ギフト:6 heavy Christmas

ギフト:6 heavy Christmas


「慰問、ですか」


 電車を乗り継ぎ、町の郊外へとやってきた雅は、前をてくてくと歩く霧子に言う。


「うん。毎年行ってるんだ。個人的にお世話になってたところでね。今年は荷物持ちがいてくれて助かるよ」


 振り返り、肩越しに言う。その笑顔に、雅は肩に提げた大きいバッグを持ち直し、小さく息をつく。霧子はというと、手提げ鞄一つだけである。


「プレゼントなら今日の夜に配るはずでは。本日は12月の24日……クリスマス・イブの昼間ですよ」


「寝てたらあの子たちに会えないからね」


 あの子たち……?


 天気は曇り空で、昼間だというのに薄暗い。周りは閑静な住宅地で、ひっそりとした空気が漂っている。


 昨日市長西村と食事をしたオフィス街とは離れた場所は、歩いて行くたびに家の建つ感覚が広くなり、空き家や更地が目立ち始めた。更地の中には手入れも行き届いておらず、背の高い草がぞろぞろとフェンスを越えているものもあった。


「こんなところに何かありましたか?」


「もう少しで見てくるよ。あ、あれだ。あそこ」


 と、なだらかな坂道が続く先には、一軒の教会が建っていた。遠目に見て、古く小さく、くたびれているのが分かる。


「さて、「サンタクロース」の出番だぞ」


 にんまりと笑って霧子は手提げ鞄から赤い布を取り出した。




「あー、霧子ねーちゃん!」


「霧子ねーちゃんだー!」


「ふはははは、メリークリスマース! あと今日ぐらいはサンタさんって呼べガキどもー!」


 教会の講堂に入るなり、そこで読み書きの授業を行っていた子供たちが一斉に霧子の元へと集まってきた。霧子はサンタクロースの装いのつもりなのか、赤いフードをかぶり、わいわいとじゃれついてくる子供たちの頭を乱暴になでて笑う。


「メリークリスマス。あなたが黒船雅さん、ですね」


 講堂の教壇にホワイトボードの前に立ち、霧子と子供たちの様子を見ていた老シスターが一礼する。笑い皺、というものか。その微笑には気品が有り、老いてなお絹の様な柔らかさのような物腰を持った人物だった。


「初めまして。黒船雅です。シスターは……」


「私は神崎時雨と申します。ここの教会の責任者兼、児童養護施設の責任者です」


 やいやいと楽しそうにはしゃぐ子供たちに目をやり、雅は言葉を探そうとしていた。


「霧子さんから聞いた通り、生真面目な人のようですね」


「……面目ないです」


 後ろめたい気分になり、子供たちからも、シスター神崎からも目をそらしてしまう。


「その、神崎さんは……」


「気軽に「シスター」とお呼びください。私に親しくしてくださる方は、皆その名前で呼んでくださいます」


 にこりと笑った笑顔に、何故か霧子の笑い方が重なった。屈託のない、笑うための笑顔だ。


「……。分かりました、シスター。師匠は毎年ここを訪れていると行っていましたが……」


「ええ。「サンタクロース」になってからも、こうして足を運んでくれる……子供たちも夜よりも日中いつ霧子さんが来るかが楽しみになっておりますよ」


「……」


 霧子は活発な男子女子たちに囲まれ、賑やかに騒いでいる。子供たちは誰もまだ小学生だろう。背丈が高い子を見ても、高学年ぐらいと幼さがまだ残っている。


「おーい弟子! そこで突っ立ってないで、プレゼントもってこい!」


「あ、はい。では失礼します」


 シスターに一礼し、小走りで霧子の元へと急ぐ。子供たちは興味津々、好奇心丸出しの目で雅を見上げ、そのうちの一人が大きな声で言う。


「ねえ! お兄ちゃん、霧ねーちゃんの彼氏!?」


「か、かれ……!」


 唐突な質問に、周りが乗った。「ヒューヒュー」とからかうノリの良い子供たちははやし立てることに楽しさを覚えていた。


「お、俺は……いや、自分は浅香霧子氏に今年から弟子入りした、「サンタクロース」の見習いだ。断じてそういう間柄ではない」


 理路整然に言うと、子供たちはつまらなそうに「なーんだ」と興味をうしなった。


「そんなことで人をからかうようじゃ、この中身は渡せないな」


「あ、ずるいぞ!」


「ちょうだい、ちょうだい!」


 鞄をちらつかせると、子供たちに笑顔が戻る。単純な思考の変わりように、雅は思わず笑みをこぼした。


「可愛いものですね、師匠」


 プレゼントボックスの中身は皆、お菓子の詰め合わせだ。平等に誰に渡してもいい。配ってもいいかと許可をもらおうと顔を向けるが、


「……師匠、何故顔を背けているのです」


「……」


「師匠」


「別に」


 ごほん、とわざとらしい咳払いをして、霧子は乱暴に前髪をかきあげた。若干、耳元が赤くなっている。


「あー。調子狂ったな……。君にはもう一働きしてもらいたいんだ」


 プレゼントを配る雅に、視線を外したまま霧子が言う。


「はい、何でしょうか」


「……ちょっとね、「サンタクロース」として会ってほしい子がいるの。私じゃ駄目かもって、思ってたからね」


「……」


 プレゼントを配り終え、シスターがお茶にしようとした時、シスターもまた雅に声をかける。


「私からもお願いがあります。あの子を……瞳ちゃんをお茶会に呼んできてもらえませんか?」


「瞳……さん?」


「二階の自習室にいます。おそらく、断れると思いますが、無理強いしない限りで、お茶会を勧めてきてもらえませんか?」


 雅は奇妙な言い回しに思わず小首をかしげた。だが、行けば分かることだろう。わざわざ含んだ言い方をする人たちでもないし、意味もないだろう。雅は「分かりました」と一礼し、教壇の裏側から二階に繋がる階段を上った。古い建物なので、一歩一歩床が軋みを上げる。


 二階は一本の廊下が走り、二つドアが備え付けられていた。一番手前に「自習室」とプレートが掲げられてある。

 雅は控えめにノックをし、


「失礼。「サンタクロース」浅香霧子の使いの者です。今から下でお茶会を開くのですが、参加されますか?」


 しん……と静けさが廊下に落ちる。明かり取りの窓から、鈍い太陽の光が、木目の廊下に落ちて四角く白色に形を区切り取っていた。

 程なくして、返事が返ってきた。


「……結構です」


 気を抜けば聞き逃してしまいそうなほどの小さな、か細い声。やはり幼い、少女の声だ。


「浅香霧子も、あなたが来てくれれば喜ぶと思うのですが」


 ドアの向こうから、ずず……と布がこすれる音がする。


「……あなたは、だれ……」


 声が少し、はっきりしてきた様に感じた。


「挨拶が遅れて申し訳ない、自分は黒船雅と申します。今年「サンタクロース」として、浅香霧子に弟子入りした者です」


 かちゃ、と鍵が開く音がした。だが、ドアの向こうには人の気配がしない.雅は僅かに眉を寄せる。


「……どうぞ」


 か細い声が直接耳に届く。雅は「失礼します」と言ってからドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを押した。


 消毒液の臭い。それが最初の印象だった。


 自習室という八畳間ほどの広さの部屋には机が二つと、ベッドが一つあるだけで、閑散としていた。窓は風を受けて時折身をすくませるようぎしり、と枠を鳴らした。

 ベッドに座り、こちらを見上げている少女が一人。


「……初めまして」


 細い体に、細い腕。その腕には点滴の管が繋がっていて、移動できるよう、車の着いた杖に点滴がぶら下がっている。


「引いたでしょ……ふふ」


 自虐めいた笑みを浮かべる少女。


「でも安心して。死にはしないから。安静にしてればいいだけだから」


 雅は何も言わず、後ろ手でドアを閉めた。


「あなたも、私を連れてくるように言われたの? シスターや、浅香さんに」


 視線だけを雅に向け、小さな子で言う。雅はこくりとうなずき、


「その前に、プレゼントだ」


 と、プレゼントボックスを少女……瞳の目の前に差し出す。瞳はそれを見て、きょとんとする。


「人数分だけ用意していると師匠は言っていたからな。一つ配り残りがあったのは、君宛だったということか」


「……」


 瞳は受け取ったプレゼントボックスを手に取り、しばしそれを見つめた後静かにため息を落とした。


「……あまり、食欲ないから」


「糖分は脳の働きを良くする」


 瞳が言い終わる前に雅が言った。


「適度な摂取は必要だろう」


「……」


「ん? どうかしたかな」


 雅を見上げていた瞳は、くすりと笑って口元を指で隠した。


「……変な人」


「そう、か……?」


「今まで説教する人とか、哀れみをかける人とかたくさんいたけど」


 小さく首を横に振って、瞳は肩を落とした。


「でも、いいの。戻って、サンタさん。私はここから出ないから」


「……」


「他のみんなが寂しがるから」


 うつむき、瞳は頬に落ちた髪の毛をそのままにして言う。だが雅は、その真正面に、椅子を引き出しどっしりと腰掛けた。


「……サンタさん?」


「実を言うとな」


 顔を上げた瞳に、腕を組んでまっすぐ瞳を見る雅は静かに言う。


「小腹が減ってな」


「……はい?」


「かといって、がっつくのも何かとな。……で、提案があるんだ」


 というと、雅は瞳が手にしたままのプレゼントボックスを指さして言う。


「二人で分けて食べないか?」


「……」


「さっきも言ったように、糖分は脳の働きに良いんだ。サンタは知っての通り、今晩が勝負でな。……また実を言うと、今から緊張していたりもする」


 真顔でそういと、ぐぅ……と雅の胃が音を立てた。


「……っぷ」


「……不覚」


 口元を押さえ、顔を伏せる瞳と、顔を赤らめ苦い顔をする雅。


「はぁ……格好がつかんな。初陣だというのに」


 小腹が減ってきたのは本当だった。やはり今晩のことを考えると緊張するのは事実だ。初めて、「サンタクロース」として挑むクリスマス。陽の明るいうちから、体はプレッシャーを感じ取っていた。


「変な人……」


「ぐ……二度目だな……」


 目の端を涙でぬぐい言う瞳は、しかし今まで以上に晴れやかな表情になって言う。


「分かりました。じゃあ、ちょっとだけ「分けて」あげます」


「かたじけない」


 中身はクッキーやチョコレートといった定番のお菓子だった。これも霧子が事前にセットで予約しておいたものらしく、行きの道のりで店に寄り受け取った。


「あの……黒船さんは……」


 一口サイズのチョコを一つ食べた後、瞳がぽつりと言う。


「黒船さんは、何故「サンタクロース」になろうとしたんですか?」


「……理由、か」


 ビスケット三枚、チョコ二つを平らげた雅は飲み物がほしい、と思いながら言う。


「スカウトされた」


「……スカウト、ですか?……というか、サンタさんって、スカウトでなれるものなんですか?」


「そこまでは分からないな。だが、去年の今頃、俺は浅香霧子と出会い」


 乾いた空気。鉄の味。赤い鼓動。


「蹴られた」


「……け?」


「あと跳ねられた。バイクで」


「……はね?」


「そこから紆余曲折あり弟子入りした」


 瞳は頭を抱えている。彼女なりに理解しようとしているようだが。


「そういう時は糖分だ。ほら、チョコあるぞ」


「……お、お気持ちだけで十分です」


 はあ、と大きなため息をついて、瞳は窓の外に目をやった。


「意味はよく分かりませんが……ちょっと、うらやましいですね」


「うらやましい?」


 オウム返しに言う雅に、瞳は点滴が繋がった腕を指さして見せる。


「散歩程度なら問題ないそうですが……あまり外に出ようという心を持てません」


「……普段から、ここにいるのか」


「引きこもりです」


 気後れするような笑みで瞳が言った。


「外に出れば、イルミネーションの綺麗な町が見られるというのに……」


「見たくはない、か?」


「……見たい、ですよ。一度は」


 一度は、と最後にこぼした言葉に雅はびくりと眉を上げる。


「生まれてからほとんど「外」を知らずに病室で育ってきました。体質を呪いました。弱い自分を呪いました.親を呪いました。私を捨てた親を呪いました。……それだけの日々で私は構成されてます」


 瞳は窓の外に目をやる。空は晴れることなく、灰色で塗られ、低く設置されていた。


「星でも見られれば、イルミネーションの代わりぐらいには思えるでしょうか。……もっとも、大気汚染で汚れた現代の空に、星なんてほとんど見えませんけど」


「星、か……」


 雅も窓の外を見上げつぶやいた。


「あまりサンタになろうという人間が言うことではないんだが」


 と、前置きを置いて言う雅に、瞳が振り返った。


「今晩、ちょっと夜更かししててくれないか?」


「夜更かし、ですか?」


「まあ、眠たくなったら我慢せず寝てくれていい」


 それに師匠に勘付かれなければの話なのだが……と、ぶつぶつと独り言をつぶやきだす雅に、瞳はただ小首をかしげるだけだった。


「まあ、何はどうあれ今晩が勝負だ。なのでこれから入念に準備をしなければならない」


 言って雅は立ち上がり、ごちそうさまと手を合わせる。


「……ありがとうございました」


 少し照れくさそうに、瞳が頭を下げた。


「こちらこそ、貴重な食料の供給感謝する。では」


 瞳が頭を上げないうちに背を向け、ドアノブに手をかけた。


「そうそう、夜空の星の光がリアルタイムでの光ではないというのは、知っているかな」


「え……。はい。何億光年という単位での距離ですよね……シスターの授業で習いましたけど、それが何か……」


「いや、ただの世間話だ。ただ今見上げる星の光は過去のものなのに、今この瞬間でしか観測出来ない、というものに昔から、妙な感覚を覚えることがあってな」


 背中越しのままで言う雅に、瞳は苦笑じみた笑みで言う。


「ロマンチックなんですね」


「ロマン、かどうかは分からないが……」


 肩越しに振り返り、不敵とも言える笑みを浮かべた雅が言った。


「俺は、「今」を生きる命のみが行える特権だと思っているよ」


 ポケットからスマートフォンを取り出し、ちらりと目を落とすと雅はドアを静かに閉めた。ゆっくり遠ざかっていく足音を、瞳は見送るように聞き、深々と頭を下げていた。




 霧子は先に教会を出ていた。雅はスマートフォンを手に足早に駆け寄ると、呼吸を整える前に言う。


「これはどういうことですか」


 スマートフォンには霧子からのメールが記されてある。


「そのまま。「犯行声明」だよ」


 しれっと言う霧子には変わった様子はない。そのまま町中へ向けて歩き始める。雅は慌てて後を追った。


「さっき西村市長に「脅し」がきてね」


「だ、大丈夫だったんですか!? 市長のところに爆弾が送りつけられたって!」


 スマートフォンには、「西村市長が爆弾をプレゼントされたなう」と素っ気ない文面が並んでいた。


「大丈夫、爆弾処理班がちゃんと抑えてくれた。警察はともかく、西村市長は私たちを信頼してくれた。連絡をくれたのは市長本人だよ」


「市長が……」


「っていうか、やっぱ黒幕説は当たってたね。昨日の男が終わりじゃない。犯人……といううか、本命はここから動いてくる」


 次に雅のスマートフォンには画像データが転送された。霧子が送信したものだっった。


「……何だこれは……」


 それを目にして、雅は眉間の皺を深くする。


「えーと、『西村市長殿へ。メリークリスマス。本年もイルミネーションイベントを行えるようで何よりである。だがしかし、「我々」にとってその光は誘蛾灯のように鬱陶しく陰湿で、何より忌々しく華やかだ。よって「我々」が花を添えようと僭越ながらささやかなものを準備しておいた。まずは手土産代わりのものを受け取ってもらえたと思う。イベントにはサプライズが必要だ。とびっきりのプレゼントを用意しておいた。必ず気に入ってもらえるはずだ、今日はたっぷりと夜景を楽しんでいてほしい』……だってさ」


 つらつらと読み上げた霧子はつまらなそうに肩をすくめた。


「だってさ、じゃないでしょう! この文面からじゃ、既に爆弾がセットされてる! 早く回収しないと……」


「どうやって。もうそれは警察が動いてるよ」


「っ、ですが……!」


 言葉を喉に詰まらせる雅の唇に、霧子はそっと人差し指を当てた。


「熱くならないの。昨日私が何て言ったか覚えてる?「営業妨害は排除」だよ。こんなんじゃ、うかうかプレゼント配るどころじゃない。サンタ家業あがったりだよ」


 じっと雅の目を見て言う霧子の言葉に、ささくれ立っていた雅の心は静まっていく。


「じゃ、行くよ」


「……え、行くって、どこへ」


「現場へ。まずは足で捜査する。サンタ大原則だよ」


「……古株の刑事じゃないですかそれ」




□□□




「これが届いた爆弾ですかー」


 応接室に案内され、出されたお茶もそこそこに霧子は小さな箱をまじまじと見つめる。


「昨日君が言った言葉がよぎってね……念のため警察に来て調べてもらったら、これだったんだよ。肝が冷えたね」


 西村の顔色はまだ青い。それはそうだろう。今はもう機能は停止しているとはいえ、目の前にあるのはまごうことなく「爆弾」なのだ。


「雅くん、どう見る?」


「……シンプルな時限爆弾ですね。タイマー式で、時間が来ると自動的に爆薬……排除されてますが、多分C4が爆発する仕組みになっているものでしょう」


「しーふぉー、とは?」


 西村がきょとんとして言う。


「プラスチック爆弾です。少量でもこのフロアを吹き飛ばす威力はあります。市長の判断は正解でした」


「し、心臓に悪いよ……」


 ハンカチで額の汗をぬぐい、西村は大きく肩を落とした。


「市長、んでさー。こんなテロまがいする連中に心当たりはない?」


「そ、それなんだが警察にお聞かれたが、私の知る限り特に思い当たらないんだ……。私の就任前も、特にいざこざなんてなかったからね」


「んー。「脅迫文」には「我々」、としか書かれてなかったから、何らかの組織かと思ったけど……」


「では、イルミネーション関係では? 職人に個人的な恨みや因果があるなどとは」


「それも今警察が洗い出しているが、これといって出てきていないんだよ……」


 雅が聞くものの、西村も困り果てた様子だった。


「くそ……犯人は何を考えてるんだ……動機もはっきりしないんじゃ、手がかりも何も……」


 脅迫文の文面を思い出しても、特に目立った思考があって爆弾を仕掛けた、というわけではなかった。文面をそのままに受け取ると、「イルミネーションが気に入らないから爆弾をしかけた」ということになる。


「……案外、そんな連中だったりして」


 爆弾の箱をのぞき込みながら霧子が言う。


「この町の伝統行事ですよ? 今に始まったことじゃない。もう10年以上続いている名物です。せめて「やめてほしけりゃ金を出せ」ぐらい言ってくれればスッキリするんですけどね」


「……それだと私の胃に爆弾が生まれるなあ……」


 市長、身と胃粘液を削ったコメント。


「ちなみにこれの流通経路は?」


「他の荷物に紛れてきたんだ。はっきとしなくてね……」


「ふうん……ん?」


 箱に触り、ふと持ち上げた霧子が眉をしかめる。


「師匠、もう爆弾はないとはいえ、現場のものなんですからあまりいじくると……」


「雅、目を閉じて、「夢意識」で見てみて」


「え……」


「いいから」


 語気を強めて言う霧子に押されて、雅は慌てて目を閉じる。まぶたの裏になった瞬間から、うっすらと灯るものが目の前に見える。


「え……」


 目を開けると、そこには霧子が手に持つ、爆弾の箱。もう一度目を閉じた。


「……何だ、これ」


「……」


 霧子は目を閉じていないが、雅と同じものを感じ取っているらしい。西村は置いてけぼりだが、今は説明している暇はない。


「これ、何かに似てると思わない?」


「……見たことが……」


 つい最近触れたことがある。それは。


「……「ダミー」です。昨日師匠が設置してた、「ダミー」と同じものです!」


 そう、人間の「夢」を模倣されて作られた、訓練用の「ダミー」の明かりそのものだった。


 雅は目を開けて、箱をのぞき込む。


「師匠、「ダミー」ってこんなに小さいのもあるんですか?」


「作ろうと思えば作れるよ。ただ、「ダミー」は「夢」に入る練習用に使われるものだからね。基本的に大きさは人間以上のものを用意するんだけど」


 そっとテーブルに箱を戻し、霧子は言った。


「これで一つ犯人の情報が分かった」


「ほ、本当かい!?」


 西村が驚きの声を上げる。雅はその情報にどう対応していいか分からず、ただ困惑顔のままだったが、


「……犯人は、「サンタクロース」……」


 ぼそりと、そういたのは雅自身だった。


「ということですよね……師匠」


 口の中が苦い。奥歯をいくら噛んでも抑えきれない、やりきれない感情が押し上げてくる。


 霧子は雅を見ないまま、


「ま、そうなるね。間違いなく『夢渡り』が使われてる。『夢渡り』が使えるのは「サンタクロース」だけだ」


 と、淡々と返した。


「市長、今のことはここだけの話にしてくれませんか。今はまだ」


「あ、ああ……し、しかし「サンタクロース」……が? 犯人? 何故そんな……クリスマスを妨害するようなことを……」


 事態を把握しきれていないのか、追いつけないのか、うわごとのようにつぶやく西村だったが、霧子ははぁ……と大きなため息をついて西村の肩に手を置いた。


「市長……実はですね。ここまで来ると。……犯人浮き上がっちゃうんですよ。てか確定です」


「は、はい!?」


 落ち着かせようとしたようだが、返って更に混乱させてしまった。西村は目を白黒させ、ソファにどさりと腰を落としてしまった。


 雅もめまいがしそうだった。犯人が、確定?


「し……師匠、犯人って、この爆弾魔の!? 一体誰が……」


 ひたり、と。研ぎ澄まされた刃物を突きつけられたような感覚が、霧子の視線には宿っていた。


「君も、知ってる」


 体と脳に渦巻いていた熱が一気に霧散する。

 代わりに、雨の音がした。雨音が鼓膜の奥からよみがえってくる。

 知っている? そう。知っている。

 知っているのだ。


「君が「サンタクロース」になることになったきっかけ」


 赤い世界。講堂の屋根に響き渡った悲鳴と怒声。


「私と出会った時のこと」


 硝煙の臭いと血の臭いと肉が焦げる臭い。


「まさか、こんな形で再会することになるなんてねえ」


 差し出された十字架は、真っ赤に塗れていた。


「元「サンタクロース」、月輪幸之助つきわこうのすけ。去年除名処分され行方不明になった……」


 言葉を一度区切る。霧子にも息をつく必要があった。


「私の「サンタクロース」としての先輩です」




続く

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