第8話 人違いのようです ―― side愛奈

「オリーヴィア・フォン・ラントカルデ皇女殿下とお見受けします。どうか釈明の余地を頂きたく、矛を収めてはいただけないでしょうか」


 なんかかしこまった様子でイケメン領主様が話しかけてきたけど、正直何を言っているのかわからない。

 でも、なんか花火止めろって言われたような気がしたから、一旦花火を打ち上げるのを止めて、照明代わりの光の玉だけ残す事にした。


「おりー……ふぉ……? ええっと、はじめまして、ここの領主様ですよね。私、実は人間で、愛奈と言うんですけど、花火、楽しんでいただけました?」


 初対面で挨拶と笑顔は大事! と、元の世界ではまず画面越し以外ではお目にかかれないようなイケメンにちょっと緊張しつつ、私は彼に向かって挨拶と自己紹介をした。

 さっき、妙に長ったらしい名前の人に間違えられたような気がしたから。


「貴女の言いたい事はわかりました。そして貴女の行いたい事も。しかしそれには今しばらくの猶予をいただきたいのです」

「えっ」


 マジか。

 私が純血統の人間だって主張したくて、ついでにそんな私に興味持ってくれるようなイケメンと恋したくて、あわよくば結婚したいとか考えてるのを察したって事??

 しかもなんか妙に腰が低いというか丁重に扱ってくれてるし、これは、超姫待遇の予感!?


「私の父が貴女やそのお母上、ご兄弟にした事を思えば今すぐにでもその仇を取りたいと願う事われる事は重々承知しております。ですがここはどうかお引き願えないでしょうか。すぐに迎えの馬車を用意させます」

「え? 仇?」


 何言ってるんだこのイケメン。

 なんだろう、すごく人違いされてる気がする。


「私の名前は愛奈です。そのおりー……なんとかという人ではありません。今日ここに来た目的も仇討ちなんかじゃありません! もっと明るい未来のためです!」


 思い切って私が宣言すれば、目の前の侯爵は一瞬驚いたような顔をした後、どこか恐る恐るといった様子で私を見た。

「では、一体何が目的なのでしょうか……?」 


 純血統の人間だって証明して、そのステータスを宣伝しつつ、上流階級のイケメンたちに自分を売り込むためだよ☆

 とは、さすがに私も恥ずかし過ぎて公衆の面前で宣言するのは無理だ。


「ええっと……ここでは、あまり言いづらいんですけど……」

「わかりました。すぐに移動用の馬車を用意させます。場所はすぐ近くにある私の別邸でいいでしょうか」

「大丈夫です。あ、でも馬車はたぶんいらないです」


 いいながら私は、自分と杖に浮遊魔法をかけた。

 たちまち私の体と杖が浮かび上がり、私は杖にゆったりと腰掛ける。

 小さい頃から憧れていたほうきにまたがる魔女っ子スタイルだ。

 マノンから借りた本で浮遊魔法を覚えてから、ずっとこうする事を密かに楽しみにしていた。

 魔法道具が無ければ食器を浮かせることがせいぜいだけど、この杖があれば、自由自在に辺りを飛びまわれる。


「すいません、ちょっとしばらくこの杖をお借りしたいんですけど」

「え、ええ、どうぞお使いください……」

 杖が誰の物なのかわからないので、とりあえずその場にいた一番立派な服来た神官っぽい人と領主様に聞いてみたら、領主様がOK出してくれたよ!


「マノンもおいでよ」

 浮遊魔法を使ってマノンの身体を浮かび上がらせて、私と同じように杖に腰掛けさせる。

 せっかくだから、この綺麗な眺めをマノンにも見せたい。


 辺りはすっかり暗くなっているので、領主様の乗る馬車周辺は、全部光の玉で照らしてあげよう。

 馬車の後にしばらくついていくと、立派なお屋敷が見えてきた。

 馬車がお屋敷の入り口に停まったところで、私とマノンも入り口の前に降り立つ。

 そのまま応接室みたいな所に案内されて、私とマノンはやたらふかふかのソファーに腰を下した。


 座るとなんか杖が邪魔だったし、椅子に立てかけておいてもその内倒れてガッターン! って倒れそうだから、近くにいた人に、

「あの、これちょっとその辺に邪魔にならないように置いといてもらえませんか?」

 って頼んだら、なんかすごく驚かれたけど一時的に杖を預かってもらえる事になった。


 私達の座ってる席の近くに立ってるし、給仕の人かと思ってたけど、実はガードマンとか違う役職の人だったのかも……。

 皆黒い燕尾服着てるからわかんないけど、もしかしたらその人に荷物持ち頼むのってすごく失礼だった!?


 失敗しちゃったかも、とは思ったけど、もうやってしまった事は仕方が無いので、気を取り直す。

「ええっと何か誤解があるようなのですが、私はあなたに危害を加えに来た訳では無いですよ? 平和的にお話をしに来たんです」


 まずは私に敵意がない事を伝える。

「……そうでしたか。それは失礼しました」

 領主様は、一応頷いてはくれたけど、どこかまだ疑っているように見える。


「……これはただ世間話なんですけど、さっき話していた私が復讐しようとしてるとか何とか、それはどんな話なのか、詳しく聞かせてもらってもいいですか? ……全くの人違いだと思うんですけど」


 まずは彼の誤解の内容を確認してみた方がいいと思って、私は彼に尋ねてみた。

 あと、いきなり自分を嫁にどうでしょうなんて売り込むのもさすがに気が引けた。

 そして領主様に聞かせられた、私が誤解されてるお姫様の話はこんな感じ。


 昔々、具体的には五十年ぐらい前。

 オリーヴィアというお姫様がおりました。

 彼女は王都周辺では珍しい、母親譲りの黒い髪に黒い目をしていて、一切魔法が使えません。

 それでも彼女はそれを気にするでもなく、いつもニコニコ能天気に笑っている娘でした。


 オリーヴィアの母親、カレンは王都から遠く離れた地で偶然王様が見初めて側室に迎え入れた女性だったのですが、庶民の出であるため、後宮での立場は弱く、そのくせ王の寵愛を一身に受けていたのでやっかまれています。


 基本的に上流階級の魔族は、純粋な戦闘力こそが全ての脳筋社会だったので、どんなに王様がカレンを気に入っていても、魔法もまともに使えないオリーヴィアが跡継ぎに推薦される事はありませんでした。


 しかし、ある時カレンが第二子のヴィルフリード王子を出産してから事態は大きく変わります。

 彼は物心つく前から誰に教わるでもなく、様々な魔法を使ってイタズラをしました。

 そこで王様は、彼こそ生まれついての天才、生まれながらの強者にして、王になるべくして生まれた子として、他の有力候補の子供達を無視して彼を次期国王にすると言い出しました。


 そうなると、まあ大変。

 今までは跡継ぎが自分の子供になるのならと我慢していた正妻や序列は一番下のはずなのに、何かにつけて特別待遇のカレンをやっかんでいた側室達の不満が爆発しました。


 彼女達は実家の力も借りて何度も事故に見せかけてカレンとヴィルフリードの殺害を企てましたが、なぜかどれも不発に終わりました。

 実はオリーヴィアが影で手を回して暗殺を未然に防ぎ、正妻や側室達が自分達親子の暗殺を企てているという証拠を集めていたのです。


 ある日、オリーヴィアは父親である王様に手紙を送りました。

 それには正妻や側室が彼女達親子を暗殺しようとしている事実とその証拠、実際に自分達が殺されてしまう前に彼女達を後宮から追放して欲しいという嘆願が記されていました。


 しかし、その手紙が王様に届く事はありませんでした。

 この時点で既にオリーヴィアが影で暗殺計画を阻止しようとしている事が正妻側にバレていたからです。


 放っておいても絶対に跡継ぎにはなれず、魔法も使えない、力もおつむも弱そうな娘だったからこそ今まで正妻や側室たちにもそこまで警戒されずに動けたオリーヴィアでしたが、こうなってしまってはおしまいです。


 彼女はベランダから誤って転落した事にして殺害されそうになりましたが、かろうじて生き延び、命からがら王都から逃げて体勢を立て直そうとしました。

 しかし、追撃に遭い、とうとう命を落としてしまいます。


 それからしばらくの間を置いて、彼女の母親と弟は帝国支配に反対する暴徒を装った暗殺者に殺されてれてしまいました。


 王様はその死を大変悲しみ、またそれ以降精神が不安定になり、疑心暗鬼に陥った彼は、帝国にとって少しでも疑わしい不穏分子は規模の大小に関わらず徹底的に排除するようになりました。


 ……という内容の罪の告白を、父の死後、遺品の手記から知った領主様は、その話に酷く心を痛めたらしい。

 だけど、私はそのオリーヴィアという人ではないので、心を痛める必要はないんだけどなぁ。

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