第8話

 おずおずと戻ってきた里奈に花束を渡す。


「返事は試験の結果が出てから言うよ。これはクリスマスプレゼント」


 花なんか渡すのは初めてだったから、ちょっと照れる。


「うわぁ。綺麗! ありがとう!」


 ぱぁっと花が咲いたように笑う里奈を見て、買ってきてよかったなと思う。


「ね、最初から私だってわかってたの?」

「いや? 母さんからあのカードをもらえるのは親父か姉貴たちか克己かお前だろ。そこから順番に消去していったんだよ」


 一番に里奈を思い浮かべたことは秘密だ。



「お、これ、うまいじゃん」

「そう? こっちも食べてみて」


 腹ぺこだったからではなくお世辞抜きに里奈の作った料理は美味しかった。

 こんがり焼いたローストチキンは、皮はパリッと中はジューシーでソースもうまくできていた。サラダはリースのように盛りつけしていて見た目も可愛らしくて彩りも綺麗だ。斜めにスライスしたフランスパンの上にいろいろトッピングしているのもカラフルだ。それからかぼちゃのスープに……なぜかおにぎり。


「だって絶対足りないって言うと思ったから」


 って笑う里奈。

 ああ、もうほんとに君は可愛いよ。

 そうそう、最後までわからなかったことを確認しよう。

 

「なぁ、カードのことだけどさ。なんで母さんはあんなの作ったんだ? それだけわからないんだけど」

「……それはね。拓にどうやって告白したらいいか私が小母さんに相談してたら、なんだかそんな話になっちゃったの。あーでもないこーでもないって二人で一緒にいっぱい考えたんだよ。私は文化部だったし活動はそんなにしてなかったから、結構小母さんのところに入り浸ってたなぁ。あ、だから香織ちゃんも沙織ちゃんも、このカードのことは知ってるよ。だけどその年のクリスマスの前に小母さんが亡くなってしまったから、そのままずっとしまってたの。……それから渡せないままずるずると今年まできちゃったのよ」


 それってその頃から俺のこと好きだったってことなのか? 一体何年越しの片思いだよ……。


 苦笑する。

 お互い様、か。


 それにしても。

 人生最後の数カ月。自分の息子に思いを寄せる近所の娘と過ごしたその時間は、母さんにとってきっと楽しいものだったに違いない。心温まる時間。そんな時間を母さんにプレゼントしてくれていたことがすごく嬉しい。

 胸にぽっと灯がともったように温かい気持ちになる。


「沙織ちゃんに鍵を借りるとき、『やっとあれの発動だね?』ってからかわれたのは恥ずかしかったけどね」


 そう言ってはにかむ君の笑顔がたまらなく愛おしい。







 里奈が帰って俺は自室に戻った。


 さて、合格してあいつを驚かしてやるために、真面目に勉強しないとな。


 さっき買ってきた問題集を出そうとラッピングをほどくと。


 長文読解の問題集と一緒に出てきたのは、可愛らしいクリスマスカード。


『メリークリスマス! 今日はつき合ってくれてありがとう。勉強のじゃましちゃってごめんね。クリスマスプレゼント、何がいいかわからないから自分で選んでもらちゃった。受験まであと少し、頑張ってね!   里奈』


 やられた。


 なるほど、クリスマスプレゼントだから会計はなしだったのか。あの女の子……そういわれると同じ中学だったような気がする。里奈の友達だったんだ。


 ひとりでに笑みが浮かんでしまう。

 似た者通しかもな。


 里奈は俺がこっそり仕込んだ花束の意味に、気づくだろうか?












 ナンキュラスとルースターの意味に。

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ミステリーハント 楠秋生 @yunikon

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