火と風と水、森に抱かれた山村。岩と滝と歌、まだ見ぬ夕焼けの海。

山奥にあるその村では、10年に1度、うたまつりがおこなわれる。
岩の下に封じた妖怪を抑えるため、歌媛が祭事の歌をうたうのだ。
代々の歌媛を輩出する緋方家は、村でも特別な扱いを受けており、
主人公、19歳の深雪も遅まきながら「緋方の血」を自覚し始めた。

深雪には、不思議と印象深い記憶がある。
10年前のうたまつりのころに見掛けた男。
彼は一体、何者だったのだろうか。
なぜ寂しげな様子だったのだろうか。

物語が進むにつれ、山村の女たちの心模様が浮き彫りになり、
歌媛の血に秘められた使命と宿命が深雪の身を縛ろうとする。
一方で、連綿と続くはずだった因習にも変化の兆しが現れた。
深雪が森で出会った人は──出会ってはならなかったのか?

どこか物悲しげなストーリーは、太古の記憶を見るに至り、
どうしようもない苦しみと切なさを読者の前に連れてくる。
千年の時を経て、火と風と水の情念と恋情はどこへ向かうのか。
希望を予感させる力強いラストシーンがとても印象に残った。

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