孤独者の価値

「なぁ、御子柴。今日は死ねそうか?」


 夕陽に半身を当てられつつ、そのあまりの眩しさにりきんだ瞼をおもむろに開閉させつつ。声色は実に単調で感情なんて入っていない作業の如く、俺は今日も彼女に投げかけた。


「いいや、まだ駄目だね。今日返ってきたテストの点数が悪くてへこんだよ。ねぇ、高崎、見てよこの点数。あぁ、でもやっぱり見るな。高崎には馬鹿にされたくない。絶対に見ないでね? 絶対だよ? これはフリじゃないからね? 見たらほんとに怒るからね?」


 よっぽど悪かったのだろう、彼女は声色低めで項垂うなだれつつ、これでもかというほどに念を押してきた。手元には解答欄が白々しく、点数が赤をまとった用紙が乱雑に折り曲げられ、小さく収まっている。


 本当は、彼女のテスト結果なんて俺にとっては至極、どうでもいいことなのだけど。せっかくだから、エセ聖人君子を模倣し造形した優しさで彼女に返す。


「あー、わかったよ。見ない見ない。ってかさ、テストの点数なんてこれから死ぬんならどうでもいいだろ……。全く変なとこにこだわるよな」


 そう俺が頭に浮かんだ取り留めのない疑問を口にすると、彼女は豆鉄砲でも食らった面で俺を見てきた。


「何か勘違いしてない? 高崎。私は別にただ死にたいってわけじゃないんだよ? 最高に幸せになりたいんだ。そしてその上でサラッと死にたいんだよ。恐怖なく死にたいの」


「結局死にたいんじゃないのか……? よく解らないな」


 俺は苦笑する。本当は彼女の言いたい事くらい、何となく解る気もしないでもないのだけど。今は、当たっているかも解らない物を発するより、解らない振りを決め込むことにした。


 俺の会話の芯を捉えきれない返事と疑問を張り付けた顔に「それでいいんだよ」と彼女は何故か誇らしげに嬌笑きょうしょうをくれた。

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