて聞いてるけど、こんなのは常識の範囲内だぞ?」


 彼女は肩を落とし「これでも星空通ぶってたのに……」と訳の分からない事を呟いていた。星空通ぶったって話す友達なんていないだろう。彼女は顔を小さな手で抑え、今まで誇っていた間違いを正されたことに対する羞恥に飲まれていた。分かり易く耳まで真っ赤にしている。


 空に光る星と対極的に闇が蔓延った夜にも拘らず、彼女の一喜一憂をはっきりと感じる事が出来た。それ程に、俺と彼女の距離はこの夏を経て近くなっていた。それは物理的にも心理的にも。


「星の事語るならさ、もっと勉強しろ。ちゃんと知れば見えなかった景色が見えるようになるから」


 なんて今更だ。後一カ月もしないうちに彼女は死ぬ。二学期からの教室に彼女はいない。彼女にこんな事を主張してもしょうがない、意味なんてこれっぽっちも在りはしない。


なのに何故俺は彼女にこう言ったのか? 星の事について知って欲しかったのか?


若しくは星について、俺は彼女と語り合いたかったのかもしれない。とも思う。


「なぁ、御子柴。今日は死ねそうか?」


「今なら恥ずかしすぎて死ねるかも」


 そうやって幾度となく俺は彼女に単調に問い、そして彼女からはその時に応じた抑揚ある、色の付いた返事が返ってきていた。

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