第6話 友達ができたようです ―― sideマノン

 ある程度魔法について知識のある者なら誰もが知っている『禁呪』。

 過去の研究者達が手を尽くし、それでも成し得ず甚大な被害ばかりを残した数々の失敗の記録。

 その中でも最も有名なもののひとつ、『人為的に純血統の人間を作り出す事は可能か』という内容の、四百年前から百年間にわたった実験の記録です。


 人間の血を引く魔族や、人間の血を投与した魔族の体内の因子を増幅させ、肉体を作り変えようという試みで、それは被験者に心身共に酷い苦痛を与え、百年の間に千人以上の被験者が命を落としました。


 しかし、その中でもわずかに人間となった数十の成功例も存在します。

 成功したのは全員人間の血を親から受け継ぐ者達ばかりでしたが、実験後、全員廃人となり、誰一人回復する気配もないまま十年以内に衰弱死しています。


 被験者は様々な理由で実家に居場所の無かった貴族や、富も力もなく、それでも万に一つ、成り上がる可能性に賭けて自ら参加した人々でした。

 その末路も含め、非常にむごたらしい記録です。


 もし仮に、彼女を純粋な人間だとするならば、それはつまり、その禁呪に手を出し、尚且つその地獄のような苦痛を乗り越え、無事生還したという事になります。

 いえ、そんな事はありえません。


 そう頭では否定するのに、彼女の左腕のやけどの跡が、その言葉に真実味を与えます。

 少女のように首の辺りで切りそろえられた髪も、何か意味があるのではないか、と思えてしまいます。

 一般的に五十歳を過ぎた女性は皆髪を肩より下に伸ばすのが普通なのに。


 田舎の、彼女のいた地方ではそうではないのかもしれないと思っていたけれど、果たして本当にそうなのでしょうか。

 そもそも、彼女は一体どこから来て、これから何をするつもりなのでしょう。


「ねえ、聞いてる?」

 水仕事を終えたらしい彼女が、手を拭きながら少しムッとしたように振り向きました。


「……町を抜けた先の山の麓に、五百年前の魔法道具が祭られてる神殿があるんですけど、その魔法道具、完全に純粋な人間用に作られてて、過去には猛威を振るったみたいなんですけど、今では誰も扱えないんです」

「じゃあ、その魔法道具を使えたら、私は純血統人間って事になるよね!」


 暗に自分は純血統の人間である。

 と、まるで世間話でもするようにニコニコと笑いながら彼女は言います。


「まあ、そうですね」

「その神殿って、具体的にはどこにあるの?」

 私が答えれば、アイナはニコニコしながらアイネス地方の地図を持ってきます。

 どうしようもない胸騒ぎが、その時私を襲いました。


「マノンは神殿に行った事ある?」

「その前に、尋ねてもいいでしょうか?」

「なに?」


 意を決して私が口を開けば、アイナは不思議そうに首を傾げます。

「アイナ、あなたは一体何者で、何をしようとしているのですか……?」

「……う~ん、今は内緒。でも、その神殿に行ったら全部話すよ。大丈夫、悪いようにはしないから」 

 アイナはどこかおどけた様子で言いました。


「それは、どういう……」

 彼女の真意が理解できずにいると、アイナは突然私に右手を差し出してきました。

 どうしたらいいのかわからず手と彼女の手を交互に見ていると、彼女はニッコリと笑います。


「私、マノンの事気に入っちゃった。だからさ、私と友達になって欲しいな」

「友達……ですか」

「私も今はまだ言えない事色々あるし、マノンも色々訳ありみたいだけど、私はマノンとこれから先も仲良くしたい」


 やはり、彼女もまた、あまり人には言えない事情を抱えているのでしょう。

 そして、どうやら私の正体にも薄々気づいているようです。

 気をつけていたつもりでしたが、もしかしたら何かの拍子に彼女に左腕の紋章を見られていたのかもしれません。


 それで森の中で一人、魔法の研究に明け暮れている訳ですから、彼女もなんとなくの察しがついたのでしょう。

 もし、彼女が本当に禁呪を成功させて人間になった存在なのだとしたら、きっと私なんかとは比べ物にならないような決意と覚悟あっての事でしょう。


 五百年前に猛威を振るったと伝えられる、各地に残る人間専用の魔法道具、それを欲する彼女にはきっと覚悟も決意も遠く及ばないけれど、やろうとしている事は私と同じなのかもしれません。


 彼女もそう感じてくれたからこそ、今こうして私に友達になりたいと言ってくれたのでしょう。

 友達なんて、もう私には一生縁の無い言葉だとばかり思っていました。

「……ええ、そうですね。私もアイナとは仲良くしたいです」


 この差し出された右手はどうしたらいいのだろう、と思いつつまねをして右手を出しながら答えれば、アイナの右手が私の右手を捕まえて、更に彼女の左手が挟み込むように重ねられました。


「えへへ……じゃあマノンは、私がここに来て初めての友達だね」

 無邪気に笑う彼女を見て、嬉しくなる反面、一体何が彼女にそこまで闘争の道に駆り立てるのかと、少し切なくなりました。

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