エピローグ
エピローグ
それは遅咲きの桜の咲く、ある春の日だった。
「旭……」
新は苦しそうに、でも微笑みながら私の名前を呼んでいた。
「笑って、旭。俺の好きな旭の顔を――」
「新!新!!」
「ほら……旭……」
涙を必死に拭って、私が微笑むと、安心したように……新は意識を手放した。
――家族の人以外は外に、というお医者さんの言葉に促され廊下に出た私の目の前には……新のお母さんが呼んだのか、奏多と深雪の姿があった。
「旭……!!」
「わた……私……!!」
「大丈夫!大丈夫よ!」
「私、ちゃんと笑えなかった!!新に笑ってって言われたのに!!ちゃんと……ちゃんと……」
「大丈夫!大丈夫だから!!」
「うわああああああ!!!!」
大声で泣き叫ぶ私を、深雪が必死に抱きしめてくれた。
そんな私たちの隣で、悔しそうな顔をした奏多が病室を見つめていた。
――どれぐらいの時間が経ったのか。
「旭さん」
新のお母さんから声をかけられて、私たちは病室へと入った。
そこに横たわる新は……さっきまでとは別人で、たくさんのコードに繋がれて生かされていた。
「あら、た……」
「っ……」
新は何も言わない。
「あら……新、私ね……幸せだったよ。新とこうして過ごすことが出来て幸せだった。大切な時間を作ってくれて――ありがとう」
「あ……」
「大好きだよ、これまでも……これからも、ずっと」
私は新に笑顔を向けた。
作った笑顔でもない。
涙まじりの悲しい笑顔でもない。
新が好きだって言ってくれた、新を好きな私の思いが詰まった笑顔を。
「っ……」
その瞬間、新の目から涙がこぼれるのが見えた。
そして――。
ピーーーーーーーーーーー
冷たい機械音が、病室の中に、響いた。
◇◇◇
――パタン、という音を立てて私は何度も開いた日記帳を閉じた。
「終わった……」
涙はもう出なかった。
悲しくないわけじゃない。
辛くないわけじゃない。
それでも、今こうして私は一人でここにいる。
「新……」
変わった未来のその先で、たくさんの日を私たちは過ごした。
そのどれもが、私の中に欠けていた必要なパーツだった。
「ありがとう……」
ギュッと日記帳を抱き締めると、私はそれを机の引き出しの中にしまった。
◇◇◇
今日は、あの日から1年……。新の一周忌だ。
あの時はまだ高校生で制服を着ていたのに……。
「奏多……」
「よっ」
家を出るとそこには、黒のスーツに身を包んだ奏多が立っていた。
「もう1年も経つんだな」
「うん……」
「なんか……そんな感じしないのにな」
「時が経つのって、早いね……」
ついこの間まで、日記帳で過去に戻って何度も何度も新と会っていたのに……。
現実ではもう1年が経つだなんて……。
「そういえば、あれ……本当にいいのか?」
「え?」
「日記帳」
「あ……うん」
私は持ってきた日記帳に、鞄の上からそっと触れた。
あの日記帳を、新のお母さんに返すことに決めたから。
「だって、それには旭と新の思い出が……!」
「――いいの。これを新のお母さんに返して、やっと私は前を向ける気がする」
「旭……」
「それに……私がずっと過去に縛られてるのを、新も望んでいないと思うしね」
あの日――新の最期を日記の中で迎えてから……何度も日記帳を読み返した。
もう戻れないことに涙した日もあった。
新との思い出に胸が締め付けられることもあった。
でも……日記帳の中の新は、いつだって前を向いていた。
「だからね、私ももう後ろを向くのはやめようと思って」
「旭――やっぱり、強いね君は」
「強く生きなきゃ……新に顔向けできないじゃない」
あんなに必死で前を向いて、生きようとしていた新に……。
「そうだな……」
小さく頷いた奏多は――目元を擦るようにして顔をそむけた。
(新……)
私は空を見上げた。
雲一つない、よく晴れた空を。
(新……私たちは生きるよ。あなたのいない、この世界を)
さらりと髪を書き上げた私の腕には、あの日貰った小さなブレスレット。
そんな私を――優しく、新緑の薫る風が包み込んだ。
完
この世界で、君と二度目の恋をする 望月くらげ @kurage0827
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