第7話
俺は家に向って歩いていた。ケーキと花束と参考書を持って……変な組み合わせだな。
心なしか足取りが軽いのは、最後のカードで克己の可能性が消えたから。
やっぱり最初に思った通り、里奈が差出人だった。単なる俺の願望でなく、他に考えようがないから間違いない。
『 結婚しても花屋の三人娘の頭とお尻が好き♡ 』
この問題を解くために教えてもらった三人の名前。石田柚香、江角桃恵、新田すみれ。これをひらがなで書いて並べ、それぞれの頭――最初の文字と、お尻――最後の文字を繋げて読むと。
いしだゆずか
えすみももえ
にったすみれ
『いえにかえれ』になる。
これで克己も消去されたことになるのだ。
克己は家で遊ぶより外の方が好きだから、こんなときは家で騒ぐよりカラオケやゲーセンに行く方を選ぶ。あいつがいるならそのままどっかで外食するパターンになるだろう。
それにしても。結局帰らせるのか! 一体なんのためにウロウロさせられたんだ? ケーキの受け取りか? それならそこだけでいいだろうに。イマイチ理由がわからない。しかもなぜ母さんの字?
家に帰ったら、後からあいつが来るのかな? そうなら嬉しいけど。このケーキがプレゼントで、それで終わりってことはないよな? ってか来なかったらこの花渡せないじゃないか。来なかったら……持っていけばいいか。
なんてことをぐるぐる考えているうちに家に着く。門扉を開け玄関に近づいて気がついた。――時間稼ぎか!
家の中からうまそうな匂いがただよってきている。俺が出かけている間に料理してたのか。鍵は沙織にでも借りたんだろう。
あ、猛烈に腹が減ってきた。里奈が料理上手なのを思い出す。母さんの見舞いに行くときはいつも何かしら持っていってたな。横からつまんでよく怒られたっけ。
俺は期待に胸を膨らませてドアを開けた。
食い気と……色気も期待していいのかな?
「おっかえり~。早かったね~。やっぱり簡単すぎた?」
エプロン姿の里奈がぴょこんと顔を出す。
「あれ、なんなんだよ。振り回し過ぎだろ~。風邪ひいたらどうするんだ」
「あはは。ごめんごめん。拓がさっびしいぼっちイブを過ごすって沙織ちゃんに聞いたからさ。寛大な里奈さまが相手してあげようと思って。たまには息抜きも必要でしょ」
からからと笑う里奈。色気はやっぱりなしなのか?
「ね、手伝って。ケーキ、箱から出してよ」
キッチンに戻りながらにこやかに言う君の、そのココロは?
「へえへえ。ぼっちで悪かったな。そういうお前もおんなじってことだろ」
「あ、こんなにいっぱい料理作ってあげたのにそんなこと言うんだ? 持って帰ろうかな」
「え? そりゃないだろ。これだけ振り回しておいて」
キッチンとテーブルを往復している里奈が冗談めかして言う。いい匂いのする料理を運びながらそんなことを言われても困る。俺の腹はもう限界だ。
腹がすいてどうしようもない俺はさっさとコートを脱ぎハンガーにかけると、言われるままにケーキの箱を開けた。
そしてそのまま固まってしまう。
箱の中に入っていたケーキは、真っ白なハート型で周囲は薔薇をかたどったピンクのクリームでデコレーションされている。そしてその真ん中にはあるのは――薔薇と同じく淡いピンク色のチョコレートでかかれたLOVEの文字。
そのココロは……ドッキリ告白!
ぱっと顔をあげて里奈の消えたキッチンの方を見ると、ついさっきからからと元気に笑った彼女が恥ずかしそうに頬を赤らめた顔を半分だけ覗かせて隠れている。
「里奈、これ……」
「あ、あの、ね。えーっと、それは」
俺の言葉を遮って両掌をこちらに向けてわたわたする。
「こ、こんな時期にごめんね。拓が選んだ道だから応援してるけど、遠くに行っちゃったらもう今までみたいに会えなくなるでしょ。一緒にクリスマスを過ごせるのも、最後かなって思って。あ、返事は待つから、気にしないでね」
「お、おう」
里奈は早口でそれだけ言うとぱっとキッチンに戻ってしまった。俺はにやけそうになる口元を右手で覆って隠した。
ああ、返事は合格してから言わせてもらうよ。君へのサプライズと一緒にね。
確実に合格できる県外の大学をやめて、ランクが上の大学を受けることにしたのは、まだ内緒だ。里奈がすでに推薦合格している女子大に一番近いその大学に、きっちり合格してから言わせてもらうよ。
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