その後のお話
*主と側仕えのその後
奉納試合を終えた数か月後のお話です。
スイと慧泉の蜜月(笑)も落ち着いたかな、といった時期ですね。
これが番外編の最後のお話になります。どうぞ最後までお付き合いください。
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「え、縁談? 私に、ですか……?」
寝耳に水、晴天の霹靂。言い方はいろいろあれど、中身は一緒。それは突然の、降って湧いたような話だった。
「うん。何でも帝が是非にって。視覚異常だと思ってたそれが修繕師に必要なものだってわかったわけだからね。スイがその目を失う前に、次代に引き継いでおいてほしいってことみたい」
「おっしゃることはわかりますが……ですが、私は慧泉様の側仕えです。妻を持つつもりはありません。でなくとも、慧泉様より先に祝言をあげるなど……できません」
屋敷の使用人に関しては、ある程度勤めたところで、主に縁談を調えてもらい祝言をあげるのは一般的だ。
だが、側仕えに関しては違う。その身のすべてを主に捧げられるよう、他の大切なものや時間は極力そぐことになっている。血を繋ぐ必要もない。それは藍賀家や、飛石家などの分家の長子が担う役割だからだ。
当然、私も祝言をあげるつもりなど端からない。妻に気をとられ、わずかでも主のことをおろそかにしてしまう可能性を考えただけでもぞっとする。
「って言うよね、やっぱり。帝にもそうお伝えしたら、私の縁談まで調えてくれたよ。ありがたいというべきか、調子のいいというべきか」
「帝にそのようなことを言っては」
「うん、内緒だよ、スイ」
私はうなだれた。帝のことを調子がいいというが、それはおそらく主も同じだ。さすが従弟というべきか。
「それでお相手何だけどね。私のはとこでどうかって。私の母の叔母の末孫だね。岸山家の三女だよ」
「岸山家の方ですか。あの家の方々は家族仲が非常によいと伺っております。慧泉様がよろしいのであれば、私に異論はございません」
「そう? じゃあ話を進めることにするよ」
「あ、ところで、その方はおいくつになられるのですか?」
「今年裳着を済ませたばかりの十三歳だよ」
「え、ええと、それは……少し歳が離れられているのですね」
驚くほどの歳の差ではないが、十歳差というのは大きい。慧泉様なら大切になさるだろうし、二十や三十離れた人に嫁ぐことも珍しくないことを思えば問題はないのだろう。ただ、その相手が慧泉様だと思うと不思議な感じがした。
「そう? 七歳差なんてちょうどいいと思うけれど」
「え?」
私はここで初めて勘違いに気づく。七歳差ということは、つまり――。
「け、慧泉様」
「うん?」
「あの、それは……私の結婚相手のお話でしょうか」
「もちろん。そういう話だったでしょう?」
当然のようにうなずかれ、頭を抱える。自分の話ではないかと、ちらりとも頭を過ぎらなかったかといえば嘘となる。だが、相手の家名を聞いた瞬間から、私は自分の話ではないと確信していた。
「私の記憶に間違いがなければですが……岸山家は、先々帝のお血筋かと思われるのですが」
「そうなるね」
「あの、ちょっとそれは」
「駄目だよ。スイはもう了承したでしょ」
「それは慧泉様のお相手だと思ったからで!」
自分は側仕えの家系、それも分家の出だ。とてもではないが、そんな由緒正しき家柄の女性と縁を結ぶなどできない。
「うーん、でもねぇ。このお話を断ると、多分、もっと濃い血筋の方がお相手になると思うよ」
「何故です!?」
「ほら。修繕師ってもともと帝に近い血筋から選ばれることになってたでしょ? スイの家系だと辛うじて混ざってるってくらいだからね。もう少し近い者をって考えるとね」
「そんな……」
分不相応だ。だが、帝が一枚噛んでいる以上、断れる話でもない。
「わかりました。ですが、慧泉様のお相手というのは?」
「あぁ、私は鴨井家の長女だって」
私はほっと息を吐く。
鴨井家も帝と縁のある有力貴族だ。かといって瀬木家より強い力がある訳でもない。妻の実家の権力に振り回されることのない、いい協力関係が築けるだろう。
「それは良縁でございますね」
こうなっては腹をくくるしかない。少なくとも、これまで女性にまったく興味を示さなかった主がその気になってくれたことは大きい。これは盛大にお祝いの準備をしなくては。
そんなことを考えたら、だんだんと楽しくなってきた。私のことは余計だったが、主の縁談を調えてくれた湧煌帝には感謝しかない。
「そうそう。帝が急がれていてね。再来月には私が祝言をあげて、その半月後にはスイの番ってことになったからそのつもりでね」
「は!?」
前言撤回。湧煌帝には感謝もするが、口には出さないので少し文句も言わせてほしいと思う。
瀬木家ほどの家格の嫡子である主の祝言を、二か月やそこらの準備で済ませるなどありえない。
着物は一流の織匠に生地から仕立ててもらいたいし、装飾品の細工物や、鴨井家への贈りものとて並みのもので済ますことなどできない。それこそ時間はいくらあっても足りないのだ。
「ちなみにですが、このお話……ご当主様は事前に知っておられたなどということは……」
「父上には昨日ご報告さしあげたよ。そういえば、あのあとすぐに主従揃って屋敷を飛び出していってしまったんだよね。大丈夫だったかな」
私は大きく肩を落とした。事前にご当主様が知っていて準備を始めていたということはなさそうだ。屋敷を飛び出して行ったということは、帝に交渉にいったか、もしくは必要なものを手配しに行ったかのどちらかだろう。
思えば、今朝から何やら屋敷内がばたばたとしていた。気づいたときに確認しておくべきだった。
「もうしわけございません、慧泉様。しばらく家の者たちの手伝いをしたいので、一日……いえ、手配が完了するまでの一週間ほど、お側を離れさせていただいてもよろしいでしょうか」
香稜ノ戸の向こうで主と再会したとき、私はもう二度と主の側を離れないと誓った――はずだった。けれどもまさかこんな形で、あっさりとその誓いを破ることになろうとは、あのときの私は予想だにしていなかった。
――でも、悪くない。
もしかしたら慧泉様の子に、自分の子を乳兄弟として早くから側つきにできるかもしれないのだ。
主と私、そして主の子と私の子。四人で仲良く濡れ縁で日差しを浴びる。そんな未来を想像して、私はふっと口元を緩めた。
側仕えはこいねがう 露木佐保 @tuyukisaho
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