ギフト:3 ノタウツムジナ
ギフト:3 ノタウツムジナ
非常ベルが鳴り響き、館内放送が冷静に避難するよう呼びかけている。このところ続いていた爆弾魔による連続ビル爆破事件……そのニュースは、12月に入ってから絶えずどこかで流れていた。
動機、犯人像、ほとんどが不明。使われている爆弾が主にC4……プラスチック爆弾だということぐらいしか分かっていない。それもどういう入手経路で犯人の手に入っているのかも分かっていない状態だった。
せめて犯行声明でも流れてくれれば、警察もただ手をこまねいているだけでいないだろうに。現状では警察は警備を厳重にし、犯行を未然に防ぐことに専念するしか他なかった。
だが、そんな厳戒態勢の中でも、今現実に出し抜かれた。
「爆発は……もう終わったのか……」
雅は非常階段を駆け上がりながらつぶやく。未だ耳を支配する非常ベルは鳴り響いているものの、衝撃音や体を揺らす地鳴りはない。薄暗い照明の階段を上った先は、屋上だった。ぶ厚い扉には、鍵はかかっていない。
ドアを肩で押し開け、屋上へと出る。
ビルを囲む周囲の騒然とした声とざわめきが、遠くから届いてくる。
屋上は乾いたタイルが敷き詰められただけの広い空間だった。柵は高く作られているが、長年の雨風にさらされ、ひどくさびて変色している。普段でも有事でも、「どうせ」だれも入らないだろうという雑な設計で作られた空間だった。
もっとも。この設計をした建設会社を誰も責められないだろう。
連続爆弾魔が、その屋上に悠々と立ち、柵越しに日の沈んだ夜空を見上げていた。誰も「爆弾魔を立ち入り禁止にするような設計にしろ」と指示はしていない。
「一応確認しておくが……お前が、爆弾を仕掛けている犯人、か?」
ドアの手前で立ち止まり、声だけを投げかける。爆弾魔の様子を目視でよく確かめる。
背丈は小柄と言えた。身長は170cmほどか、だが肩幅は広く、体躯は大きい。見る者に圧迫感を与える雰囲気をまとっていた。
着ている服は、黒のダウンジャケットにジーンズ。髪の毛は短く刈り込んだ坊主頭で年齢は雅とそう変わらない、成人男性だろう。顎先に傷跡があるのが特徴的だった。
男は雅の声にちらりと視線を一度よこしただけで、興味なさそうにまた柵の外……人だかりがわめくビルの下へと顔を戻す。
そんな男をしばし様子見していた雅だったが、一足踏み込もうと息を吸い込みかけた瞬間、
「来るな。ここから爆弾落とすぞ」
男の手のひらには、いつの間にか手榴弾が握られていた。それを見て雅はびたりと呼吸を凍らせた。
(こいつ、いつの間に……ただ突っ立ってただけじゃなかったのか……?)
ここは雅の注意不足か、ポケットに手榴弾を忍ばせていたのかもしれない。今人が集まり混乱している最中に手榴弾などが落ちれば……考えただけで血の気が引く。
「何が目的だ? 金か、政治的思想か? それとも個人的な犯行か?」
出来るだけ注意を惹きつけようと、雅は言葉をつなげる。少なくとも、この男をとどまらせればいずれ警察が駆けつけてくる。不利になるのは男の方だ。
「……」
男はもう一度雅に目をやる。今度はじろり、と観察する目で、なでるように視線を這わせた。
「……てめえ、肝が据わってんなあ」
「……どうも。鈍いって言われるからかな。危機感も薄いのかもな」
作り笑いをしてみせる雅に、男は何も言葉を返さない。ただじ……と見つめるだけで、手にした手榴弾も握ったままだ。動く気配を感じさせない。
「普通、爆弾目の当たりにすりゃパニくると思うがよぉ」
「こう見えて映画が好きでね。ハリウッドの。憧れてる場面かもな」
「三度の爆発。普通なら避難する。外にだ。だが逆に屋上に上ってくるって判断は……どっからきたんだ?」
「……」
「おまけに次はネゴシエイターのまねごとか。好きな映画ずばり当ててやろうか」
「分かりやすいかな?」
「『007』シリーズだろ」
「分かる? ジェームス・ボンドは男の憧れだよな」
ドン、と床のタイルがひび割れ、乾いた破裂音がその後を追うようにして屋上に響く。だが、
「ッ……てめえ!」
男のうめき声が……いや、悲鳴がそれらを一気に切り裂いた。
男が手榴弾と、そして瞬時に抜いたばかりの拳銃を床に落とす。その両手首には細いスローナイフが深々と突き刺さり、指先の力を無力化させていた。
「だまし討ちして悪かったな。こっちも、余裕がなかったんだ。許してくれ」
ガチリ、とグローブの甲に仕込まれた鉄のプレートの引き金を戻した。
「い、痛てえ! こ、この野郎! こ、こんな小細工で……!」
「先に引き金引いておいてそれはないだろ。何とか当たらなかったから良かったものの……」
ばっくりとタイルが割れ、下のコンクリートがむき出しになった弾痕を見て雅はため息をつく。
「く……くそったれ! 「シラフ」を装ってたのは油断させるための罠ってわけか!」
男は何とか手の力を振り絞り、手首に刺さったナイフを強引に引き抜いた。更に悲鳴が男の喉から沸いて出る。
「ば、バカ! 無理にやるな! 下手したら後遺症で腕が使い物にならなくなるぞ!」
「っへ……へへへ」
痛みで流れる涙と脂汗で濡れた男は顔を笑みの形に歪ませ、もう一本のナイフも一気に引き抜く。血は派手に流れ出た。男のダウンジャケットの裾は、もう赤黒くそまり、手は真っ赤になっていた。
「お前……俺と同じ人種だな」
「……ッ!」
男の両目がぎろりと見開かれ、雅を絡め取る。雅はその目と、その言葉に一瞬の隙を与えてしまった。
「俺と同じ……裏の世界の人間だ」
「……違う」
「暗器使いか。さぞ経験豊富だろうな。場慣れした判断力、思考の瞬発力、そして何より「いかに相手を効率よく加害するか」を知っているそのさじ加減!」
ぐらり、と男はよろめいて柵に背を預けた。息は荒く、顔色は真っ青になっている。腕からの出血は止まる気配を見せない。
「へへ……何を良い子ちゃんぶってるかしらねえが……結局同じ穴の狢よ。俺も、お前も、変わらない」
「違う……俺は!」
「いいや同じだね。なぜなら」
がこん、と金属が割れる音が、男を屋上の外へと引きずり出した。
「お前は少なくとも、俺を殺した」
男の体はふわりと重力から解放されたかのようにビルの屋上から落ち、笑い声を残しながら、悲鳴と怒声とで地上に迎えられた。
「……」
がらん……と、金属疲労がひどく、ほとんど骨格だけになった柵がタイルの上に落ちる。雅は腕を突き、真下をただ茫然と見ていた。
「違う……」
ビルの真下は中庭になっており、雑踏の中には落ちなかったものの、おかげで男がどんな形に変貌したか、くっきりとよく見えた。
「ちが……う」
俺を殺した
「……ちが……うわけ、ないか」
ふと視界に映った拳銃を、無造作に手に取った。オートマチック式のものだ。セフティーはもちろん外されている。あとは、引き金を引くだけでいい。
「……違うわけ……」
「あら、「見習いサンタ」にそんなもの、必要なのかな。黒船雅くん」
聞き覚えのある声が上から降ると同時に、薬莢がじゃらじゃらと目の前に落ちてくる。
「え……」
「マガジン抜き取ったから。重みで気づかなかった?」
顔を上げると、世間話でもするかのような口調でいう師匠……浅香霧子が立っていた。
「……師匠……?」
「……はあ。まったく、このバカ弟子は……」
そう言うと、霧子は力任せに雅の髪をつかみ上げ、互いの息が触れる距離まで顔を近づけた。
「サンタはね、年に一度しか働けないの。感傷に浸って死んでる暇なんてないの。それがもう明日には準備しとかなきゃいけないって、あんた自分でいってたでしょ。それ、どこいった?」
「……あ……」
霧子が指をほどくと雅はどさり、と膝から崩れ落ちる。しばしの間、ビルを遠巻きに包む喧噪が二人の間を埋めていた。
「……すんません。顔洗って先に戻ってます」
「よろしい。ついでに私のジュースの買い置きもよろしく」
「それはそれ、これはこれで」
声だけを残し、雅は屋上から姿を消した。
「ふう……」
前髪を乱暴にかきあげ、足下に転がった薬莢を拾い上げる。
「間に合ったようだね……」
やや息を切らし、渡辺が汗をハンカチでぬぐいながら屋上へと顔を出した。
「まあ、何とか。ありがとうございます」
「いやはや。書類提出を期限通りにしていれば多分ここまでにはならなかったと思うが……」
「それはそれ、これはこれで」
「やれやれ……」
苦笑を浮かべるしかない、といった様子の渡辺だった。
「しかし、こうして最悪の形となったが爆弾魔は終わった。クリスマスのイルミネーション自体心配することなく……」
「いえ、そう判断するのは早計かと」
拳銃と手榴弾を拾い上げ、それらを見ながら霧子は小さくつぶやく。
「まだ全ての爆弾が先ほどの男一人で行った、と決まったわけではありませんし、それにしては今までの事件の規模からして、資材が豊富すぎます。警察が爆弾の入手ルートをクリスマスまでに突き止められるかどうかも」
「う、うむ……というと、背後に「何かいる」ということかね」
「そこまで断定できませんが、まあ利用させてもらいましょう」
ぽい、と拳銃と手榴弾を投げ捨てる霧子。渡辺はそれに「ひぃ!?」と悲鳴を漏らすが、拳銃は弾丸装填なし、手榴弾のピンはロックされたまま。無害にタイルの上を転がっただけに終わった。
「ほ……。で、利用とは?」
「うちのバカ弟子の根性を鍛え直すのに。丁度良い機会と相手だと思いますので。景気づけにちゃちゃっとカタしときますよ~」
にこやかに言う霧子は鼻歌交じりに歩きながら屋上を後にした。
それをしばし茫然と見送っていた渡辺だったが、やがてふむ、と腕を組んで眉間にしわを作った。
「あれは……本気で怒らせたなぁ……霧子くんを」
続く
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