すごいきもちいい

清浄院夏海

すごいきもちいい

物語の主人公と言ったら勇気があって、特技があって、強くて、かっこよくて、優しい。そんな人物を想像するだろう。しかしそんなヒーローじみた人間は現実には存在しない。この俺が最たる例だ。

俺は臆病者だ。

この高校に進学してから二年経つがこの学年の雰囲気には未だに慣れない。それはなぜか。俺は臆病者らしく首は一切動かさず視線をずらし教室の隅の席を盗み見た。

そこにはメガネをかけボサボサに髪を伸ばした如何にも根暗そうな少年がポツン、と座っていた。彼の名は鈴木。話しかける者はいない。理由は簡単、苛められてるからだ。いや、苛めなんて生易しい言葉は彼に似合わないだろう。言うなればそう、傷害罪だ。彼は入学した時からその見た目でいじられ、ひと月経つ頃にはヤンチャグループのストレス発散用サンドバッグになっていた。毎日昼休みになると彼はふらっと体育館裏へ行き、そこで大人数のクラスメイトに殴られ、蹴られる。だから五時限目が始まる頃にはワイシャツはボロボロで酷いときには頭から血を流して授業中ぶっ倒れる。そこまでの怪我をしているのに教師たちときたら『彼が自分で転んだだけだと証言している。苛めはない』と宣う。ドラマとかでよく見かける弱者の味方には絶対にならないクズ教師だ。苛めは苛められるやつが悪いだなんて言わない。見て見ぬふりをする方が悪いとも言わない。全ては加害者が悪い。少なくとも俺はそう考えてる。……立派な考えだねなんて褒められるものではない。俺は自分の行為を正当化するために言っているだけだ。飛んで火に入る夏の虫。助けに行ったところで俺もまとめて殴られるのがオチ。だから今日も無視をする。無視を決め込む。しかし些か見るに堪えない。





七月の半ばごろ、周囲はそろそろ夏休みだなんだのと盛り上がっている。俺も夏休みは嫌いではない。鈴木の痛々しい姿を見なくて済むからだ。俺はいつも通りの道を無の表情で歩き登校する。別に友達がいないわけではないが多い方ではない。ただ親友がいないのは紛れもない事実だった。せっかくの夏休みだ。親友と山や海に行き、夜は町内の祭りに参加して一夏を謳歌したい。そう考えるのは俺が至って普通の高校生だからだろう。でもクラスメイトとは親友になれる気がしない。明確な理由はないが反りが合わないのだ。ああ、出会いが欲しい。一生の親友が欲しい。そう願いながら俺は昇降口から一番遠くにあるクラス、2-1組へ陰鬱な気持ちを押し込めて向かうのだった。





俺が教室に入るとまず目に飛び込んできたのはボロボロに破壊された机だった。鈴木の席にポッカリと空間が空いていることからアイツのものだったのだと推測できる。それにしても毎日飽きないものだ。俺は無駄に大声を張り上げるクラスメイトをスルーし自分の席に着き本を開く。するとチャイムがなり先生が教室に入ってきたため周りの人間は大人しくなり鈴木以外の全員が自分の席に着くのだった。


「今日は生徒会役員投票の締切日です。ちゃんと投票するように。あとは……」


ホームルームが始まる。鈴木の事に一切触れないのはいつもの光景過ぎて見慣れてしまった。


「はい。連絡は以上です。これでホームルームを終わります」


俺は本を読みながら聞き流す。どうせ大したことは言っていないのだろう。そう思い一時限目の準備をしようと鞄に片手を突っ込んだところで廊下から、可愛らしい声が聞こえた。


「あのー……」


誰の声だろうか。クラスが多少ざわつく。すると先生は思い出したかのように手をパンパンと二回叩き静かになったのを確認してから「重要なことを忘れていました」と言った。廊下の声の主と関係があるのだろうか。


「今日は新しい転校生が来ていたのでした!外国育ちらしいので皆さん優しくするように。それじゃあ入ってきてー」


すると待ってましたと言わんばかりにドアが豪快に開く。バァン。そして同時にひとりの女の子が入ってきた。のっしのっし。俺はその少女を観察する。茶髪、160センチくらいの小柄な身体、それに不釣り合いなほどに育った豊かな胸、青い瞳。しかし左目は眼帯で塞がれていた。よくみれば手首や太ももにも包帯が巻いてある。怪我しやすいんだろうか。すると彼女は先生に言われる前にチョークをひったくり黒板に名前を書き始めた。『木望・S・良子』と書いてある。意外と字は上手い。


「ドーブラエウートラー!良子・Sagalevich・木望です!ひらがなで書くと『りょうこ・さがれぶな・きみ』です!ロシア人クォーターやらせてもらってます!よろしくです!」


天真爛漫、そう表現するのが適切だろう。彼女はこちらもドキリとするような可愛らしい笑顔で自己紹介をした。すると額に手のひらが垂直になるよう手を当てキョロキョロと教室全体を見渡した。そして教室の隅で突っ立っている鈴木のことを指差して青い瞳を目一杯開かせこう言った。


「オゥ!これがJapanese苛め!初めて見た!お父さんに聞いてたとおり陰湿な国だな~日本は!はっはっは!」


クラスが凍りついたのがわかる。コイツ…転校初日にタブーに触れるとは…。するとそれを面白がったのか鈴木の隣の席の男、斎藤だったか、がにやけながら反論した。


「違うぜリョーコちゃん。これは日本流の礼儀ってやつだよ礼儀」


「えっ!?そうなの!?私知らなかった!」


いちいちリアクションがオーバーなやつだ。外国育ちってのは皆こうなのか?それにして「って、あああーーーーーーーーー!!!!!」今度はなんだ。最前列の席の俺の何かに気づいたのかこちらに向かって走ってくる。


「そ、それは『九十九十九』!まだロシアでは発売してないやつ…!読ませてー!」


そういって俺の方へ一直線に駆け出してくる。おいおい足元に気を付けないと


「げぇっ!?ぶふぉあ!!」


転んだ。元鈴木の机の残骸に足を取られて。空中で後ろに半回転した彼女は綺麗な弧を描き、後頭部から床に落ちた。ゴスン、と重たい音が教室に響く。だ、大丈夫か…。柄にもなく俺が心配していると周りの視線を感じる。恐らく「お前が手を伸ばせよ」といったものだろうか。仕方なく、パンツが丸出しになっている転校生に手を差し伸べた。


「起き上がれるか?」


すると木望は何もなかったかのように身体をバネみたく使いぴょんっと起き上がった。


「いてて……なんとか軽傷で済んだよ…」


「いや思いっきりゴスンって言ってたぞゴスンって」


「ああ平気平気。いつものことだから。それにしても……」


彼女の顔を見る。すると先程の笑顔とは打って変わって冷徹な表情、凛とした別人のようになっていた。ブルーサファイアの瞳が冷たさを強調させている。一拍溜めてから彼女は再び口を開いた。


「危うく騙されるところだったよ。私は嘘は嫌いなんでね」


「………へ?」


声も変わっていた。まるで全知全能、完全無欠、十全十美の人間が悟りを開いたような、そんな威厳を感じる声だった。


「つまらない嘘をつかないでもらえる?なんで私を騙そうとしたのかは知らないけど」


彼女の豹変っぷりに教室内が二度目の沈黙に入る。水を打ったような静けさの中、斎藤が立ち上がった。


「は、はぁ?な、なんだよ突然…嘘じゃねえって」


「ほらまた嘘ついた。眉が0.2ミリずれて視線も私の左後方37°を向いている。動揺しているのは嘘をついている最もわかりやすい指標よ」


淡々と告げたが俺には斎藤の顔の変化なんて分からなかった。そんな細かい数値どうやって測ったんだよ。そしてなぜ急に気づいたんだ、斎藤の嘘に。彼女は言葉を続ける。


「それでも貴方は真実だと言い張るのかしら?」


「お、おうそうだよ!日本流の挨拶だよ!」


「そう……」


彼女は呆れたように目を瞑った。そして次の瞬間、


バァン!


飛んだ。ものすごい勢いで床を踏み鳴らしたかと思うと彼女は俺の席から斎藤めがけて、教室を対角線上に飛んだ。スローモーションのように木望は慣性に任せ空中を移動する。一秒足らずで端から端まで飛んだかと思うと今度は


「フッ!!」


斎藤の机に向かってかかと落とし。おおよそ女子高生の力とは思えない尋常な速度で振り下ろされた足は机の木の部分どころか金属部分までを破壊、真っ二つにした。


「日本流の、挨拶よ」


彼女はそう告げると適当な空いている席に座り机に突っ伏した。斎藤も含めた全員が驚愕の顔をしている。見なくてもわかる。

こうして謎の転校生、木望・S・良子は華々しく日本デビューを果たした。







そんなこんなで昼休み。本来なら転校生という存在はちやほやされるものなんだろう。が彼女の周りに人だかりはない。そりゃそうだ。突然暴れて、かと思えば次はずっと寝たままで、好奇心をそそられないと言えば嘘になるが朝の一件を見た者にとっては迂闊に声はかけられない。常に安寧を求める俺にとっては尚更だ。そんな暴れん坊転校生は放っておいて昼食にしよう。腹が減っては戦も勉強も出来ないからな。そう思い席を立つと、ちょうど木望が深い眠りから目覚めた。


「う、うーん……もしかして寝ちゃってた!?もう昼休みじゃん!」


自己紹介のときのようなテンションで手をバタバタとさせながら慌てている。こうしてみれば普通に可愛いしモテるんだろうがな。珍しく人を評価していると俺に木望が声をかけてきた。


「ねえ!さっき『九十九十九』読んでた人でしょ!アレ私読んだことないんだよねー!だから貸して!お願い!ねっ!」


昼休みということもあってか人がまばらになったにも関わらず俺はたくさんの視線を感じる。やめてくれ。俺は目立ちたくないんだ。


「あれ?聞こえてないのかな?もしもーし!」


そんな俺をおちょくるかのように彼女は俺を中心にぐるぐる回る。……クソっ。これ以上放置していたら更に悪目立ちする。気乗りしないがコイツとは一体一で一度話したほうが良さそうだ。


「木望、俺の周りを回るのはやめてくれ。本は貸してやるから屋上へ行こう」


すると彼女は一瞬無邪気な笑顔を浮かべたが次第に頬が紅潮してきた。


「えっ!?いいの!?っていうかもしかして告白!?惚れられた!?」


どうやらあらぬ誤解をうけたようだ。クラスメイトから「アイツ、目立たないやつと思っていたけれどやるな」などと聞こえてくる。もう助けてくれ。


「ち、違う!とにかく、屋上いくぞ!」


強引に木望の手を引く。彼女は「ヤー!」と返事をしたあとは大人しく付いてきてくれた。手を繋いでいたせいか廊下を歩いているとヒューヒュー口笛を鳴らしてくる奴がいたのでソイツの足をわざと踏みつけ、屋上へ続く階段へ急いだ。

屋上の扉を開けると誰もいなかった。まだ昼休みが始まったばかりだからだろう。俺は適当な場所に座ると木望も正面に座ってきた。


「え、えっと……会って間もないのにそういうのはちょっと……」


「だ、だから違うとさっき言っただろ!本題に入るけどいいか?本は貸してやる、というかやる。でも金輪際俺には近づかないでくれ」


俺は彼女の手に本を押し付けると立ち上がろうとした。しかし木望が袖を引っ張ってくる。


「なんで?私達気が合いそうだよ!友達になろうよ!」


「嫌だ。お前も見ただろうがあのクラスには苛めがあるんだ。下手にお前とつるむと俺も被害を受ける可能性があるからだ」


「えーきみって結構臆病だね」


彼女はさらりと俺のコンプレックスを言ってのけた。その言葉に俺はピクリと反応する。


「あ、違うよ!今のは『君』って言いたかっただけで私の名前を言ったんじゃ……」


「わかってるよ。そう、俺は臆病者なんだ。だからお前とは友達になれない」


きっぱりと拒絶する。友達が増えるのは嬉しいことだがコイツは論外だ。俺の日常を壊しかねない。彼女は頬を膨らませて明らかな不服の態度を見せた。


「せっかく日本にきて友達百人つくろうと思ったのに…舞城王太郎とテクノウチ知ってる人なんてなかなかいないからなぁ」


「な、なぜそれを知っている!?」


「え?なに当たり?もしかしてテクノウチ知ってるの!?」


知っている。俺が中学生の頃気まぐれで買ったCDがそのテクノウチの新譜でそれを聞いて以来彼の大ファンなのだ。でもそれは両親すら知らないことだ。だから俺は誰にも話していない秘密をばらされたかの如く動揺した。木望は笑顔で俺の手を握りブンブンと振り回す。


「やっぱり!この二人を知っている人に悪いやつなんていないもん!」


「そんなの誰が決めたんだ」


「私ー!」


「はぁ……」


ため息をつく。態度から見るに相当気に入られたらしい。俺はとにかく逃げ出したかった。コイツをどう撒くか考えているといいタイミングで昼休み終了のチャイムがなる。


「おっと、そろそろ五時限目だ。俺はこれで」


早口でそう伝え俺は屋上を去る。彼女は「うん分かったー!」と言いついてきた。……間抜けなことにコイツと同じクラスなのを忘れていた。自分自身に軽く失望しながら俺は階段を下った。






五、六時限目は何事もなく終了した。木望がまた暴れだすと困るので五時限目が始まる前に「俺と友達でいたいなら問題は起こすな」と釘を刺しておいたのが功を奏した。彼女は真面目に授業を受けていた。

さて、そろそろ家に帰って読書をしよう。まだ読んでない本が山積みなのだ。帰りの支度を済ませ教室を出て昇降口に向かう。その時に一緒に下校する同級生たちを見る。……そう言えば友達と下校したことなんて無かったな。そんな親友がいつか出来るといいが。一人で凹みながら靴に履き替えて正門に出る。するとそこにはさっきまで教室にいたはずの木望が立っていた。


「あ!やっときた!待ってたよー!一緒に帰ろう!」


先回りされていたらしい。まぁ学校は終わったんだし一緒に帰るくらいはしてやってもいいだろう。俺は「そうだな」と一言だけ言い坂道を下る。高校を家からの距離で選んで正解だった。登下校にさほど時間はかからないから遅刻する心配もない。なにより鬱陶しいコイツを撒くチャンスなのだ。暫く無言で歩くとすぐ家の前についた。


「俺はこの辺で失礼するよ」


家の鍵を出してドアを開ける。荷物は適当にそのへんに放り投げ、二階の自室へ向かう。


「お邪魔しまーす!」


後ろを振り向くと余計なのもついてきた。俺は呆れて質問する。


「なぜ家に入ってくる」


「え?私達もう友達でしょ?」


「まぁ認めたくはないがそうだな」


「じゃあ放課後遊ぶのも普通だよね?」


「普通といえば普通だな」


「だから……お邪魔しまーす!」


ちょい待て。六行前からここにかけて何段かステップを大幅に飛ばしている気がするぞ。俺の心のツッコミも虚しく彼女は靴を揃えて脱ぎ「ふつつかものですがよろしくお願いします……」と間違った日本語で家にあがってきた。ここから追い返すのは至難の業だろうし諦めて茶でもしばいて適当にお帰り願おう。俺は木望を背にして階段を上がり自室のドアを開けた。見慣れた部屋だが女の子と一緒に入っただけで別世界のようになった気がした。


「日本の部屋ってちっちゃいんだね!」


「文句言うな」


あらかじめキッチンから持ってきたお茶とコップを机に置く。木望は本棚をキラキラした目で眺めている。


「それで、何をするんだ。あいにく家にはトランプはないぞ」


「えーとこれは読んだ、これも読んだ……なにこれ知らないのがある!新刊かな?」


「勝手に漁るな」


俺は彼女が散らかした本を本棚に戻す。何がしたいんだコイツは。


「えっと、今日ついてきたのは他でもありません!友達第一号の、えーと名前何て言うんだっけ?」


「………城ヶ崎明久だ」


「長いなぁ…じゃあアキ君ね!それで友達一号のアキ君には私の秘密を特別に教えちゃおうというわけです!」


秘密?俺は朝の事件を思い出す。あれと関係があるのだろうか。


「朝、転んだあとの私っておかしくなかった?」


「うん、まぁそうだな」


今もおかしいが。


「それが秘密の正体なのです!私はなんと……」


勿体ぶって溜めに溜めてから彼女は暴露した。


「私は……怪我をすると普段の数倍強くなれるのです!」


「……は?」


わけがわからなかった。彼女に順を追った説明を求める。


「んっとね、日本語だとなんていうんだっけな…なんちゃら症候群?そのせいで私は強い衝撃、怪我を負うと身体能力、観察力、洞察力、推理力、記憶力……全てが普通の人間の何倍にもなるの」


突拍子もない話についていくよう必死に頭を回す。……にわかには信じ難い話だがこれだと朝の女子高生机破壊事件の説明もつくんじゃないか?あのとき後頭部を強打したせいでその病気?が炸裂しあんな人格が目覚めたのだろう。


「あの時は軽く頭をぶつけただけだからせいぜい五倍くらいの力しかだせなかったけどね!」


「あ、あれでせいぜい五倍!?」


俺は驚愕した。あの跳躍はゆうにオリンピック選手の身体能力を上回っていた。そのなんちゃら症候群とやらは予想以上にすごいらしい。ということはもしかしてその傷跡…


「この病のせいでロシアでは探偵として東奔西走だったねー。事件を解決するために無理矢理大人たちに殴られたりして大変だったよ」


「そ、そんな過去が…」


彼女は「まぁ今ならそれすらも快感なんだけどね」と付け足す。もしかしてコイツ極度のマゾヒストか?若干引きつつ乾いた喉を潤すためお茶を飲む。彼女もお茶を一気に飲み干し話を続ける。


「ふぅ……だから身近で暗殺事件とか起きたら私を頼ってね!秒速で解決しちゃうから!」


彼女は胸を張ってふふーんと鼻を鳴らす。いや、日本はそこまで物騒じゃないから。でも彼女はそんな修羅場をいくつもくぐり抜けてきたのだろう。そして代償として残ったのが生々しい傷跡だと思うと少し彼女に同情した。

……俺はふと自分がちっぽけな存在だということを改めて実感した。俺と同い年なのに酷い目にあっても笑顔で生きているやつもいるんだ。逃げたくても逃げれなかったやつもいるんだ。そう考えるといかに自分は卑怯で姑息なのだと腹を立てた。そんな俺を見て木望は窓の外を見つめながら語りだした。


「私だって最初は怖かったよ。事件を解決するためとはいえ何も悪いことしてないのに怪我しなきゃならなかったんだから。でもね、人は適応できるんだよ。慣れるんだよ。克服できるんだよ。どれだけ時間がかかるかはわからないけど立ち向かおうとすれば必ずいつかは克服できる。それは私が保証する」


彼女の目は透き通っていた。まるで吸い込まれそうだった。あんな目が出来る高校生を見たことがない。あれは覚悟を決めた人間の目だ。二人の間に沈黙が流れる。数分たっただろうか。俺は耐え切れなくなって切り出した。


「今日は、その、悪かった。お前の事情も知らないで金輪際近寄るななんて言ってしまって」


「え、ああ。そのことなら別に気にしてないよ。大丈夫。わたし元気。」


誰かが優しさは強さの証だと言っていたのを思い出した。悲惨な過去が彼女の明るい人格を形成したのだろうか。それがいいことか悪いことかは分からない。分からないけど……


「今更虫のいい話ではあると思うが……俺からも言わせてくれ。俺と友達になってください」


コイツと友達になれば自分の中の何かが変わる気がした。第六感がそう告げている。俺が頭を下げると流石に困惑したのか木望は数秒固まって、それから嬉しそうな眩しい笑顔になり


「こちらこそ!よろしくお願いします!」


これが俺の親友候補誕生秘話である。






それからというもの俺たちは学校内外問わず遊び続けた。クラスでは好奇の視線に晒されたが不思議と気にはならなかった。何日も飽きずゲームしたり、本を読んだり、ブランコを漕いだり、寝たり、食ったりした。俺は楽しくて仕方なかった。人と一緒にいるのがこんなに楽しいとは初めて知った。こうしてクラスの間で俺と木望がデキている、なんて噂が流れ始めた頃、事件は起きた。

それは夏休みの前日だった。そろそろ本格的に暑くなってきたので学校の自販機につめた~い飲み物を導入するため業者を呼んだ日のこと。午後一時、昼休みが始まって間もない時間、校舎に男の悲鳴が響いた。何事かと職員や生徒がかけつけるとそこには腰を抜かした業者が壁に指をさしていた。


「ひ…人が死んでる……」


そこには苦悶の表情で既に事切れていた鈴木の首吊り死体がぶら下がっていた。





一時半、学校は生徒たちに帰宅を命じ校門にはパトカーが何台も来ていた。周囲には野次馬も見受けられる。俺と木望は逃げるようにその場を後にした。何故か居た堪れなかったからだ。帰り道、木望は口を開いた。


「まさか自殺しちゃうなんてね、鈴木君」


「苛められていたからな。誰にも相談できなかったんだろう」


「ふーん、アキ君って意外と冷めてるね。もっと取り乱すかと思ってたんだけど」


「別に……アイツとは何も接点がなかったからな」


俺がそう答えると彼女は黙った。気まずい雰囲気の中俺の家に着き、木望を招き入れる。放課後は城ヶ崎邸で遊ぶのが日課になっていたからだ。しかし接点がなかったとはいえクラスメイトが自殺し、死体を見てしまった。それにより俺たちは遊ぶ気力がすっかり抜け落ちていた。木望は携帯をいじっている。仕方ないので俺は本棚から適当に本を取り出した。本のタイトルは『完全自殺マニュアル』。ネットで評判だったので買ってみたが大して読まなかった本棚の肥やしだ。パラパラと興味なさげにページをめくる。すると『首吊り』という項目があったので少し気分が悪くなったが見てみることにした。

へぇ苦痛はなく縄一本で済み、なおかつ確実に死ねるのか。自殺方法の中では割とポピュラーらしい。興味を持った俺は隅から隅までを読み、最後に『様々な首吊り』の欄を見ていると頭の中にちょっとした疑問が沸いた。


「なぁ木望、お前鈴木の死体のこと覚えてるか」


「うん?そりゃ覚えてるけどどうかしたの」


「首吊りって痛みとかないらしいんだけど、なんでアイツは顔をあんなに歪ませた状態で発見されたんだろうな」


「……そういえばそうだね」


「それに首吊りには踏み台が必要だろう?踏み台を使わない方法もないことはないが今回は高いところからぶら下がった形だった。でも業者が発見したときには踏み台らしきものがなかった。……これっておかしくないか」


「つまり、アキ君は自殺じゃないって言いたいわけ?」


彼女は俺の確信を突く。そうだ、自殺にしてはあの死体はおかしい。でも……


「鈴木はもう死んじまったし、俺には関係ないか……」


今から学校に戻っても警察に追い返されるのが関の山だ。死体ともう一度顔を合わすことはできないだろう。そう考えていると木望がスマホを操作して得意げに画面を俺に見せつけて来た。見ろってことか?


「……っ!これって………!」


「そう、鈴木君の死体近くに設置しておいた監視カメラ。今警察が死体を調べているところだね」


なんでそんなもの仕掛けたんだ、と聞きかけたが愚問だった。彼女は探偵だったのだ。そこには画質はいいとは言えないが確かに被害現場が写っていた。木望はカメラと同じ場所に盗聴器も仕掛けていたらしく音声も聞こえてくる。


『これは……自殺にしては不審な点が多いですね』


『そうなんですか?』


『はい。そういえば貴方はこの子の担任でしたよね?まさかとは思いますがこの学校には苛めは存在していましたか?』


『……いえ、そのような事は一切なかったかと』


『……嘘を言わないでください。学校での自殺というのは99%苛めが原因なんです。被害者の無念を晴らすため、ご協力お願いします』


『……分かりました。全てお話します………』


『ご理解、感謝します』


そう言って先生は刑事に事の全容を話した。


『私、実は既に彼の死体を見ていたんです』


『見ていた?どういうことですか』


『私が裏庭の花壇で十二時二十分から五十分まで水やりをしていたら不審な音が聞こえたので体育館裏に行ったんです。そしたら苛めっ子の一人が首を吊っている彼の死体を動かしていたんです』


『動かしていた、とは』


『首を吊っていた彼を助けようとしたのか、はたまた自殺に見せかけるための工作だったのかはよくわかりません。でも確かに動かしていました。苛めが発覚したら面倒事になると校長にも口止めされていたので今までお話できなかったのですが………』


『分かりました。その苛めっ子の名前は?』


『斎藤君です……』


『ありがとうございます。でもなんでそんな重要なことを黙っていたんですか?殺人ですよ?』


『でも、担任の生徒を加害者にしたくなくて……それで……私……』


先生はしくしくと泣き始めた。


『………失礼しました。おい、斎藤君と話がしたい。彼をここに呼んでくれ』


刑事が部下らしき人に命じている。すると部下は走って画面外に消えてしまった。一部始終を見終えた俺はどっと疲れが溢れた。


「ほーやっぱりただの自殺じゃなかったんだね。お手柄じゃんアキ君!」


「……………」


俺は何も答えない。確かに今の話を聞く限りだと斎藤が自殺に見せかけて殺したことになる。目撃談もある。でも……何かが引っかかる。確証はないが何か、黒いもやのようなものが頭の隅に生まれた。


「アキ君?」


「だめだ……やっぱり引っかかる……」


「なにかまた見つけたの?」


「いや、そうじゃないんだ。強いて言うなら勘、だろうか。この事件はこんな単純なものじゃない気がするんだ」


「ふぅん……じゃあ真実を見つけてみる?」


「え?」


木望が突拍子もないことを言った。なんだ?真実を見つける、だと?どうやって?


「そうと決まったら私の家に行くよ!早く早く!」


「お、おい!引っ張るな!」


そう言われて俺は無理矢理家から引きずり出される。終始彼女に手を引っ張られながら歩くと大きな屋敷が見えてきた。その屋敷は少々年季が入っていてちょっとした心霊スポットのようにも見える。門の横には小さい表札が貼ってあり『木望』と書いてある。コイツ、こんなところに住んでいたのか。


「大したおもてなしもできませんがどうぞ~」


大きな両開きの扉を開けると中は想像通り廃墟同然だった。至るところに蜘蛛の巣が張ってあり、階段の一部は腐っていた。彼女は平気でその階段を上がると「こっちこっち!」と手招きしている。俺は軋む階段に不安感を覚えながらも彼女の姿を追った。


「えっと、ちょっと待っててね」


彼女はそう言うとポケットをまさぐっている。俺が今立ち止まっているのは廊下の一番奥にある壁の前である。部屋に入るんじゃないのか。そう思っていると木望は鍵らしきものを見つけたらしくヒビが入った壁の隙間に鍵を突っ込んだ。すると壁と思っていたものは大きなシャッターだったらしくゴゴゴという重苦しい音とともに横にスライドした。俺が驚いていると彼女は満足げな顔をしながら「まだまだこれからだよ!」と言った。どういう意味だろう。しかし彼女の後ろから隠し部屋を覗き込むとその意味がすぐ理解できた。


「なんだよこれ……」


「すごいっしょ?私の宝物だよ!」


そこには教科書やインターネットでしか見たことのない拷問器具が所狭しと並べられていた。日本のものから外国のものまで幅広く揃っている。彼女はそのうちの一つ、拘束椅子の肘置きに付けられたベルトを自分の左腕に巻きつける。


「さぁ!やっちゃって!」


「やるって……何をだよ」


「決まってるじゃん!はいこれ」


金属製のデカイ爪切りのようなものを渡される。まさか……


「それで私の指をちょん切って!」


「ば、バカなことを言うな!そんなこと出来るはずないだろ!」


俺は声を荒らげた。せっかくできた友達の大事な体の部位を破壊できるわけがない。馬鹿げている。こんなことをして何になるというのか。俺が立ちすくんでいると彼女は諭しだした。


「アキ君、君はまた逃げるの?自分が知りたいと思ったんじゃないの?君が人をどう思ってるか知らない。鈴木君の自殺も大したショックには値しなかったかもしれない。でもね、自分の気持ちにだけは嘘をついちゃダメだよ。私ってほら、嘘嫌いだから。通常モードでもそのくらいはわかるよ。だからお願い。自分に正直になって」


「………」


彼女の目を見る。彼女は至って真剣な、あの時見た透き通った、覚悟のできた眼差しをしていた。木望は本気だ。お遊びでこんなことをやってるんじゃない。俺の欲望に答えようとしてくれているんだ。なのに俺が躊躇ってどうする。友達の好意を無駄にするのか?覚悟を無駄にするのか?指を無駄にするのか?そう思った俺の中で新たな感情が芽生える音がした。


「……木望、本当に済まない」


「………そう、無理だったか。でも仕方ないよね。こんなこと突然言われてできるとは思っていなかったし…。鈴木君の件はこれで忘れようか!」


木望は拘束具を外そうとするが俺はそれを止めた。


「えっ……」


「俺は、自分に嘘をついていた。臆病者じゃなくて俺は大嘘つきだったんだ。人も騙し自分も騙し続けていた。そんな自分を今は恥だと思うようになれたよ。」


「ど、どうしたの急に」


「俺は変わりたい。もう二度と嘘はつきたくない。だから木望、我慢してくれ……!」


言い終えると俺は大きな爪切りもどきを投げ捨て、近くにあった日本刀を手に取る。そして混乱している彼女の腕に刃を振り下ろした。


「良子!!すまん!!」


ザシュ。

文字にするとそんな音がした気がする。彼女の拘束は解けていた。彼女自身が外したわけじゃない。俺が外してやったんだ。


「あ、あ、あ………………」


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


彼女の悲痛な叫びがこだまする。

そう俺は、彼女の肩から先の左腕を、切断したのだ。

拘束されたままの左腕は木望の元を離れだらん、と力なく佇んでいる。


「あぐっ……うぐっ…………腕が…………痛いよぉ………」


彼女は泣きながら左腕があった場所を押さえる。俺はハッと我に返り刀を放り投げ彼女のもとへ駆け寄る。


「木望!!木望!!悪かった許してくれ!!」


「うっ………はぁ…………ゃった」


「え?」


彼女は彼女ではなくなっていた。人懐っこく可愛らしい顔の面影はなく、転校初日に見た、凛とした『彼女』になっていた。『彼女』は苦痛で整った顔を歪ませながらはっきりと、こう言った。


「真犯人、分かっちゃった」







俺は木望を近くにあった救急箱から包帯を取り出し止血する。出血が酷い。こんな応急処置じゃダメだ。病院に行かなくては。俺が救急車を呼ぼうとスマホに手を伸ばした所彼女は右腕でそれを止めた。なぜだと問うたが返事をしない。いやできないんだろう。そして悟った。俺のために呼ばないんだと。俺は『彼女』の意を汲んでやると軽くなった木望を抱き抱え、学校へ走りだした。




女一人を抱えながら走るのはきつい。でも立ち止まったら全てが終わる気がして足を止めなかった。息を切らしながら学校へたどり着くとそこでは今にもパトカーに乗せられそうになっている斎藤の姿があった。


「……城ヶ崎!信じてくれ!俺は本当に知らないんだ!見ただけなんだ!」


「詳しい話は署で聞く!いいから大人しく入らないか!」


俺は彼女を地面に下ろすと刑事と斎藤の間に身体を割り込ませた。


「刑事さん、斎藤は、犯人じゃありません」


俺は断言した。突然出てきて何言ってるんだこの坊主は、と言いたげな顔をしている。「今からそれを証明します」と言うと後ろに置いてきた『彼女』に目をやった。『彼女』は痛みに耐えながらこちらに歩いてきた。


「き、君、大丈夫かね……?」


「え、ええ、平気よ。それより斎藤君は本当に犯人じゃないわ」


「……君もそういうのか。友達を信じたい気持ちはわかるが決定的な目撃談もある。覆すことはできない」


「ならこちらも目撃談と推理で対抗するまでですわ」


俺は警察の事情聴取から解放された業者の人を連れてきた。


「業者の方?悪いんだけど事件当時のことをもう一度最初から詳しく話してくれるかしら」


業者は目をぱちくりさせながらも我々の要望に答えてくれた。


「ええーっと、確か十二時四十分くらいに学校についたんです。チャイムが鳴ったから覚えています。後門からトラックを入れると積荷を校舎に運び出しました。大体五分くらいでしたね。そのあとトラックに戻るとホースを踏んづけていたので別の場所に移動させました。それから十五分くらい休憩したあとまた荷物を運ぼうと外に出たら……死体があったんです」


「ありがとう。………今のが証拠よ。分かってもらえたかしら」


「は、はぁ?なんのことだかさっぱりわからん!何が言いたい!」


木望は呆れながらも説明した。


「ちゃんと担任の先生の話を聞いていたのかしら?彼女は十二時二十分から五十分までの三十分間、ずっと水やりしてたのよ?」


「それがどうした!」


刑事が木望に食ってかかる。


「だからおかしいのよ。彼女は五十分に物音がしたから様子を見に行ったのよね?つまりそれまでは何もなかったということになるわ。でもそれが事実ならあったはずなのよ。何かがね」


木望の淡々とした説明が続く。


「いい?さっき業者の方は十二時四十五分にトラックでホースを踏んづけていたと言っていたのよ?ホースを踏んづけるとどうなるか知っているでしょう」


「水がでなくなるな………っ!」


「そう、水が出なくなるのよ。水が出なくなると花壇に水やりなんかできないわ。だから彼女はその時点で様子を見に行ったはずなの。でも行かなかった。それはなぜか。最初から花壇に水なんてやってなかったのよ」


刑事が神妙な面持ちで木望の話に聞き入っている。そこに当の本人である先生がやってきた。


「あら、ちょうどいいところに。せっかくだから事件の全貌を話そうかしら」


軽く歩き回りながら木望はどこも見ずに語り始めた。


「まず、鈴木君は昼休みに毎日体育館裏で苛められていた。だから今日も一人で向かったんでしょうね。担任である先生は勿論それを知っている。だから斎藤君たちが来る前に先に彼を絞め殺した。そして事前に用意していたロープで自殺に見立てた。でもそこに斎藤君たちが近づく音が聞こえたから、とっさの機転で凶器を隠した、いや、自然な風景に隠したのよ。それが水やり用のホース。先生は水やりをしているふりをして斎藤君たちをやりすごした。そして斎藤君が鈴木君を発見し死体をどうにか下ろせないかと格闘しているところを先生が目撃し、その後業者の方が発見した。……これが真実よ」


「な、何を言っているの!そんなのデタラメよ!」


すかさず先生が反論する。それに木望は一息つくと先生に向き直った。その冷たい眼差しを向けながら。


「私、嘘って嫌いなのよね」


「だからなによ!私の言っていることが真実なのよ!」


「そこまで言うなら鈴木君の死体の首元を調べてみたら?ロープの跡とは別のものが出てくるかも知れないわよ。それに、ホースがある園芸室には脚立もあったわよね?多分それをつかって工作したんじゃないかしら。あなたの靴と脚立についた足跡を照合すればきっとその結論にたどり着くわ」


「そ、そんな………」


先生はパタリと地面に膝をつけると観念したのか両手を前に差し出している。それを見て刑事が木望の推理に驚愕しながらも手錠をかける。『彼女』はそれを見つめると表情一つ変えずにこちらに歩み寄ってきて、「帰るわよ」と一言。遅れないよう慌てて俺はついていった。後ろからはパトカーのサイレンの音が鳴り響いている。ドップラー効果でその音の高低が変わるのを聞き届けながら帰路に着くのであった。









「いや~まさか腕一本失うとは思ってなかったよ~!」


翌日、学校は休みとなり俺は木望の家に来ていた。彼女は右手のみでお茶の準備をしているので多少時間がかかった。俺はそれが見ていられなくなり話題を変えた。


「………それにしてもあの殺人トリック、結構簡単だったな。ミステリーといったらもっと手の込んだトリックだと思っていたんだが」


「あーそれ?気になっちゃう?」


木望は器用に片手でお茶とお菓子を乗せたお盆を持ってきてテーブルに置くと「説明しよう!」と鼻高々に語り始めた。


「人ってのはね、殺人を犯すとき確実に殺すことしか眼中に入らなくなるの。綿密な準備をする暇があったら殺す、そのくらい人の殺意ってのは強いんだよ。だから機転を利かせたところで前準備もなければせいぜいあの程度が限界。すぐバレちゃうってわけね。巧妙なトリックってのは小説の中にしかないの」


「ふーん……やけに犯罪者の心理に詳しいな」


「そりゃ探偵ですから!それにこの世界~……は言いすぎか。日本の高校生の中で一番命を狙われた自信があるよ」


彼女は当たり前のように言ってのけた。やはりすごい世界に住んでいたんだな木望は。俺が感嘆していると彼女はいやらしい目つきになり、俺が必死で逸らそうとしていた話題を取り出した。


「それにしても~こう片手一本じゃ流石に生活に支障をきたしちゃうな~」


「ぐっ………何度も謝ってるじゃないか」


「でも人の腕一本だよ?私Japaneseマフィアじゃないのに指どころか腕まるごとだよ?ひどい話だと思わない?思うよね!」


詰め寄られて俺は申し訳ない気持ちになった。クソッあの時の俺はどうかしてた。女の子の腕を切り落とすだなんて正気の沙汰じゃない。警察に捕まっていたのは先生だけでなく俺もだったのかもしれない。でもコイツは「別に裁判起こすつもりなんてないから安心してよ~」と言っていたから油断していた。精神的に攻撃、俺の良心の中に土足どころかスパイク靴でずかずかと入り込まれた気分だ。


「わかったわかったわかったよ!!責任取ればいいんだろ!!畜生!!」


「お、具体的にその方法を教えてくれるとありがたいのですが?」


俺は勇気を振り絞って彼女を正面に捉える。

俺は変わったんだ。目の前の少女のおかげで。逃げないと誓ったんだ。嘘をつかないと誓ったんだ。そして彼女にした罪を一生をかけて償うと誓ったんだ。早まる鼓動を沈めながら俺は口を開いた。


「それは…………」


「そ、れ、は?」










あの事件から五年後、俺はロシアで探偵業を営んでいた。だが業績は芳しくない。今日も依頼が来ないので業務机でコーヒーを飲みながら回転椅子で遊んでいると妻が飛び出してきた。


「あなた!またぐるぐる魔人が出たんだって!近くの駅で被害者が倒れてた!」


「本当か!?」


俺は立ち上がり、白衣を羽織り、地下室へ降りる。妻も後ろから付いてくる。


「今日こそ捕まえちゃうよ!さぁ!カモン!」


自ら拘束椅子に座った彼女に鎖を巻きつける。慣れたものだ。

そして近くにあった長槍で妻の肩、胸、腹、太ももを次々と刺していく。


「ガハッ!………うぅ……痛い……痛いよぉ………」


この作業に抵抗は感じなくなってきたが今でも好きになれない。だが妻は悲鳴をあげつつもどこか嬉しそうだ。

数十箇所刺しただろうか。俺は槍を床に置き訊ねる。


「どうだ?」


「…………す」


「す?」


「すごいきもちいい……………」


まだ足りなかったか。俺は槍をもう一度持ち直し更に刺し続けた。

そんな城ヶ崎探偵事務所、本日も血みどろフィーバーで営業中です。

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すごいきもちいい 清浄院夏海 @switchge003

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