第5話 彼女は人間だそうです ―― sideマノン
実家のバルテレミー家が取り潰しになって、もうすぐ五十年が経ちます。
元々は商家だったものの、祖父の代で子爵令嬢だった祖母を
そうなるまでには本当に何代もかかったようです。
けれど、没落は一瞬でした。
我々魔族の貴族とは、所詮力こそが全て。
太平の世になってもそれは変わらず、むしろ、ランカルデ帝国の世界統一を期に、その気風はより強くなったように思われます。
私、マノン・バルテレミーが三十代半ばにさしかかった頃、それは起こりました。
貴族達が果たして本当にその地位に見合うだけの戦闘力を備えているかそれを調査する。という名目の元、『闘争力改めの令』なるものが発令されたのです。
各地に皇帝直属の側近達が派遣され、各貴族の当主達と決闘をする。
その地位にふさわしい力があるとみなされれば、地位は据え置き、それ以上となれば、地位の大幅な上昇も見込める。
けれど、その反対にその地位に値する力なしと判断されれば、良くて爵位の降格、最悪の場合は取り潰しとなります。
表向きは王直属の者達による厳正な審査という事になっていましたが、その実は発足して間もないランカルデ帝国に対する不穏分子の排除である事は明白でした。
当時バルテレミー家の当主だった私の父は、その決闘で命を落としました。
瞬殺でした。
当然家は取り潰しとなり、同時に私の未来も大きく変わり、今では私がバルテレミー家の生まれである事を示すのは、この左腕に刻まれた紋章だけです。
父は弱かったから殺された。
事前に帝国側に根回ししておくだけの地盤もなく、どんな相手が来ようとも、決闘で相手を打ち負かすだけの力が無かったからバルテレミー家は取り潰しの憂き目に遭う。
母は元々身体も弱く、心も弱かったから、その後すぐに病を患って父の後を追うように他界した。
全ては弱かったから。
だから奪われても殺されても仕方がない。
弱者は弱者らしく、頭を低くして生きていくしかない。
それがこの世界の摂理です。
けれど、私にはそれが受け入れられなかった。
強くなりたかった。
自分の大切なものを守れるような力が欲しかった。
家を出る時に着ていたドレスの内側に縫い付けて実家から持ち出した宝飾品を売ったお金を元手に、私は私の事を知っている人が誰もいない、町から少し離れた森の中に家を建て、魔法の研究を始めました。
習得できる魔法も身体能力も、その最終的に到達する程度も、ほとんどは生まれ持っての血統で決まる。
努力は力を伸ばすがその伸びる限界は血統によって決まる。
純然たる血統主義。
それはこの世界の常識です。
だけど、それでも私は、それを完全には認めたくありませんでした。
私の価値が、私の父や母、祖父母、将来の私の子供の価値が、その程度のものなのだとは認めたくなかった。
だからこそ私は、それを覆すためにずっと森の中一人で魔法の研究を続けているのです。
ある日、実験中の事故で、一人の少女を他の地方から呼び出してしまいました。
アイナと名乗るその少女は、突然知らない土地に連れてこられたというのに、その原因である私を責める事はなく、また自らの置かれた状況を悲観する事もありません。
アイナは不思議な子でした。
突然自分の全く知らない環境に放りこまれたというのに、なぜかいつも楽しそうで、コロコロとよく表情が変わります。
歴史や社会の仕組みに
私は今まで一般の人達とはあまり深く関わる事は無かったけれど、もしかしたら多くの人々はこんな風に、日々を楽観的に明るく過ごしているのかもしれない。
その様子に、私はどこか自分の肩の力が抜けていくような気がしました。
だから、アイナに魔法を教えてくれとせがまれた時も、軽いお遊びに付き合うような気持ちでした。
だというのに、アイナは瞬く間に、異常ともいえる速さで私の教える魔法を覚えていきます。
昼過ぎから夕暮れの内に、初級の簡易的な魔法は全ての属性を覚えてしまいました。
けれど、上位の魔法は全て発動するものの、大した威力も出ませんでした。
私は、なんの気無しにふと、自分の付けていた水属性の魔法道具である指輪をアイナに貸してみました。
拳大程度の水を動かせる初級魔法が、水がめ一杯分を動かせるようになる程度の、安物だけど日常生活を多少便利にしてくれる指輪です。
水の攻撃魔法に使ったところで、彼女の火力では的の木までも届かなかったのが、かろうじて届くかせいぜい多少の傷を付けられる程度にしかならないでしょうが、それでも彼女はきっと喜ぶだろう。そう思って貸したのです。
なのにどういう訳か、アイナは指輪をはめた途端、目の前の大木を一瞬で切り倒してしまいました。
安物の魔法道具でこれなんて、相性が良すぎる。
全ての属性を習得できる者というのは、血統の相性次第では、魔法の教育を受けられない片田舎の庶民の間にも、偶然生まれる可能性は十分にあります。
しかし、いきなり魔法道具の力をここまで引き出す事ができるなんて、そんなの人間の血を強く引いている有力貴族か、それこそ人間以外ありえません。
元々魔法道具は、自らの力の特性を理解し、どうにか実戦レベルまでそれを引き上げることができないものかと大昔の人間達が考案したものです。
人間という種族が滅んでからも、その技術は脈々と受け継がれ、今日の私達の暮らしを支えています。
同じ魔法道具を使っても、人間と他種族ではその効果に大きな違いが出る、とは昔本で読んだことがあります。
彼女は一体……。
呆然とする私を他所に、アイナは目の前の倒れた大木に興奮しながら、すごいすごいと言って私に指輪を返してきました。
月並みな褒め言葉しか出てこなかったけれど、彼女は満足そうに笑います。
その日から、早速彼女は昨日私がしていたように、魔法を使って家事を手伝い始めました。
彼女は無邪気に笑うのです。
しかし、食後食器を洗うとアイナが言い出して腕まくりをした時、私の目は彼女の左腕に釘付けになりました。
本来、貴族の生まれの女性なら、生まれた時に刻まれるその家の紋章。
それがあるはずの場所を、ちょうど無理矢理消そうと皮膚を剥ぎ取ったような跡がありました。
アイナは私の視線に気づくと、
「あ、これは、昔ちょっと……」
と、困ったように笑いました。
その彼女の姿を見て、いよいよ私は実は彼女にはとんでもない秘密があるのではないか、と思えました。
もし、アイナが人間の血を強く受け継ぐ貴族の生まれだったとするなら、彼女の異常なまでの魔法適性と魔法道具との相性の良さもわかります。
でも、だとしたら、なぜ彼女は今日この時まで魔法の扱いを全く知らなかったのでしょう。
それにわざわざ左腕の自分の生まれを証明する紋章を潰しているのも気になります。
「ねえマノン、たとえば私が純血統の人間だったとして、どうしたらそれをいろんな人に証明できると思う?」
その言葉に、私はゾクリとしました。
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