ギフト

柴見流一郎

ギフト:1 見習いサンタクロース・黒船雅


 テレビからは連日続いている爆弾魔の事件の報道で話題は絶えない。今日もコメンテーターが入れ替わり立ち替わりで、あれやこれやと推測、憶測を述べ無駄に不安だけを広げていた。


「ねー」


 今日は12月の23日。祝日であり、明日はクリスマスイブだ。忙しくなる。気を引き締めて行かねば、と黒船雅くろふねみやびは100回目の腕立て伏せを終え、どさりと腰を落とした。

 駅から徒歩5分といえば聞こえは良いが、高架下沿いに建てられた築何十年の荒ら屋の2階。簡素なベランダにて雅は息を整え、湯気を出す体を沈めていた。ジーンズにノースリーブの黒いシャツ一枚と、この季節には冷える服装だったが、トレーニングには向いているものだった。


「ねーってばあ、ちょっと、弟子ー!」


 暖房のきいた室内からは、のんきな声が薄い窓越しに聞こえる。雅はがらりとドアを開けると四畳半の居間に入り、首に巻いたタオルで汗をぬぐった。


「さっむ! よくあんた外で腕立てなんてできるわね……」


 雅は人相の悪い目つきで、こたつから顔だけを出し、スナック菓子を広げている女性に目をやった。


「何ですか、師匠」


 言う雅は一般的な成人男性の体格と顔つきを持った青年だった。それに対し、「師匠」と呼んだ女性はどう見ても未成年……学生と思われる年齢の少女である。


「喉渇いた。ジュース取ってきて」


「……ご自分でどうぞ」


 冷蔵庫は一人暮らし用のものが一つずつ1階と2階に備え付けられている。主に少女がどっちかに取りに行くのが億劫で面倒だから、という理由で置かれたものだ。


「師匠の言うことはきくものでしょ?」


「弟子はパシリじゃありませんので」


 まったく、とため息を落とし、雅は次のトレーニングに入ろうと立ち上がった。


「雅のケチー。いいもん自分で取るもん。そして雅のお茶に飲むヨーグルト混入してやるもん」


「規模の小さいテロやらんでください」


 雅ははぁ、と腹の底からため息をついた。


「そんなていたらくでどうするんですか。明日はクリスマスイブ。つまり『仕事』前日なのですよ?」


「分かってるよ。リア充死ねってツイッターに書き込む準備は出来ている」


「……」


 意気揚々に返す少女の笑みに、雅は引きつった笑みで怒鳴り散らしそうな心を自制した。


「冗談。まあ年に一度の仕事なんだからさ。「私たち」の」


「年に一度しかないからこそ、こうして前日以前から備えて……」


「あんまりぎゅうぎゅう詰めに考えて体固くしちゃってたら、いざって時に小回りきかなくなるよ?」


 少女は冷蔵庫を開け、雅のお茶のパックを取り出し放り投げた。雅は慌ててそれを受け取る。


「年に一度しかないからこそ、それ以外の日はちゃらんぽらんでもいいの。その日……「クリスマス」の日に完璧な仕事が出来ればね」


 少女はペットボトルの蓋を開け、炭酸飲料を軽く舐める。視線は雅に固定されたままで、しかしおちゃらけた雰囲気は霧散していた。


「さて弟子の雅くん。私たちの仕事は何でしょう」


「何を改まって……」


「問いに答えるの。何? 私たち……ああ、君は見習いだけど」


「えっと……さ、んた……です」


「ん? あ? 声が小さい」


「……さ、サンタクロース……」


「さっきまでの勢いどこ行ったの? 全然声に張りがないけど。それとも明日あさってもずっとトレーニングしとく?」


「さ……サンタクロースして子供たちにプレゼント配るのが仕事です!!」


 雅は耳の端まで真っ赤になっているのが自分でも分かった。

 ぱちぱち、とペットボトルを口にくわえ、少女はのんびりとした拍手を贈る。


「そ。まあそんな気張ってるんじゃまだまだ見習いのままだけどね」


「し、しかしですね……」


「知ってる? 仕事出来る人はガス抜きも上手く出来る人なの。あんたは真面目すぎるの」


 ぽこん、と空になったペットボトルで額をはたかれ、雅は何も返せず「むぐ……」と悔しげにうつむいた。


「って、言った程度じゃ治らないか。それがあんたの良いところでもあるんだけど」


 少女は苦笑すると、前髪をかき上げて言った。


「まあ、私が師匠である限り、あんた程度がどんな失敗しても私のサンタ業に支障は出ないわ。安心して突っ走りなよ。全部フォローしてあげるから」


「……」


「あ、協会に出す書類……忘れてた」


「……はあ……は。はあ!? 協会って、サンタクロース協会へ!?」


「うん、プレゼント運送届け出。参った。これ受理されてないとただの不法侵入者扱いだわ。急いで出してきて」


「あんたはぁぁ!」


 少女が取り出した書類を奪い取ると、雅は涙目のまま荒ら屋を飛び出した。それを二階の窓から見送っていた少女は「さーてーと」と一人つぶやき、テレビに目をやった。

 テレビのワイドショーは、毎年恒例のイルミネーションを話題にしている。この町のほとんどを使ったと言ってもいい規模のイルミネーションは毎年の名物でもあり風物詩になっていた。今も去年の映像が映し出されている。

 ナレーターは「今年も素晴らしいイルミネーションを楽しみたいですね!」と笑顔で締めくくり、コーナーは終了した。


「……そうだね。無事、開催されれば、ね」


 ぼそりとつぶやくと、テレビを消してデニムの上着を羽織った。時間は午後四時を回ったところだった。もう日も暮れ始めている。夕暮れは薄く希薄な赤で、曇り空の奥に斜陽を追いやられていた。


続く

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