ギフト:8 星の見る夢
ギフト:8 星の見る夢
12月25日。
日付が変わると同時に、イルミネーションの波も色を変え、集まった人々の盛り上がりも最高潮に達した。
「なあ、なんかあっちで花火やってたらしいぜ?」
「あー、すっごく明るかったよね。何だったんだろ」
「うぃ~、メリクリ~」
「うぇい~」
思い思い、浮かれる者も想い人と過ごす者も、無事光に満ちた町並みを歩き、笑顔を絶やさず聖夜を過ごしていた。
「……彼らは、守ってくれたようだ」
役所の窓から町並みを見下ろす西村は、窓越しに光の洪水となった町並みを見下ろし、小さく息を落とした。
「だが……先ほどの空の光は一体……やけに夜空が明るく見えたが」
町外れの郊外へと視線を向ける。光源の少ない町並みは、ひっそりとしたものに戻っていた。
□□□
守らねばならない。
どんなことがあっても。どんなことをしてでも。
命だけは、失ってはならない。
「ほ……本当に、殺さないんだな?」
しつこいなあ、それでも『カサブランカ』のリーダーか? やっぱりガキの集団だったか……交渉は決裂だな。
「ま、待ってくれ! じ、人材は「派遣」する! だ、だから……その分の寝床や食料は約束してくれるんだろう!?」
……。ああ、そうだ。約束しよう。特にお前たちのように若ければ若いほど良い。「何かと」重宝されるからな。
「……約束だからな」
まあもっとも、虐待茶飯事のクソ親どもや、いじめで泣き寝入りしてる生活なんかよりも快適なのは約束出来るぜ。毎日が大冒険だ。日本人は真面目だからな。仕込みがいもある。
「殺さないだろう……? 貴重な、『命』なんだから」
おいおい、俺はこれでも商売人だ。商品は大切に扱うさ。お客様の元へ届けてな。届けて、その後は……。
□□□
「あら、お目覚め? 頑丈だこと」
横たわっていた月輪幸之助は、すぐ側でスマートフォンをいじっていた霧子に視線だけをやり、起き上がろうとしたが、すぐに全身の力を抜いた。
「駄目だ、立てない」
「そりゃそうね。『夢意識体』で「ダミー」に特攻。原型とどめてる方がおかしいわ」
「……。雅はどうした」
「……」
「答えろ。雅はどこにいる」
霧子は何も言わない。ただスマートフォンをいじる指を止め、静かに息をついて目を閉じた。
「雅……雅は……ッ!」
「師匠、おしるこのジュースは売り切れていたからコーンポタージュを買ってきた」
「えー、何それ! 私は今甘いのがほしいの! おしるこ売ってる自動販売機探してきなさいよ!」
「無茶を言う。もう体はがたがたで……幸之助、起きたか」
ぽかんと口を開ける月輪幸之助を前に、霧子は仕方なくコーンポタージュの缶を受け取る。
「お前の分は流石に買ってこれなかったな……」
雅は申し訳なさそうに言い、缶コーヒーをすする。口の中が切れていて、痛みが走り、思わず顔をしかめた。
「……生きていた、か」
「お互い運が良かった、としか言い様がなかったな」
雅が言い、今度こそ、月輪幸之助はどさりと背中を地面に落とした。
「何をしたんだ。ただ特攻したわけじゃないだろう」
「ああ。お前が言っていた、日中でも「夢」と同じく意識の中に飛べると。賭けだった。「ダミー」の波長をつかめるかどうか……。一度練習しておいたのが幸を奏したな」
片膝を突いて倒れかかったとき、意識を遙か上空に飛ばし、「ダミー」の気配を探っていた。「ダミー」自体はすぐに見つかった。問題はそこから。
「「ダミー」は人為的に作られた「夢」だ。つまりは『夢意識』の塊。内側にガスを含んだ風船の様に、外から同じ性質のガスでつついてやれば、例え表面が割れても内部のガス……『夢意識』が周囲に拡散し、俺たちを包むクッションになる」
白い息で指先を温めながら、雅が淡々と言った。
それを聞いていた霧子ははぁ、と肩を落とし深いため息をついた。
「なんてざるのような極論……いや、暴論……。とても作戦とは言えないわね」
一方、月輪幸之助は口元を、泥だらけの手で覆い、クツクツと笑っている。
「いや、お前らしいと俺は思うぞ。それに付き合わされることになるとは、ここまでくればラッキーな体験だったと言えよう。レアケースだ」
「……あんた、とことん嫌な前向きな性格よね」
「はは。笑った笑った。……笑ったところで、雅。俺は意識を失う寸前、星を見た」
雅は缶コーヒーに口をつけたまま、寝転がったままの月輪幸之助に顔を向ける。
「まるで原始の世界で見るような、澄んだ夜空の景色だった。……あれはなんだったんだ」
雅はしばし沈黙していたが、月輪幸之助に答える前に、ちらりと霧子の様子をうかがった。
「あー。あれね。私はだいたい想像ついているんだけど……。聞かないでうやむやにした方がいいわよ」
「……見間違いではなかった、ということか」
小さく笑うと、月輪幸之助はゆっくり半身を起こし、立ち上がる。
「あんたには逮捕状が出てるわ。大人しく自首しなさい。付き添ってあげるから」
「さて……どうするかな」
月輪幸之助はゆらりと手のひらを掲げると、赤い光を指先に宿した。それを見て、霧子は舌打ちする。
「あんた、いい加減に……」
「違う。逃げはしない。……雅」
空き缶を片手に、もう片方にグローブをはめた雅を見て、月輪幸之助は小さく笑った。
「お前はどんな「サンタクロース」になりたい?」
穏やかな声だった。今まで聞いたことがない、絹の様な柔らかな、ゆったりとた声。
それを受け取った雅はうなずいてつぶやいた。
「サンタはサンタだ。やることは一つ。子供たちの「夢」を渡り、笑顔を作る」
「……良い答えだ」
赤く揺らめくろうそくの火の様な赤い指先を、月輪幸之助は目を細めて見つめ、
「じゃあな」
のど元へ赤い一撃を突き刺した。
「……!」
雅は全く反応出来なかった。霧子もまた、動けなかった。警戒はしていたはずなのに。
喉に深く刺さった指は、もう一つの赤い輝きで押し戻され、月輪幸之助の手刀はあっさりとはじき返される。
「な……」
何が、起こっている? そう言いたげな困惑顔だった。しかしそれは雅も同じだ。月輪幸之助は、自分の指と首の間に割り込んだ、赤い「何か」がコロン……と地面を転がるのを見て、ごくりと喉を鳴らす。
それは、知識がない人間が見ればただのゴミか……鉄くずの類いにしか見えないだろう。
だが知っていた。これは、弾丸だ。撃ち出された、実弾だった。
「自ら犯した罪を放り出したまま逝けば、天に召されるとでもお思いですか? 幸之助」
暗がりから、女性の声がする。慈悲深く、雨のように優しく、晴天の光のように暖かな声だった。
「……シスター?」
やがて、月明かりに照らされ、影から現れた女性、神崎時雨の姿を見て雅は言葉をなくした。
「こんばんは。若きサンタさん」
にこりと笑う、シスター神崎。それに雅は二の句を告げられず、固まったままだった。何故なら、雅の目はシスターの笑顔ではなく、シスターが手にしているものに釘付けになっているからだった。
「……神崎、さん……」
月輪幸之助は茫然と立ち尽くし、何か言いかけたが、開いた口を閉ざしてしまった。
「幸之助。これから言う言葉は、あなたの「元上司」としてではなく、ただの一介の修道士としての言葉として聞いてほしい」
元、上司? その言葉に、転がった弾丸を見て雅は固唾を飲んだ。弾丸は、赤い光でコーティングされていたのだ。それが何を意味するか。
「人間は完璧じゃないわ。誰だって間違いを犯す。取り返しの付かないこともする。やってしまう。でもだからってね。不幸にならなくちゃいけないってわけじゃあ、ないのよ」
「……」
月明かりを背にして言うシスターの言葉に、月輪幸之助はうつむき、顔を手の甲で乱暴にぬぐった。
「じゃあ、行こうか」
霧子が赤い光で
「行くって、どこへ」
「なーに言ってんの! 「サンタクロース」の本業、プレゼント配りでしょ!」
「……。え、ええ!? こ、これからですか!」
「そうよ。私たちの担当区域一つも配れてないんだから、急ぐわよ!」
「い、いやしかし! 自分は結構な消耗とダメージを負って……」
「男の子がそんな程度でガタガタ抜かすな!早く乗る!」
強引に腕を引っ張られ、雅は爆音を響かせるドゥカティの後部座席に乗せられた。
「じゃあシスター、私たち仕事行ってきます」
「はい、気をつけてね。雅くんも初仕事、頑張って」
シスターにも手を振られ、これはもう出発するしかない空気になっていた。
「あの、ところでシスター。その銃は」
「あら、これ? 44オートマグよ。昔『ダーティーハリー』っていう映画が大好きでねえ。イーストウッドよ。彼が劇中で愛用していた銃なの」
「……はい。見たことあります」
「ほら無駄話それぐらいにして! 出るわよ!」
エンジンを絞り、ギアをローに落としたドゥカティは、赤い排気ガスをはき出し夜空に赤い弧を描いた。
遠くに消えたエンジン音を聞きながら、シスターは苦笑しつつ、小さな手には不釣り合いの大型拳銃を腰のホルダーに戻した。
「綺麗な星空だったわね」
背を向けている月輪幸之助に言うでもなく、シスターはつぶやいた。
「もしあれが、誰かの見ている夢だったとしたら……ずいぶんと昔の、私が生まれるより昔の空じゃないかしら」
「推論、なのですが」
背を向けたままで、月輪幸之助がかすれた声で言う。
「あの時『夢意識体』はばらまかれた状態でした。大気に……空に……いえ、この「星」そのものに。あれは、あの「夢」は……」
そこまで言って、首を横に振る。
「神崎さん……いえ、シスター……。警察へ行きます。着いてきてくれますか。一人で行くと、また「ずる」をして逃げ出してしまいそうなので」
「……ええ。どこにでもついて行くわ。あなたが一人で行ってしまわない限りは」
□□□
「……「サンタクロース」って、もっとロマンチックな仕事かと思っていました」
「そう? 熱ッ! ふー! ふー!」
「……ラーメンで仕事のシメになるとは思ってもいませんでした」
「私のおごりなんだから、黙って食べなさい。……熱!」
街の屋台で二人そろい、雅と霧子はラーメンをすすっていた。
「師匠、猫舌なんですから無理して食べなくても……」
「クリスマスのシメはラーメンって決まってんのよ」
どこの法治国家の話なのだろう。
「あんたこそ、どうだった?」
チャーシューを息で冷ましながら、視線だけを雅によこし、霧子が言う。
「初仕事。サンタの」
「……ドタバタでしたね」
ボサボサになった髪の毛を直そうとするも、凍った様に固まった髪は直らなかった。
「来年はもっと余裕を持って取り組みたいです」
「……」
「なんで笑うんですか」
「いや、そんなことばかり言ってて、今回全然余裕なかったなって」
霧子の言葉に、雅は肩を落とし大きく息をついた。
「来年もその経験、活かせるといいね」
「他人事の様に……」
冷えるな、と身をすくめると、視界の端にひらりと白く舞うものを見つけた。
「あ、降ってきた……」
「え、雪? 今更?」
のれんから顔を出し、白い息に顔を包みながら霧子が言う。
「もう夜明け前よ? なんか、空気読めないわねー今年のクリスマス」
ま、いいか。そう短く言いくくると、霧子はそそくさと暖かいラーメンのつゆにとりかかった。やはり、飲むのに苦労している。
「爆弾解除はぎりぎりで間に合って良かったじゃないですか」
「その時点で空気読めてないわよ。あっつ!」
「はあ……すみません、レンゲ一つもらえますか」
寡黙な屋台の主人に雅が声をかける。無言で手渡されたレンゲを「どうも」と受け取ると、それを霧子の前に差し出した。
「……何」
「飲みにくそうだったので」
「邪道よ! ラーメンの醍醐味ってのはね、どんぶりをそのまま……」
「はいはい。ラーメン大原則でもサンタ大原則でも何でもいいです」
雅は霧子のどんぶりからつゆをすくい、息を吹きかけ冷ますとそっとさしだした。
「どうぞ」
「……」
「……十分に冷めていると思いますが」
「……ば、バカにしてんのか!!」
顔を真っ赤にして霧子は怒鳴り、しかしレンゲから目を離さず、無言のままレンゲをほおばる様かぶりついた。
「どうです」
「……ふふぁいよ」
「よく聞き取れません」
何とかつゆを飲み込んだ霧子は耳元まで赤くした顔を冷まそうと手で仰ぎ、
「あんた、わざとやってるでしょ……」
「……。何がですか」
「今間があったわ。心の中でほくそ笑んだでしょ」
「人をどこぞの性悪師匠みたいにいわないでいただきたい」
雅もラーメンのつゆを飲もうとレンゲですすり、濃厚な味を喉に流す。
「うん……美味しい。これは確かにどんぶりから飲みたくなる味ですね。……師匠?」
「……そ、それ……そのレンゲ……さ、さっき私が……」
顔どころか、首まで真っ赤になっている「サンタクロース」は涙目だった。
「ああ。間接キスですね」
さらりと言った雅は、とうとうドゥカティで屋台から弾き飛ばされた。
「……今年は熱い冬だね」
誰ともなく屋台の主人がつぶやき、12月25日の朝が、夜の向こうから姿を見せようとしていた。
終
ギフト 柴見流一郎 @shibami
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