第3話 人間は絶滅したそうです ―― side愛奈

 マノンの家に居候させてもらう事が決まると、私達は一息ついた後夕食の用意を始めた。

 話がひと段落した直後、私のお腹がなったからだ。


「おなかすいたね……」

 と私が言うと、マノンは私に干し柿のような物を渡してきた。


「これから夕食の準備をするので、それ食べて待っててください」

 マノンがにっこりと笑う。

 タルという木の実を干した物らしいけど、味はドライフルーツのあんずに少し似てる気がする。


 何か手伝いたいと言ったら、机を拭くように言われた。

 水がめはあったけど、水をすくうひしゃくのようなものはない。


 マノンに尋ねようとすれば、マノンはそれに気づいたようで、人差し指で水がめを指すと、なにか呪文のようなものを唱えた。

 すると水がめの中の水が野球ボールくらいの球体になって出てきて、流しに置いたふきんを濡らした。


 驚く私をよそに、今度はかまどを指差して、また呪文を囁くように唱える。

 突然かまどの中に火が付いて、マノンはかまどの上に置かれた鍋をかきまわし始めた。

 それから私はマノンに言われるがままに戸棚からチーズとパンを用意して、マノンの温めたスープを皿に注ぎ分けて机に並べた。


「マノンって色んな魔法使えるんだね、魔法って誰でも使えるの?」

 食事中、私はマノンに尋ねてみた。

「種族によって使える魔法と使えない魔法がありますし、種族によっては全く使えなかったりもします」


「ふーん、じゃあ人間は?」

 わくわくしながら私はマノンにきいた。

 だって、もしかしたら私もさっきのマノンみたいに魔法を使えるようになるかもしれないから。

 こういうのはいかにもファンタジーって感じでテンションが上がる。


「そりゃ人間は全属性の魔法を習得できますし、あらゆる魔法道具を使いこなせますけど、それは純血統の人間に限っての事ですし、多種族との混血はともかく、純血統の人間なんてもう存在しないじゃないですか」

「ん? なにそれ?」


 人間は全属性の魔法を習得できると聞いて、かなりテンションの上がった私だけど、なんかその後に気になる言葉が続いた気がする。

 純血統の人間なんてもう存在しない……?


 首をかしげる私に、マノンが説明を続ける。

「純血統の人間は三百年前に絶滅しているんですよ。国が滅んで二百年の間に、純血統の人間は全て捕らえられて囲い込まれましたから」

「そうなの?」


 それはつまり、昔あった人間の国はもう滅んでいて、この世界には純粋な人間は私だけという事で……しかも国が滅んだら捕らえられて囲い込まれた……?

 不穏な説明に、ちょっと不安になったけど、できるだけ明るくマノンに話の続きを聞いてみる。


「人間という種族は短命で、身体能力も魔力も、全てにおいて他種族に劣っていましたが、交配相手としては優良だったので、五百年前に彼らの国が滅んだ時、乱獲されたんですよ」

「マノン物知り~、なんで人間はそんなに弱かったのに交配相手としては優良だったの?」


 交配相手として優良、だとか、乱獲だとか、R-18指定のゲームでありそうな設定が聞こえてきたけど、何もわからない以上、今はマノンから話を聞くしかない。

 私はとにかくニコニコしながらマノンに尋ねた。

 返答によっては、私が人間だということは隠しておいた方がいいかもしれない。


「昔から、人間との混血児は強いと言われていました。それをある高名な学者が調査した所、人間との混血児は、人間との交配によって元の種族の弱点を克服したり、元々高い能力がより高くなるという統計を出しました。魔力や体力等、個体差はありますが、それでも元の種族に比べて強い個体が生まれると彼は結論付けました」

「つまり、苦手を克服して、得意をもっとのばす、みたいなこと?」


 学習塾の宣伝文句みたいになっちゃったけど、今の私には他にそれっぽいたとえが思いつかなかった。

 人間単体だとそんなに強くないけど、人間との子供はとっても強くなる、ってことだよね?


「そうです。元々多種族同士の混血でも同様のケースは見られましたが、逆に両者の悪い部分を受け継いで弱体化した個体が生まれる場合も往々にしてありました。けれど、人間との混血児にはそれがほとんど見られなかったのです。」

「そうなんだ」

「まあ、それが実証されたから、人間の国は意図的に滅ぼされた。とも一部では噂されています。今では人間の血がより濃く入っている事が貴族の間ではステータスになっているくらいですから」


 そこまでマノンの話を聞いて、私はある結論を出した。

「つまり、今純血統の人間がこの世界に現れたら……モテモテ?」

「モテモテ……まあ、その人間を巡って争いが起こったりはするかも知れません」


 マノンは何か言いたそうにしてたけど、最終的には私の言葉に頷いてくれた。

 ということは、異世界から来た純粋な人間である私は、この世界ではモテモテと言う事だ。


「へ~、そっか~、フフフフフ……」

「急にどうしたんです?」

「マノン、実は私、純血統の人間だって言ったら、どうする?」


 ちょっと得意になりながらマノンに尋ねてみる。

「え、そんな訳ないじゃないですか。人間は三百年前に絶滅してるんですから」

 だけど、その反応は現実的だった。


 そうだった。この世界にはもう人間がいなくて、それが常識になってる。

 まずはその中でどうにかして私が純血統のにんげんであると証明する必要がある。

 でないとモテない。


「……だよね~。あ、それはそうとさ、私も魔法を使ってみたいんだけど、どうしたらいい?」

 とりあえず、人間は全属性の魔法の習得が可能らしいから、まずは全部の属性の習得を目標にしよう。


「たぶんその歳までに魔法の使い方を教わっていないと言う事は、幼少時に魔法適性なしと判断されたか、元々魔法の使えない種族なんじゃないかと思われますけど……」

「お願い! 実際にやってみてダメだったらそれでいいから! マノンが魔法使ってるの見たら、私もやってみたくなっちゃったの!」

「明日はアイナの日用品なんかを町に買いに行きたかったのですが……まあ、その後にちょっとだけなら……」


 始めマノンはちょっと渋っていたけれど、しつこく食い下がったら、なんだかんだで教えてくれる事になった。

「ありがとう! マノン大好き!」

「なっ! え、す、好き!? ま、まあ、ホントにちょっとだけですよ……」


 感極まって私が席を立って側まで寄っていってマノンの手を握りながらお礼を言ったら、マノンは急に顔を赤くしながら照れだした。

 どうしよう、この子可愛い。

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