第36話
夜、家族が寝静まった後――私は、新の日記帳を開いた。
そこには、楽しそうな過去の私たちがいた。
◆―◆―◆
5月3日
GW初日。
旭が俺の家に遊びに来た。
病気のこと、説明した。出来る事、出来ないこと。
苦しそうな顔をさせてしまった。
「ごめん」って謝ったら「謝らないで」って旭は言ってくれた。
ありがとう…。
そして、今まで辛い思いをさせてごめん
これでもう隠し事はないから……
だから、来るべき別れの日まで――俺のそばにいてください
◆―◆―◆
「新……」
日記帳から、新の想いが流れ込んでくる。
これで……これで、きっと……。
電気を消すと、大好きな人の名前を……小さく呟いて私は目を閉じた。
◆◆◆
「ううーん、決まらない……」
目が覚めて、過去の世界に戻ってきてからずっと、クローゼットの中身を引っ張り出していた。
「これ……は、気合入りすぎてるし……こっちは可愛すぎ?え、私こんなの持ってたっけ!?」
鏡の前であれでもない、これでもないと早1時間……。
「あ!そろそろ出ないと待ち合わせ時間に遅れる……!」
結局……少し可愛めのワンピースに着替えると、私は慌てて新との待ち合わせ場所に向かった。
「ご、めん!ちょっと遅れちゃった!」
「大丈夫だよ、俺も今来たとこだし」
「はぁはぁ……ごめん、ね……」
「そんな走らなくても……」
「だって……!待たせたく、なかったし……」
それに……。
「少しでも早く、新に会いたくて……」
「っ……そ、っか」
照れくさそうに頭を掻く新の隣で息を整える。
「ごめんね、もう大丈夫」
「ホント?それじゃ、いこっか」
「うん!」
「――ん」
「え?」
歩き始めようとする私に、新は右手を差し出した。
「手……!」
「あっ……」
差し出された手を握りしめると、私たちは顔を見合わせて笑った。
「あーでも、緊張するなー!」
「え、なんで?」
「なんでって!新の家に!遊びに行くんだよ!?」
「う、うん……それが?」
全くわからない、という顔をする新に脱力する。
だって……。
「新は、緊張しないの……?その、彼女……を連れて、自分の家に行くんだよ?」
「え……あっ!!」
「遅いよ……」
「そっか……。え、親に紹介……しなきゃダメ、だよね」
「そりゃ……そうでしょ」
「そうだよね……」
新の反応に不安になる。
(でも、男子ってやっぱり親に紹介とか面倒だって思うのかな……。それも年頃なら余計に?)
グルグルと考えている内に、新の家に着いてしまった。
「……ただいまー」
「お、お邪魔します……」
「はーい、いらっしゃい」
「あ、あの……」
「…………」
新のお母さんが笑顔で出迎えてくれる。
けれど……新は何も言わない。
「えっと……」
どうしていいか分からず、新の方を見ると……新は繋いだ手をぎゅっと握りなおした。
そして……。
「……母さん!こちら、竹中旭さん。俺の……彼女!」
「新……!」
思わず名前を呼ぶと、新も私を見て……小さく微笑んだ。
「……知ってるわ」
「へ?」
「だって、この前来た時にご挨拶してくれたし……それに」
「それに?」
「奏多君が、新の彼女だって言ってたもの」
そうだ、あの日……。
「ごめん、新。……私、挨拶してた」
「なっ……なんだよおおお!!俺めっちゃ緊張して!でも、ちゃんと紹介しなきゃって思ったのに!!」
「あの後の色々でその……忘れてた」
「うっ……それを言われると……」
「――なんだかよく分からないけど、早く上がってもらいなさい?」
「あ、はい……!お邪魔します!」
新のお母さんに促されて、立ち尽くしたままだった私たちは慌てて靴を脱ぐ。
そんな私たちを見て……新のお母さんは笑った。
「仲がいいのは分かったから、手は離した方が脱ぎやすいと思うわよ?」
「っ……!!」
「っ……!!」
二人同時に勢いよく手を離すと……私たちを見て、もう一度新のお母さんは可笑しそうに笑った。
「――新、リビングにあるお菓子を持って行ったら?」
靴を脱いだあと、階段を上ろうとしていた私たちを新のお母さんが引き留めた。
「あー……そうだね、旭ちょっと待っててくれる?」
「わかった!」
一瞬迷った様子を見せたけれど……申し訳なさそうな顔をして新は廊下の奥に消えた。
残されたのは……。
「…………」
「…………」
(き、気まずい)
新のお母さんと私だけ……。
「……旭さん」
「は、はい!」
緊張で思わず声が固くなる私に……新のお母さんは優しい笑顔を向けてくれる。
「そんなに緊張しないで?ふふ、新と仲良くしてくれてありがとね」
「い、いえ……私こそ仲良くして頂いて嬉しいです!」
「……旭さんは、その……」
新のお母さんが、何かを言いたそうに――でも、言いにくそうに口ごもる。
(あ……)
「いいえ、なんでも……」
「……私、知ってます」
「え……?」
新のお母さんは驚いた表情で私の顔を見る。
「新君の病気のこと……ちゃんと、知ってます」
「っ……!!」
口を押えると……そう、と小さく呟いた。
「…………」
「…………」
「それでも、本当に……」
「え……?」
「……いえ、なんでもないわ」
苦しそうな顔で笑う新のお母さんを見ていると、あの日を思い出して胸が苦しくなる……。
そんな気持ちを振り払うように、私ははっきりとした声で新のお母さんに言った。
「……あの!」
「……え?」
「私、新君のこと……大好きなんです!」
「旭、さん……?」
「その……病気のこととか、新君が悩んでることとか……いろいろあるのも知ってます。でも……それでも!新君と一緒にいたいって、そう思ったんです!」
「っ……ありがとう」
小さく呟くと……新のお母さんは、泣きそうな顔で私を見ていた。
「――今年に入ってね」
「え……?」
「あの子に笑顔が増えたの。学校に行くのもなんだか楽しそうになったわ」
一瞬、廊下を振り返ると……新のお母さんは微笑みながら言った。
「きっと……あなたに出会えたからね」
「……さっき、さ」
「ん?」
お菓子とジュースを持って二人で2階に上がった。
そして、部屋のドアを閉めると新が口を開いた。
「母さんと、何話してたの?」
「……気になる?」
「そりゃ、まあ……」
「……秘密」
「なんだよ、それー!」
笑う私に新は不満そうに口を尖らせる。
「新はお母さんに愛されてるね」
「……マザコンじゃないからね?」
「分かってるよ」
「なら、いいけどー」
他愛のない話をしながら、新のお母さんの用意してくれたお菓子を食べる。
そして……。
「昨日の話の通り、俺は心臓に病気を持ってます」
「はい……」
今日の本題が――始まった。
「えっと……こうやって普通にいる分には普通なんだけど、発作が起こると薬が必要だったり病院に行かなきゃいけないこともある。激しい運動はダメだし、遊園地なんかの絶叫マシーンも無理かな……」
「そうなんだ……」
だから、デートで遊園地は厳しいかな……なんて言いながら新は笑う。私は――どんな表情をしたらいいのか分からず……曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
そんな私に新はもう一度笑った。
「でも、それ以外は何も変わらないよ。学校も行くし、こうやって旭と一緒の時間を過ごすことも出来る」
「うん……」
「定期通院があるからたまに放課後とか土曜とかに病院に行くことがある。具合が悪くなって休んだり早退するときは学校には風邪で通してもらってます。――あとは……今言った内容は、親と先生以外だと……奏多しか知らない」
「そう、なんだ……」
「でも次からは……旭にも話すよ」
そう言った新は、憑き物が落ちたような穏やかな表情をしていた。
「約束、だよ?」
「うん、約束」
そう言って私たちは、小さな子供たちがするように小指を絡めた。
―― 少し悲しい、指切りげんまん ――
けれど、大事な大事な約束を
私たちは交わした。
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