第4話 この世界は美形が多いようです ―― side愛奈

 私が異世界にやって来た翌日、マノンと町に出かける日、私はマノンに服や靴を借りた。

 背格好は大体同じくらいだったから全部無理なく着られた。

 マノンとの胸囲の格差にちょっと切なくはなったけれど。


 ……大丈夫、この世界で純血統の人間である事は、巨乳以上のモテ要素でステータスなはずだ。

 私は自分にそう言い聞かせる。


 今日の私は、リボンのついたブラウスにハイウエストの膝丈スカート、それにロングブーツという格好だ。

 マノンはマキシ丈のロングワンピースにフリルのついた可愛いコルセットを着けている。


 この世界に来る前は楽だからという理由で常にパンツルックだったけど、歩くたびにふわふわゆれて広がるスカートはやっぱり可愛いなと思えた。


 昨日の夜、見た目的には同い年くらいかなと思ってマノンに歳を尋ねたら、今年で八十三歳になるって言われて、私は衝撃だった。

 人間はせいぜい生きて八十歳くらいだけど、他の種族は多少のばらつきはあっても大体三百歳くらいまで生きるみたい。


「アイナも、私と同じくらいでしょうか?」

 というマノンの問いかけには、

「まあ、それくらかな……?」

 としか返せなかった。


 この様子だと本当の事を言っても信じてもらえそうにないし。

 嘘をついているようで心苦しかったけど、そのためにも、早いとこ全ての属性の魔法を覚えて私が純血統の人間だと証明しなくちゃ!


 マノンと十分位おしゃべりしながら道なりに森を進んでいくと、すぐに沢山の人で賑わっている町に出た。

 やっぱりファンタジー世界なのか、獣っぽい耳やトカゲっぽい尻尾がついていたりする人がちらほらいるし、町を行く人達の髪や目が金、銀、緑、青、赤、水色、紫、二色使い、三色使いと、かなりカラフルだ。


 まるでファンタジー系ゲームの町並みそのものだ。

 そして何より、町行く一般人でさえもその多くが美形で、私の胸はときめいた。

 これは、人間だとカミングアウトしてからのイケメン逆ハーレムへの期待が高まってしまう。


 ワイルド系獣人風美青年や、クール系エルフ風美青年など、よりどりみどりだ。

 しかも寿命的に考えると、私が生きている間に彼等の容姿が大幅におじさんよりになってしまう事はなさそうなのもポイントが高い。


「ふおおおおお! めっちゃ賑わってるね! あ、アレ何?」

 二次元をそのまま三次元に移してきたような光景に興奮しならがら私は目の前の椅子に座ってよくわからない文字の看板を前に立てたおばあさんの事をマノンに尋ねた。


「ああ、あれは回復術師の方ですよ。回復系の魔法を使える方で、有償で怪我を直してくれます」

「そうなんだ! じゃああれは?」

 いかにもファンタジーな職業にテンションを上げながら、私は今度は大きな建物の軒下にある掲示板を指差した。


「あれは個人の有償の仕事依頼を貼り付ける掲示板ですね。子守や害獣駆除、舞台効果担当の魔術師の募集だったり色々ありますが、単発だったり、長期だったり、色んな仕事の求人掲示板ですね」

 マノンは嫌な顔ひとつせずに説明してくれる。


「ふーん、やっぱり魔法が使えると稼げたりするの?」

「使える魔法にもよりますが、一応技能ですから、それなりには……という感じでしょうか?」

「なるほどね~」


 やっぱり独り立ちするためにも魔法は使えた方が良さそう、なんて私は思いながら、私は色々とこの世界の事についてマノンに尋ねてみた。

 マノンは大抵の事はすらすらと答えてくれる。

 森で一人で暮らしてるのに、歴史や社会の事を丁寧にわかりやすく教えてくれた。


 町で暮らしたりはしないのかと尋ねてみれば、森の中の方が魔法の研究に都合がいいから、と、どこかぎこちなく笑っていた。

 もしかしたら、マノンは何か訳ありなのかもしれない。

 その訳がなんなのかは私にはわからないけれど。


 町で一通りの買い物を済ませて帰ると、私は早速マノンに魔法を教えて欲しいとせがんだ。

 マノンは最初、どうせ無理だろうというようすで困ったように教えてくれたけど、私が言われた通りにやって水魔法を発動させると、随分驚いて、その後はちゃんと色々教えてくれた。


 日が暮れる頃にはマノンが持って来てくれた初級の簡易魔法は全ての属性をマスターできた。

 全部の属性魔法は簡単に習得できたけど、それより上のもうちょっと火力の出る魔法に挑戦してみたら、一応発動するけど悲しいくらいにしょぼい威力しか出ない。


 だけど、マノンから魔法の発動を助けるという魔法道具を借りて水の攻撃魔法を発動してみたら、家の前にある大きな木を切り倒しちゃった!

 魔法道具ってすごい!

 興奮しながらマノンを振り向けば、すごい驚いたみたい。


 拍子抜けするほどあっさりとマスターできちゃって、その日の夜は、マノンの変わりにかまどの火を起こしたり、水がめから魔法で水を汲んだ。

 マノンは一日でこんなにできるようになるなんてすごいって褒めてくれて、私もすごく嬉しかった。


 魔法を使えるようになったから食後の水仕事を手伝おうと腕まくりをして、私はマノンの目が私の左手に集中してる事に気づいた。


 左手首から腕に向けてのやけどの跡。

 去年、テレビを見ながら朝ごはんの準備を手伝って、よそ見しながら茹でたうどんをザルにあけようとしてかかった熱湯。


 そして、その時あまりの熱さにパニックになってながしに鍋の中身を全てぶちまけた私は、何を思ったか、長袖で腕まくりもしてなかった袖を今更腕まくりしようとして、腕の皮を一緒にはがしてしまって更なるパニックに陥った。


 その後は普通に水で冷やしたり、後片付けは一部始終を隣で見てたお母さんに任せて事なきを得たけれど、やけどの跡は残ってしまった。

 家族にはそれからずっとそのやけどの跡の事でいじられ続けて、むしろやけどよりもその出来事を揶揄される方がトラウマになってしまった。


 特に暗かったり重かったりする理由もなく、単純に自分の不注意ととっさの間抜けな判断でついた、ただただ恥ずかしいやけど跡だ。

 友達にも最初は心配されて、理由を説明したら馬鹿なのか? という顔をされるやけど跡。


 マノンにそんな自分のアホエピソードを話して引かれるのも嫌なので、

「あ、これは、昔ちょっと……」

 なんて、困ったように笑ってみれば、

「すいませんっ、私、不躾に……」

 と謝られてしまった。


 ゴメン、別にこれはそんな謝られる程の傷じゃないんだ……。

 良心が痛むのを感じつつ、私はさっさと水仕事を終わらせてしまうことにした。

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