見上げた曇天


「なぁ、御子柴。今日は死ねそうか?」


 彼女と約束を交わしたあの日から、この言葉を彼女に訊く事が俺の日課に加わった。


「いいや、ダメだね。湿気が多過ぎて不快過ぎる。じめじめし過ぎ、この蛞蝓なめくじみたいな季節が私は大嫌いなんだ。こんな日に死ぬなんて真っ平御免ごめんだね」


 御子柴はご機嫌斜めに、そう拗ねた口ぶりで俺に返した。この空を覆う鈍重どんじゅうで低い雲がそうさせているのだろう。


 そしていつものように、彼女が明日を生きる事に特別良かったとも悪かったとも言わず、思わず、感情の篭らない空っぽの音を返す。


 「そうか」


 明日、死ねるといいな。とは思いはしない、言葉にもしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る