異世界からきた私は復讐鬼らしいです
和久井 透夏
第1話 プロローグ ―― sideジルベール
漆黒の夜空を埋め尽くすように、赤い火花が降り注ぐ。
辺りに響き渡る轟音と、繰り返し空を何度も塗り替えるように輝く様々な色の火花が辺りを照らした。
同時に俺は、自分の置かれた絶望的な状況を理解する。
これと同じ程度の爆発が地上で起きれば、たちまち辺りは火の海となり、草木一本残らない焦土と化すだろう。
あえていきなり撃ってこず、空にむけてそれを放つのは、力を誇示するためか。
それとも、別の狙いがあるのか。
長らく宝物として奉られていた旧時代の兵器にして今は無用の長物と成り果てたその杖を持った彼女は、俺の目の前で妖艶な笑みを浮かべる。
辺りには幻想的にも見える青白い玉がそこかしこに浮かんでいるが、これがただの灯りでない事は明白だ。
空中機雷と呼ばれる、術者の任意で爆発させることができる光の玉。
その辺の子供でも知っているような、もっとも一般的な戦闘用魔法の一つだ。
しかし、まさかこんなにも大量に出現させられるなんて。
大小様々な光の玉が、辺り一面に舞い踊る。
その気になればいつでも我々を殺せるという意思表示だろう。
今日の祭りには、多くの領民が参加している。
彼等のいる場所までこの光の玉で覆われているということは、つまりそういう事だ。
空を覆い尽くす程の爆撃を放ってもまだ、それだけの余力があるということも考えると恐ろしい。
この地方では珍しい漆黒の髪と瞳、そして
青白い光に照らされて浮かび上がるその一つ一つが、彼女が何者であるかを語っていた。
オリーヴィア・フォン・ラントカルデ。五十年前に実母と実弟共々暗殺されたはずの皇女。
年の頃から見ても間違いないだろう。
しかし今、目の前で彼女が使っているあの杖は、純血統の人間にしか扱えないはずである。
彼女は人間の血は入ってはいたものの、純粋な人間ではなかったし、そもそも、純血統の人間なんて当の三百年前に絶滅している。
だとすれば考えられる理由はただ一つしかない。
彼女は禁呪を用いて自らを純血統の人間に作り変えたのだろう。
心身共に多大なる苦痛を伴い、成功率は恐ろしく低く、また、数少ない成功例も全員が施術によるショックで廃人になってしまったという記録が残っているあのおぞましい術。
彼女はそれを乗り越えて尚、正気を保っているというのか。
だとしたら恐ろしい執念だ。
だが、彼女のをそこまで駆り立てる理由など、一つしかない。
――――復讐だ。
最愛の母や弟を奪った犯人やその関係者、その全てを根絶やしにしようとしているに違いない。
そうでなければ、成功率が極めて低く、成功したとしても大幅に自分の寿命を縮めてまであの杖を扱う力を欲する訳が無い。
貴族の娘なら皆生まれた時に左手に刻まれる出身家を示す紋章。
それを自ら焼いて潰している辺りにも強い意思が現れている。
ひやりと背中を汗が伝う。
目を逸らす事も、瞬きさえも許されない、一瞬でも俺が隙を見せれば、彼女はたちどころに俺の身体も空を覆う火花や辺りに浮かぶ機雷を使って吹き飛ばしてしまうだろう。
彼女の母を殺そうと画策した側室の一人の出身家の現当主にして、従者と命からがら落ち延びようとした彼女の乗った馬車を追撃して葬るよう指示した男の息子。
それが俺、ジルベール・ラルカンジュだ。
父の犯した罪を知ったのは、父が死んで遺品を整理していた時に出て来た手記を見たからだったが、事件に直接絡んでいなかったとしても、彼女が俺を憎くないはずが無いだろう。
だからこそ現にこうして俺の前に彼女は現れたのだ。
しかし、今の俺の命は俺だけの物ではない。
五年前に父が他界し、母は十年前に病死している。
残されたのは俺とまだ幼い弟のレオンだけだ。
たとえ彼女がいかに俺の事を憎んでいようとも、この場で大人しく彼女に殺される訳にはいかない。
ここは舌先三寸で彼女の隙を作り、なんとしてもこの場を切り抜ける。
社交界で女性の扱いは心得ているはずだ。
俺は自分を鼓舞し、覚悟を決めて彼女に歩み寄る。
彼女の子供のように首辺りで切りそろえられた短い髪がなびき、ニヤリと笑う顔が暗闇に映し出される。
俺は静かに息をのんだ。
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