第9話 本人で間違いないようだ ―― sideジルベール

「でも私は、そのオリーヴィアとかいうお姫様じゃないので、そんなに気を使ってもらわなくて大丈夫ですよ。私はただのアイナです」


 彼女は困ったように笑う。

 しかし、その黒い髪と瞳、油断を誘う能天気な態度、その全てが父の手記に書かれていたオリーヴィア姫の特徴そのものだった。


 それに、もし彼女が本当にオリーヴィア姫ではないのなら、祭に突然現れて、人間にしか扱えないという魔法道具でいきなり圧倒的な力を見せ付ける意図がわからない。

 場所を移動する道中も、ご丁寧に常に大量の空中機雷を馬車と一緒に移動させるという徹底ぶりからも、その言葉を額面通りに受け取れというのは無理がある。


 だが、自主的にその魔法道具をこちら側に預けたと言う事は一方的な命令や脅しではなく、こちらと対話するつもりがあるという意思表示だろう。


 この場に恐らく従者と思われる女性を連れてきている辺り、交渉が決裂した場合にもそれなりの用意はあるのだろうが。

 一見して彼女は杖以外の魔法道具は身に付けていないように見えるが、服の中にそれなりの精度を持つもの隠し持っている可能性も十分ある。


 抜け目のない事だ。

 さすが、長らく王宮中を欺いていた姫だ。

 もしかしたら、彼女は俺を試しているのかもしれない。


 この程度の事も推し量れないような間抜けか、それとも『明るい未来』とやらの話をするに値する人物かを見極めたいのだろう。


「では、アイナ様、本日はどのようなご用件でしょうか」

「……領主様は、力が欲しくないですか?」

「力……?」


 俺が聞き返せば、彼女は笑顔を崩さずに言葉を言い換える。

「家を栄えさせたくはないですか?」

「それは……もちろん……」


 俺は頷く。

 自分が生まれたこの家を、気の遠くなる程はるか昔から、先祖達が代々守ってきたこの家を、なぜ没落させたいなどと思うものか。


「さっきのお祭りで見てもらったと思いますけど、その杖、純血統の人間にしか使えないんですよね? でも、私なら使えます」

「ええ、信じがたい事ですが……」


 再び俺は彼女の言葉に頷く。

 いきなり自分は現代に蘇った純血統の人間だと言われても、にわかに信じる事はできないが、実際にあの杖を完璧に使いこなす様を見せ付けられては、信じない訳にはいかないだろう。


 間近で見たからこそわかる。

 アレは手品やイカサマのようなものではなく、間違いなく彼女が自分の意思で発現させ、操っていた魔法だ。

 彼女がその気になれば、この地を一瞬にして焦土にする事が可能だと、否が応にも思い知らされた。


「私はこの力を有効利用したいと考えています」

「なるほど……」

 俺が彼女の言葉に頷くと、彼女は急にどこかもじもじした様子を見せた後、意を決したような様子で口を開いた。


「できれば私はあなたがいいな、と思っていますが、無理なら他を当たります……私はあなたと仲良くなりたいんです……まずはお友達から、どうでしょう?」

 頬を染めて、はにかみながら彼女は言う。


 要するに、臣下となるなら我がラルカンジュ家の繁栄は約束するが、断ったらその時こそ領地が焦土と化す事を覚悟しろ。

 と、いう事なのだろう。

 初々しい仕草に騙されてはいけない。


「……あの、領主様ってご兄弟がいるんですよね、弟さんが……」

 どう答えたものかと私が考えていれば、今度は彼女は弟の話を振ってきた。

 そこで俺は思い至る。


 俺が断ったところで、そこで交渉決裂と領地を焼き払わなくても、土地の価値を失わせず、その支配権を彼女がそのまま手中に収める方法がある。

 この場で俺を殺して、今度は弟にこの話を持ちかければいいのだ。


 弟はまだ五十歳にもならない子供だ。

 彼女にかかればあっという間に篭絡されてしまうだろう。


 そして、彼女が何をなそうとしているのか。

 彼女が手に入れた物や手に入れようとしている物を見てみれば、そんなものは自ずとわかる。


 まず、自らの寿命を縮めてまで純血統の人間になろうと、禁呪に手を出し一か八かの賭けに出た。


 そして、賭けに勝った彼女は、圧倒的な火力の攻撃魔法を放ち、かつて悪夢のような災厄を振りまいたとされるいにしえの魔法道具を探しだし、見つけた。


 更に魔法道具を製作するのに欠かせない魔法石や特殊な鉱物を産出する鉱山を多く所有するこの領地を真っ先に押さえに来た。


 『明るい未来の話』

 おそらく、彼女は軍備を整え、帝国を相手取って戦争を仕掛ける気でいるのだ。


 人間の残した魔法道具と呼ばれる代物は作り方や使い方は伝えられていても、その実、どうしてそのような事が起こるのかは未だ解明されていない未知の道具だ。

 寿命も魔力も体力も、全てにおいて圧倒的に劣っていた弱小種族、彼等が他種族と渡り合い、生き残るために編み出した叡智の結晶だ。


 純血統の人間にしか使えない決戦兵器は各地に残っているが、彼等に散々煮え湯を飲まされた魔族達は、その屈辱からか、そのことについてはほとんど文献を残していない。


 わかっているのは、国の滅ぶ最終局面、それらは大いに力を発揮し、多くの魔族を葬り去った事。

 そして、それでも結局人間は絶滅したと言う事だけだ。


 彼女が魔法道具についてどこまで知っているのかはわからないが、今日の祭りで見た彼女の魔法を見る限り、アレは猛威を振るう等という、そんな生易しいレベルの代物ではなかった。

 彼女がその気になれば、完全に一方的な大量虐殺を可能とする道具だ。


 その力で平時の王都に爆撃を仕掛ければ、何重もの結界に守られ、更に国中から集められた精鋭達を一人で相手にして王城を落とすのまでは無理だろうが、彼女単独でも一時的に王都を大混乱に落とし入れる事はできるだろう。


 だが、彼女はそれをしなかった。

 脅しをかけはするものの、俺を仲間に加えようとしている。

 長期的な目で、己の単独の力のみならず、協力者を募って力を蓄え、本気でこの国を滅ぼすつもりなのだ。


 種族を無理矢理変え、左腕にある自分の生まれを証明する紋章を潰したのは、跡継ぎとして国を継ぐのではなく、ランカルデという国を己の力で奪い獲ろうという決意の現れだろう。


 復讐者ではなく、野心家として、この国が欲しいと。

 想像を絶する苦痛にのたうち回りながら、それでもその願いを遂げるだけの力を手にするために、地獄のそこから這い上がってきたのだろう。


 ラルカンジュ家の繁栄は約束すると言っていたが、『幸せな未来の話』と言っている辺り、滅ぼすだけでなく、その後の事も考えているようではある。


 果たして彼女がどれ程の器なのかは今はわからない。

 けれど、今、俺の出せる答えはひとつだった。


「わかりました。そのお話お引き受けしましょう」

 俺は彼女の提案を受け入れる事にした。


 この事がもし帝国側に伝われば、謀反むほんの疑いをかけられ家の取り潰しと当主である俺の処刑は免れないが、それでも今目の前にある脅威をやり過ごさない事には、どちらにしろこの家に未来は無い。

 幼い弟が矢面に立たされる可能性を考えれば、まだここで彼女の提案を受け入れて様子を見ることの方が得策と思われる。


「それじゃあ……!」

「はい、及ばずながら覇道の道を進む貴女様の手助けをさせていただければと存じます」

 その日、俺は逆賊となった。

 しかし、彼女はこの世界に再び戦乱を起こし、その覇者となるだろうという、根拠の無い確信めいたものを感じた。

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