第7話 侯爵にナンパされたみたいです ―― side愛奈

 マノンに今度神殿に連れて行ってもらう事になったよ!

 最初は明日にでも連れて行ってもらおうと思ってたけど、十日後に神殿で年に一度のお祭りがあるみたいだから、その日に連れて行ってもらうことにしたの。


 だって、私がそのまつられている魔法道具を使って何か派手なパフォーマンスで人間アピールをするなら、それを見る人は、できるだけ多い方がいいじゃない?


 そしたら、あの魔法道具を使いこなしている美しい女性は誰だ? って感じで、評判になってお金持ちのイケメンたちにモテモテになれるはず……!


 マノン曰く上流階級の、貴族や豪商、豪農みたいなある程度力のある家はより強い子孫を残すことを一番に考えているみたいだから、つまり、人間である私は、特にお金持ちにモテるって事だよね!

 マノンには色々教わってお世話になってるから、もし玉の輿に乗った暁には色々お礼をしたいな。


 私はとっくに友達のつもりだったんだけど、なかなかマノンの敬語が抜けないから、もしかしたら異世界に私を呼び出した罪悪感から卑屈になってるのかもって思って、昨日友達になって欲しいって言ったら、なんか妙に喜ばれてびっくりした。


 敬語は癖みたいなものだからって言ってたけど、もしかしたらマノン、昔誰かにいじめられてたのかもしれない。

 マノンは可愛いし女子力も高いし、いかにもモテそうだから、きっとやっかみで近所の女子にいじめられて、それで対人恐怖症みたいになって森で一人暮らすようになっちゃったのかも……。


 昨日町に行く時家族の事を聞いてみたら、さらっと家族はもう死んだって言ってたし、なにそれつらい。

 マノンこんなに良い子なのに……!

 私だけは味方でいてあげなきゃって思った。


 私も多分もう帰れないから家族には会えないけど、両親も弟も一応生きてるし。

 あと、元の世界に戻って著しくイケメンの少ない中で誰も好きになれず一生一人身で孤独死するよりは、イケメンの多いこの世界でモテモテの人生を送るほうが幸せそう。


 とにかく、十日後のお祭りまでに、魔法道具を使ったら派手な感じになる魔法を憶えなきゃ!

 神殿に祭られてる魔法道具は杖の形で、全ての属性の魔法に対応していて、単純にその魔法の威力を何倍にも上げるものみたい。


 そこで私は思いついた。

 花火だ。

 お祭りだし、こっちの世界にあるかはわかんないけど、魔法を使って、花火を上げたら華やかだし、絶対目立つよね。


 マノンは魔法は得意だけどいくつかの属性魔法は種族的に使えないみたい。

 魔道書はマノンの家にいっぱいあって、全部好きに読んでいいって言われたけど、この世界の文字読めない!


 マノンに読み方を尋ねてみたら、二十六種類の文字が、母音と子音に分かれて母音のみ、もしくは母音と子音の二つの組み合わせで一つの音になるって、教えられて、途中であれ? って思った。

 アルファベットだった。


 形もアルファベットの読みも違うけど、マノンに表を作ってもらって、そこにひらがなで読みを書いていく。

 そして表を見ながら一文字一文字照らし合わせていくと、ちょっと時間はかかったけど、普通に読めた。

 しゃべり言葉を全部ローマ字表記した、みたいな文字だった。


 マノンに聞いてみると、この世界は多少の方言はあっても大体どこでも言葉は通じて、文字も地域によって多少違いがあったものの、ランカルデ帝国が世界統一をしてからは、文字もこれで統一されたみたい。

 だから古い文献は多少文字が違うのはあるみたいだけど、マノンの家にある本はこの表だけ持ってれば全部読めるって言われた。


 早速私はその日から暇を見つけては色んな魔道書の魔法を実践してみた。

 読んだだけで簡単に全部の魔法を使えるし、どんな戦闘用破壊魔法でも、特に大した威力は出ないからお手軽に色々試せて楽しい。


 私は色んな種類の爆発系の魔法や、防御魔法なんだけど、防御部分に可愛い模様が出てくる魔法とか、良さ気な魔法をいくつかピックアップして、本を見ないでもその魔法を使えるように練習した。

 全部できるようになったら、更に新しいのを憶えて、と私は魔法の勉強をとても頑張った。


 すぐに結果が出るし、見た目も可愛いからテンション上がる。

 気分は御伽噺に出てくる魔法使いだ。

 そんな事をしていると、すぐにお祭りの日はやってきた。

 

 このお祭りは、元々人間の国が滅んだ後も、国を再興しようと奮戦していた人間軍を制圧した当時のこの土地の領主が、彼等に敬意を表して奉る社を作った事が始まりらしい。


「奉ることで許してもらおうとしたのかもしれません。ここの当時の領主も確か、人間の国が滅んだ時に我先にと乱獲してましたからね」

「そうなの?」

「貴族の間では人間の血がより濃く入っている事がステータスなので、その辺の情報は公にされていて、各貴族の血統の名鑑なんかも出版されています」


 お祭りに向かう途中、私はマノンに色々と聞いた。

 かれこれもう徒歩で三十分ぐらい歩いたんじゃないかと思うけれど、マノンと話しながらだから、そんなに退屈はしなかった。

 日が傾きかけてから家を出れば、辺りは私達と同じように神殿に向かう人で溢れていた。


 日没がお祭りの合図で、それから夜通し皆で騒ぐらしい。

 そのために祭りに参加する人は事前に昼寝をしたり、次の日は町全体のお店が閉まってお休みモードになるみたい。

 私達もお祭りのために今日は昼寝してきたよ!


「ねえねえ、お祭りには領主様も来るんだよね? イケメン?」

「イケメン……?」

 言葉の意味がわからないのかマノンが首を傾げる。


「かっこいい人かってこと」

「そうですね、私も前にこのお祭りに参加した時にちょっと見ただけでしたけど、目の保養にはなると思います」

「そっか! 楽しみ♪」

 もしかしたら魔法で花火を上げた後、見初められちゃうかもしれないし、イケメンであるに越した事は無いよね!


「領主様は兄弟とかいるの?」

「確か弟が一人いたはずです。ご両親とも既に他界しているので、二人きりの家族だったはずです」

「そっか……」


 つまり、イケメンな兄弟が期待できるうえに、嫁姑問題の心配もなしか……なんて私は考える。

 取らぬ狸のなんとやらだけど、やっぱり家族構成は気になるよね!


 それからもうしばらく歩いていくと、大きく開けた神殿に出た。

 辺りには出店や大道芸の人が沢山いて、思った以上に賑やかなお祭りだった。

 だけど、まだどこも準備中みたいだった。


 それから少しして、日が沈みかけるとあちこちの松明に火が灯って、発光石という光る石が提灯みたいに辺りに吊り下げられ、辺りは幻想的な光景になった。


 やがて神殿から、一人の男の人が出て来た。

 この辺の地域一帯の領主で、ジルベール・ラルカンジュ侯爵という人らしい。


 銀色の髪の、すらっとした超イケメンだった。

 超好み!!


 このお祭りのいわれとか、皆が参加してくれて嬉しいとか、楽しんでいってね、とか、そんな内容の事を彼はしばらく語っていたけれど、彼の話が終わると皆歓声を上げていた。

 演説が終わると皆待ってましたとばかりに飲めや歌えの大騒ぎが始まった。


 領主様はそのまま神殿に引っ込んじゃった。

 マノンに尋ねてみると、領主様は祭りの始まりの挨拶をした後は、ずっと神殿に篭って祈祷するんだって。

 私、魔法道具に近づけなくない…………?


 こんな事なら欲張らずに普通の日に来るんだったと落ち込んでいると、マノンが大丈夫だと私の肩を叩いた。

「魔法道具は祭りの間中、ずっと神殿入り口に飾られて、誰でも拝む事ができるんです。皆拝むのは神殿に到着した時だけなので、しばらくすれば誰も寄り付かなくなります。それに、酔っ払った若い衆や子供が勝手に壇上に上がって杖を持つ事もよくあります」


 なんでもないようにマノンが説明する。

「え、それ危なくないの?」

「まあ、昔猛威を振るった魔法道具と言っても、今は誰一人扱える人がいないので、ただの杖でしかありませんし、神官に見つかってもその場でちょっと注意されるだけみたいです」


 純血統の人間がもういないというのはこの世界では誰でも知ってる常識になってるみたい。

 扱えるわけが無いから、誰かが触ってもちょっと注意されるだけなんだろうけど、それにしても、一応ご神体的な物のはずなのに、随分扱いが雑だ。


 でも、私にとってはそっちの方が都合がいい。

 それから私達はしばらく神殿の入り口の人だかりが無くなるまで、普通にお祭りを楽しんだ。

 私はお金持って無いので支払いはまた全部マノンに任せちゃったけど、出世払いということで……。


 しばらくして神殿の周りに人がいなくなると、さっそく私は杖の奉られた神殿に向かい、見張りの神官の人の隙をついて杖を掴むと、空に向かって火炎系の爆発魔法を撃った。

辺りが騒然としたのを見て、私はしまったと思った。


 せっかくだからお祭りに来ていた人達も楽しませようと思っていたのだけど、恐がられてしまったんじゃ台無しだ。

 そこで私は皆を落ち着かせるために、光る玉を辺り一帯に出現させた。


 私だけだと、ビー玉位の大きさの光を一個出すくらいしかできなかったけど、この杖を持ちながらだと、辺りを覆うくらいの光の玉を余裕で出現できた。


 たちまちクリスマス間近の町のイルミネーションのような光景に様変わりする。

 さっきまで騒いでいた人達は、幻想的な光景に心を奪われたのか、途端に静かになった。

 それに気を良くした私は、更に空に大量のいろんな種類の花火を打ち上げる。


 すごい。

 こんなに簡単に派手で大規模な魔法を使う事ができるなんて。

 魔法道具って本当にすごい。


 そう思いながら夢中になって花火をいくつも打ち上げていると、後ろから声をかけられた。

 振り向いてみれば、そこにはさっき見たイケメン、ジルベール・ラルカンジュ侯爵がいた。

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