ギフト:2 トリガー

ギフト:2 トリガー


「……そうかー。霧子くん、今年もかー……そうかー……」


 肩で息をする雅を思いやるよう、優しく声を掛ける中年の男性は書類にサインをし、判子を押してうんうんとうなずく。

 広い会議室に机が一つ。磨りガラスから差し込む陽は鈍く室内を照らし、赤いじゅうたんをなでていた。


「いや、黒船くん、君は立派なサンタの卵だよ。将来立派なサンタクロースになる。それは今からこの私、サンタクロース日本支部の渡辺が保証しよう」


「あ、あり、ありり、ありがとうごごぼお!」


 危うく酸欠で意識を失いかける所だったが、雅は自ら拳をみぞおちに打ち込むことで、何とか意識を持ちなおさせた。


「古来より続くサンタクロースの存在……それは噂程度にしかなってはならない。こうして支部があり、組織形態があり、役職なんぞあり、などと世間じみたものが裏にあると知ったら世の子供たちはさぞやがっかりするだろうからね」


「う……う……うっす!」


「……ジョークだよ? 君、少し休もう? 今飲み物取ってくるから。頭も冷やそう? ね? おじさんからのお願い」



□□□



 からん、とグラスの中で氷が重なり、物静かなジャズが薄暗い喫茶店の店内をなでて柔らかな空気にしていた。


「さて。少しは落ち着いたかな?」


 渡辺という中年の男性はテーブルの向かいに座る雅にほほえみかける。雅は小さく「……すみませんでした」とつぶやき頭を下げた。


「そうかしこまることはない。敢えて町中の喫茶店に君を連れてきたのは、萎縮させるためじゃないよ。我々の……サンタのことをもう一度振り返ってもらいたくてね」


 渡辺の声は物静かだ。だが話の内容に、雅は思わず周囲の気配を伺ってしまう。


「はは。「敢えて」と言ったはずだよ。君にとってのサンタクロースとは……どんな存在かな?」


「……急に言われましても……まさかこの現代社会で実在するとは思ってもみませんでしたから……」


「ふむ、もっとも。ちなみに君はスマートフォンを持っているかい?」


「え、あ……はい。一応」


「君の想像するサンタクロースはスマートフォンを操作するかい?」


 想像してみて、どうにもイメージがつかめず雅は小首をかしげるだけに終わった。だが渡辺は人の良さそうな笑みを浮かべ、「それでいいんだ」とうなずいた。


「霧子くんは……確かにだらしがないところがある。でもサンタとしては完璧な存在だ」


 湯気を漏らすコーヒーカップを口につけ、渡辺は言う。


「だらしないというか、傍若無人というか私を上司扱いしないし食事会の時は会計時いつの間にかいなくなるしどんな買い物も必ず領収書で落とそうとするし……」


「……」


「おおっと。今のはオフレコでよろしくな。おっほん。しかし意味のない、無駄なことはしない人間だよ。君を、「サンタクロース」として弟子に取ったこともね」


「意味……ですか」


 雅はじっとティーカップに映る自分の目を見つめ、つぶやく。運ばれてから一度も手をつけてない紅茶は、もうとっくに冷めてしまっていた。


「この世界において「サンタクロース」とは子供たちにただプレゼントを配るだけが仕事ではない。喜んでもらう心をはぐくむ「きっかけを作る」……それが仕事だ。ほしいおもちゃを買い与えるだけなら、親御さんにお願いすればいいだけだからね」


「きっかけ、ですか……」


「うむ。だからこの世界では「サンタクロース」は実在する。しかし正体までは誰もつかめていない謎の存在……それだけでいいのだ。それ以上に、意味はない」


「それは……『夢渡り』のことで……」


 雅の言葉の途中で、深く濁った衝撃音が建物全体を大きく揺らした。ガチャリ! とティーカップが床に落ちて割れ、雅も危うく倒れそうになった。


「な……ッ!?」


 悲鳴と戸惑いの声が店内の中、ひっきりなしに入り交じる。


「大丈夫かね」


 既に身を低くし、衝撃に備えていた渡辺が言う。その双眸からは優しさは消え、冷静に状況を読み解こうと深く澄んだものに変わっていた。


「はい。まるで何か爆発でも起こったような……」


 そこまで言って、雅はぞくりとしたものを背中に覚える。渡辺も同じ想像に行き着いたらしい。


「まさか、ここ連日ニュースになってる、爆弾魔かね!?」


「可能性はあります。ただ……」


 二度目の衝撃に腹の底が揺さぶられた。鈍く空気を振動させる波は、他の客たちから悲鳴を取り上げ、恐怖で締め付けるだけの威力を持っていた。


「……爆発地点は近い……建物の中、か?」


「わ、分かるのかい?」


 言って、渡辺ははっと顔を上げた。既に雅は立ち上がっている。


「……俺はまだ、「サンタクロース」の道理ってのがよくわかってないんだと思います。でも、「こっち側」は


 ジーンズのポケットから、革のグローブを取り出しきつく着ける。無骨な鉄のプレートで拳を保護する、とても市販では見ない作りのグローブだった。


「渡辺さんは避難を。俺は爆弾魔を探してみます!」


「き、危険だ! い、いくら君がに……!」


 立ち上がり止めようとした矢先に三度爆発が起こり、渡辺はよろめいて膝を突いてしまう。その視界の端では、雅は店を飛び出し、エレベーターホールへ向けて走り出すのを捉えていた。

 渡辺はすぐさま携帯電話を取りだし雅の師匠……浅香霧子へとコールする。


「霧子くんかい!? 大変だ、今……!」



続く


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