*家族って…
スイの長年の疑問が解消される瞬間です。括目あれ(笑) 久々のスイ視点です。
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「うん? 何でリョウが側仕えの鑑と言われるかわからないって?」
聞き返してきた主の言葉に、私はコクコクと頷く。
もしかしたら、リョウは私のことを嫌っているからあんなならず者のような態度ばかりを見せていたのかと思っていたのだが、和解した後もリョウの態度は変わらなかった。
つまり、あの口の悪さも態度の悪さも平常運転ということだ。どうしてそれで側仕えの鑑などと言われるようになったのだろうか。
「んー、そうだね。それはね――」
「おい、慧泉! わりぃ、今日の約束はなしにしてくれ」
突然、リョウが駆け込んできた。お声掛けもなしに開かれた戸。何より今日はこの後、主と手合せの約束をしていたという事実が、私の眉間に深いしわを刻む。
「リョウ兄、慧泉様との約束より優先することな――」
「いいけど、どうしたの?」
「慧泉様!」
あっさりとお許しになる主の言葉に、私は悲鳴のような声を上げる。
主がそうやって甘やかすから、リョウ兄はどんどんとつけあがるんです!!! とまでは言えなかったけれど。
「いや……実は今、親父と兄貴が来てて……」
珍しく目を泳がせながら答えるリョウ。すると何故か主の笑みが深まった。これは何か悪巧みをしている時の顔だ。
「そうだ、スイ。ちょうどいいから一緒にご挨拶をしてきなさい」
「待った。ちょ、ま、待ってください。それは勘弁願います……」
主は変わらずにこにことしている。なんとなく主の気持ちを読み取って、私は大きく頷いた。
「かしこまりました。では、行ってまいりますね」
「うっ、だ、だから、駄目だって! 慧泉! おいっ! そ、そうだ、例のあれ――」
それから二人でごにょごにょと内緒話が始まる。どうやらリョウは何か交渉をしているようだ。
主に交渉事を持ちかけるとは、なんというつわものだろうか、と生暖かい目で見守る。主は交渉事において、まず自分の望みを逃すことはない。リョウにとっては相当不利な結果で終わるだろう。
「くっ、わ、わかった。それでいい……」
リョウがこれまでにないくらいげっそりとした顔で頷いた。内容が気になるところだが、内緒話にしていたということは、私は聞くべきではないのだろう。
「スイ。ごめんね、用事があったのを忘れてたんだ。挨拶はまたの機会にしてもらって、今は私のお願いを聞いてもらってもいいかい?」
「はい。承知しました」
「おう、じゃ、じゃあな。手合せはまた今度ってことで!」
話がつくと同時に、リョウが猛然と駆けていく。時間的に、リョウの父君と兄君が瀬木家のご当主との挨拶を済ませて出てくる頃なのだろう。
「私はどういたしますか?」
「うん。じゃあ、ちょっとついてきてくれる?」
主が案内したのは屋敷の納戸。さらに手で示された場所には、壁に開けられた小さな穴があり――。
「ここから向こうの部屋を見ててほしいんだ」
「はぁ」
「見てればわかるよ。終わったら戻っておいで」
そう言って主は先に帰ってしまう。私は戸惑いつつも、穴から隣の部屋を覗いた。
まもなく、そこに三人の男たちがやってきた。一人は藍賀家のご当主で、私も顔を知っている。ということは一緒にいる見知らぬ若い男性はリョウの兄君なのだろう。こちらは初見だ。やはりあとで挨拶に伺おう。
そして残る一人はリョウ兄なのだが――。
――リョウ兄? だよね……?
自分の知っているリョウ兄とは、纏う雰囲気が別物だった。
初めて目にする隙のない立ち姿。まっすぐに伸びた姿勢。引き締まった凛々しい表情。藍賀家のご当主に対する挨拶の動きも滑らかで――。
けれど、それ以上に何かが違っていた。厳しく躾けられた他の使用人たちとは決定的に違う何かがある。
――あ、れ……?
目を離したわけでもないのに、ふと気づくとリョウの位置が変わっていた。それでとある可能性に気づく。
改めてリョウに注視すれば、私の予想を裏付けるかのように振る舞うリョウの姿があった。
リョウからは、無駄な音が一切していなかった。さらにいえば、その気配さえもまったく感じられない。
これが、他の使用人たちよりも長く主の側にいる側仕えだからこその技能だということはわかる。
ただ問題は、こんな立派なリョウの姿を、元主である慧泉様や今の主である伊雪様の前で一度も見たことがないということだ。
主たちの前ではぞんざいに振る舞い、実の父の前ではきっちりとかしこまった振る舞いをする。訳がわからなかった。
私は魂が抜けたような心地で部屋に戻る。主はのんびりとお茶を啜っていた。
「どう? わかった?」
「わかったといいますか……」
あの、藍賀家のご当主たちの前でしたような振る舞いであれば、リョウが側仕えの鑑と言われるのも頷ける。だが――。
「リョウと、あのお二方は血の繋がったご家族なんですよね……?」
「うん、そうだよ」
「なんか……あ、いえ、何でも」
「私たちとのほうが家族みたいだって?」
「あ、えっと、はい」
「たぶんそうなんだよ。リョウは生まれたときからずっとこの家にいたからね。それに、スイだってそうでしょう?」
言われて初めて気づく。確かに私も、実の父よりも慧泉やリョウ、下手したら瀬木家のご当主様のほうが身近に感じていたりする。生まれたときから瀬木家にいるリョウがそうでないわけがない。
「ですが、では、どこから側仕えの鑑なんて言われるようになったのでしょうか」
主の言い方からすると、おそらくリョウは瀬木家のご当主の前でもあんな態度なのだろう。一体いつ、誰が、今日ようなリョウを目撃したのだろうか。
「スイ。そもそも、その言葉、どこで聞いたの?」
「え? ええと、確か……」
屋敷の使用人? 違う気がする。けれど、私が屋敷の外に出る機会はそう多くない。ましてや、外でリョウの話をすることなどありえないのだが。
「あ!」
「思い出した?」
「はい。確か、親戚の方々がご挨拶にいらしたとき、廊下で話されていたのを耳にしたのだと思います」
「うん。きっとそうだろうね。それで、親戚の方々っていうのはどんな人たちのことだったかな?」
「慧泉様の敵です!」
即答すれば、主が遠い目をした。
「あ、申し訳ありません、つい。――ええと、おっしゃりたいことはわかりました。親戚の方々は、リョウにとって身内ではないからですね。彼らの前ではリョウは立派に振る舞っていたのでしょう」
「正解」
そういうカラクリだったのかと納得する。リョウが畏まった態度を見せるのは身内以外の者がいる時だけ。だからこそ、身内に含まれている私は、リョウのその姿を知らなかったのだろう。となれば、側仕えの鑑などと聞かされても理解できなくて当然だった。
ずっと私もリョウの身内だった。そう言葉以外で示されたようで、私はくすぐったい気持ちになる。
「身内って、家族って、何なんでしょうね」
「さぁね。でも、そんなのはなんだっていいんだよ。実際、私たちはもう家族なんだから」
「そうですね」
私は主につられてにへらと笑った。
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