ギフト:4 サンタ大原則

ギフト:4 サンタ大原則

 

 鈍い。鈍い体の感覚。重たく、腕一つあげるだけでも、骨がきしみを上げるほどの重圧がのしかかっている。それだけで夢としれた。

 なら、とっとと目覚めればいい。どうせこの先の光景は分かっている。見たくもない、思い出したくもない光景が広がるだけだ。

 腰につるした拳銃を抜き、グローブのスローナイフのセフティーを外す。靴底に仕込んだC4に手を伸ばしながら、身をかがませ、飛び出る。

 真正面に広がるのは教会の講堂。何人もの黒服の男たちが、飛び出してきたこちらの気配に気づいた。だが遅い。スイッチを入れたC4を高い天井に放り投げ、爆音と重低音が胃と体を真下へと引っ張った。

 ひるんだ黒服は、手前にいるうちの一人と、その奥の二人。銃口を、手前にいる黒服の頭に合わせ引き金を引く。黒服の男は頭部を打ち抜かれ、崩れ落ちる。

 死体となった男の背中に回り込み、他の黒服たちの射線から身を遮り、脇に下げた手榴弾の一つをつかみ、


「お前が殺した」


 死んで、盾にしていたはずの男がしゃべった。

 黒服を着ていたはずの男は、いつの間にか髪の毛を坊主頭に借り上げ、服装を黒のダウンジャケットにし、首を逆さまにたらして言う。


「お前が俺を殺したんだ」


 夢だ。聞くな。早く手榴弾を投げろ。包囲されるぞ。夢だ、目を覚ませ。耳を貸すな。


「結局同じ穴の狢だ。お前も同じ」


 手榴弾の安全ピンを抜く。


「ただの人殺しだ」


 手榴弾がこつん、と甲高い音を立てて床を転がった。

 すぐ目の前の、足元に転がった。


「サンタ大原則ひとぉおおつ!」


「うお!?」


 びくりと声を上げた雅は、洗面台で呆けていた顔を引きつらせ、玄関先で仁王立ちする霧子へ振り返った。


「し、師匠……いつからそこへ」


「バカモンいまさっきだ。君こそいつまでそうしてたのかね」


 気がつけば、蛇口から水が出たままだった。慌てて水を止め、くらりと軽いめまいのする目をもんでほぐした。


「す、すみません。ぼうっとしてたみたいで……」


「……」


 あの後。

 霧子に叱咤された後、電車にも乗らず走ってこの荒ら屋へと帰り、とにかく顔を洗おう、頭を冷やそうと洗面所に向かっていた。しかし。


 お前が俺を殺した


 その言葉が、何重にも、何層にも、幾重にも幾方面からも聞こえてくるような気がして。

 今更何を。自分でも鼻で笑いそうになるのに、体は凍ったように動かない。肌が、筋肉が、骨が、内部から生気がしみ出して体を空にしていった。


「……『あわてんぼのサンタクロース』」


「はい……?」


 不機嫌そうに口をとがらせ言う霧子に、雅は小首をかしげた。


「有名な歌でしょ。知ってるわよね」


「ま、まあ……メロディぐらいなら」


「そこで、サンタ大原則一つ」


 サンタ大原則。

 初耳だった。


「サンタに遅刻は許されない」


「は、はあ……」


 なんとも要領の得ない生返事で返す雅だった。


「12月26日にプレゼント配るサンタを想像しなさい。間抜けにも程があるでしょ。てか不審者でしょ」


「確かに……」


「ただでさえ日本人はクリスマス終わったらお正月やるんだから節操がない」


 他に言いようがないものか。


「なので、憂いがあるなら仕事に持ち込まない。準備する必要があるのは私だけじゃないんじゃないの?」


「……」


 今度は言葉も息も詰まってしまった。口を動かそうとしても、毅然とまっすぐにこちらを見つめる双眸に迷いなどなく、生返事も出来そうにない。

 かなわない。この人には本当にかなわない。

 雅は苦笑して両手を挙げる。白旗があればそれも振りたい気分だった。


「だったら、丁度良いわ。実はあんたに書類届けてもらってる間、市長に会ってきたんだけどね」


「市長、さんですか?」


 市長とは。何故そんな人が出てきたのだろうか。その前に枕詞としての「丁度良い」とは。


「この後食事会って名目で密会やるから、あんたもついてきなさい」


「え、あの……事態が把握出来ないのですが……」


「いいから。タダメシ食えるって思えばいいの。きっと市長だから美味いもん良いもん出してくれるわよ」


 身支度しときなさい、といって霧子はにやりと犬歯の見える笑みで笑った。



□□□



「ここの定食が最近のお気に入りなんだ」

 市長、西村真三にしむらしんぞうは焼き鮭定食のお吸い物をすすり、満足そうにうなずいた。白髪交じりの初老の男性は、小じわを増やして箸でシャケをほぐす。


「ああ、ここなら自分もたまに来ます。自分は生姜焼き定食が好きですね」


「うん、あれも美味しいね。それも出てくるのが早いからね」


 雅と市長西村は定食談義で盛り上がっていた。

 祝日の夕食時とあって、商店街の通りにある定食屋は賑わっている。ほぼ席は満席だった。客層はほとんどが家族連れで、子供たちがはしゃぐ声が重なって聞こえていた。


「あれ、師匠? 食べないんですか?」


「……うーん……こういう変化球は……うーん」


 雅の隣に座る霧子は、焼肉定食に入ったタマネギを取り除く作業中で、一人ぶつぶつと薄笑みを浮かべたままであった。


「それで、市長さんが、あの……何故その、サンタなんかに?」


 一応声を潜め、雅が切り出す。それに西村は箸を置いて一つうなずくと、


「私も、この役職に就くまで『サンタクロース』が実在するなど聞かされたこともなかったよ。聞かされても、質の悪い冗談だと思っていた」


 弱々しい笑み。こちらに遠慮してのことだろうか。だが、それは雅も同じだった。この浅香霧子と出会うまで、『サンタクロース』などというものが存在するなど思ってもみなかった。

 だが、いるのだ。見てしまったのだから。『サンタクロース』が、『サンタクロース』たる所以を。


「君はまだこの町に来て短いと聞いたが、イルミネーションのイベントは知っているかね」


 定食屋の窓の外から街路樹が見える。街路樹も電飾で飾り付けされ、青や白と穏やかな色を放ち物静かに光っていた。


「本格的に目にするのは今回が初めてかもしれません。ニュースなどでは知っていましたが」


「うちの町の伝統行事であり、代々続いた自慢の行事だ。……なんとしてでも、成功させたい」


 西村の言葉は途中で固い者に変わった。それに、視線だけを西村に向け、雅は次の言葉を待った。


「今日、ここのところの爆弾騒ぎの犯人が死亡した、と連絡を受けたが……。君はどう思う」


「……」


「私はこのまま、今まで通り、市民たちや他の町から来た人たちにイルミネーションを楽しんでもらえる……それだけに専念すればいいのだろうか」


「テロリストが好むシチュエーションは、いっぱい人が集まった所に爆弾をずどーん」


 こつん、と箸を置いた霧子が湯飲みをすすって言った。


「師匠……」


「市長さん、私の予想は話した通り。そしてそれは当たってると思うの。もし、今日死んだ男がテロリストか何かだとしても、狙うならイルミネーションのイベントが始まってからの方が、遙かに犠牲者を「稼げる」はず。効率的に言って今までみたいにやるのって、どうかな」


 西村は苦い顔をしてうつむく。同じことを考えていたのだろう。もっとも、彼としては「心配事」としてだろうが。


「それにあの男の動機が明らかになってない。そこが分かれば色々手は打てそうなんだけど……」


「打てるって……君たちは、その……『サンタクロース』だろう?」


 こんこんと話していく霧子に思わず西村は戸惑いの声をかけた。それに霧子はにかりと笑って返す。


「サンタクロース大原則ひとーつ! 業務妨害は排除してよろしい! 手段問わず」


 最後は小声に言ったが、雅、西村の耳にはしっかり届いていた。


「西村市長。私はプロの『サンタクロース』です。その仕事に誇りを持ち、全てを賭けて賭しています。生半可なことじゃくじけませんよ」


「で、でもだね……危険なことなら警察に……」


「無理無理。こういった場合での警察は頼りにならないのがお約束です。なので、我々がサクっとやっちゃいます」


 軽く言ってのけると、霧子は肉だけになった焼肉定食に箸をのばしがっつき始めた。西村は同じく茫然としている雅と視線を合わせるだけで、何も言えなかった。




続く

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