第37話

 さあここから新しい私たちを始めよう。


 私は日記帳をパラパラとめくる。

 この日記帳を受け取ってからたくさんのことがあった。

 笑った日もあった。泣いた日もあった。

 あなたがいないことに涙して眠れない夜もあった。


 それでも、もう一度あなたに会いたくて――あの日をやり直したくて、何度も何度もあなたに会いにいった。

 この日の、ために――。


 私は日記帳をめくる手を、止めた。

 そのページは……字が涙で滲み、乾いたせいか紙がくしゃっとなっていた。



◆―◆―◆


 3月15日


 今日はこれから卒業式だ


 俺は今日、旭にさよならを告げる

 ごめんね、旭

 けど、これから先の俺を見せたくない

 ……死んでいく俺の姿を


 君の中の俺は、いつまでも

 君の隣で笑ってた俺であってほしい

 俺の大好きな笑顔の君の、隣で笑う俺で。


 さよなら、旭


 今もこれからも、ずっとずっと旭が大好きです


◆―◆―◆



「新……」


 これを書いた新の気持ちを想うと、胸が苦しくなる。

 どうして別れなければいけなかったのかと、理由を知らず何度も泣いた。

 どうして一緒にいさせてくれなかったのかと、理由を知り恨んだ日もあった


 けれど、今はもうそんなことどうでもいい


「新、ごめんね」


 もう私は、覚悟を決めたから

 あの日から、やり直そう──


 私は日記帳を閉じると、ベッドに横たわる。

 そして、幾度となく辿った過去への道を今日も進み始めた。



 ◆◆◆



 2度目の卒業式は、3年前よりも落ち着いていて3年前よりもドキドキしていた。

 あの頃の私は、卒業するのが寂しくて泣いていた。

 あの頃の私は、この後来る別れなんて知らなかった。

 でも……。


(大丈夫……。この日のために、今までやり直してきたんだから……)


 きっとあんなことは起きない。

 きっと……新は私に伝えてくれるはずだ。

 そうしたんだから……。




「――組代表、鈴木新」

「はい!」


 クラスメイトの名前が読み上げられ、新が代表で卒業証書を受け取りに壇上に上がる。

 緊張した面持ちの新が校長先生から証書を受け取る様子が見えた。


(新……)


「あ、ちょっと……君!」


「え……?」


 慌てるような先生の声が聞こえたかと思うと……キーンと、マイクがハウリングを起こす音が聞こえた。

 そして――。


「すみません!でも……俺どうしても言いたいことがあって……」


「新……?」


 壇上では新が校長先生のマイクを取って私たちを見つめていた。


「突然こんなことしてすみません!でも、俺どうしても言いたくて……3分でいいんで俺に時間をください!」


 ざわざわと体育館の中が騒がしくなる。

 演出か――?そう言っている声も聞こえるけれど……違う、これはきっと……。


「俺は……俺は心臓を患っています。医者からは直接言われてないけど……そう長く生きれないってことは俺が一番よく分かってる。だから、全部諦めてきた。走ることも、真剣になることも――誰かを本気で好きになることも」


 そう言う新が、一瞬私を見た気がした……。


「でも、俺は中学3年のこの1年で、いっぱい泣いていっぱい笑って、友達とバカやって――大好きな子とも幸せな時間を過ごすことが出来ました。こんな俺でも、胸を張って楽しかったって幸せな中学生活だったって言えるぐらい、たくさんの思い出を作ることが出来ました」


「っ……あら、た……」


 キラキラとした表情で話す新に、私も奏多も深雪も陽菜も……クラスメイト達も涙を流していた。


「だから――俺はこの学校で過ごせてよかったです!ありがとうございました!」


 言い終わると新は校長先生にマイクを返した。


「あ……」


 席へと戻ってくる新に、一人また一人と拍手を送る。気が付けば体育館にいた人全員が拍手をする中を、新は照れくさそうな顔をして歩いていた。




「旭!」


 卒業式も無事終わり、田畑先生に小言を言われた新が運動場で写真を撮っていた私たちの元へとやってきた。


「新……」

「卒業、おめでとう」

「新もおめでとう」


 微笑み合うと……新は、私の顔をじっと見つめた。

 そして――。


「旭、話があるんだ」


 3年前と同じように、私に声をかけた。




「…………」

「…………」


 裏庭への道を、私たちは無言で歩く。

 心臓が痛いぐらい脈打っているのが分かる。

 またあの時と同じことを告げられるのだろうか。

 いや、さっきの新は前を向いていた。だから、きっと……。


「旭」

「っ……」


 あの時と、同じ場所まで来ると新が私の方を振り返った。


「ごめん、旭。やっぱり俺たちこのまま付き合い続けるのは無理みたい」

「あら、た……」


 新は告げる。

 あの時と一言一句違わぬ言葉を。

 何度も見た、あの夢と同じ表情で。


「なん――」

「って、言おうと思ってた」

「え……?」


 私の言葉を遮った新は、泣きそうな顔で笑っていた。


「本当は、ずっと今日で旭とは別れようって思ってた。楽しかった思い出だけを、笑っていた俺の姿だけを旭には覚えていてほしいって」

「そんな――!!」

「でも、無理だった」


 新は私に一歩近づくと、手を取った。

 その手をギュッと握り返すと、もう一度新は小さく微笑んだ。


「俺さ、高校には行かないで病院に入ることになった。旭に話した時よりも……だいぶ悪くなっちゃって。だから、これからも一緒にいたら旭には辛い思いをさせると思う」

「辛くたっていい!私は新と一緒にいたい!!」

「……うん、俺も――旭と一緒にいたい。これから先、どんどん弱っていくかもしれない。死ぬことだって……あるかもしれない。それでも、俺のそばにいてくれますか?」

「いるよ……一緒に、いるよ!」


 ニッコリと笑顔で言いたいのに、次から次に溢れてくる涙が嗚咽がそうさせてくれない。

 それでも、必死に声を絞り出した私を新はそっと抱きしめてくれた。


「突き放して――あげられなくて、ごめん」

「新……」

「みっともなくても、カッコ悪くても……旭にそばにいてほしいって思っちゃったんだ」


 ギュッと抱きしめる新の手に力が入る。

 だから私も、新の身体を抱きしめ返した。

 ずっと、ずっとそばにいるよと――伝えるために。

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