山奥にあるその村では、10年に1度、うたまつりがおこなわれる。
岩の下に封じた妖怪を抑えるため、歌媛が祭事の歌をうたうのだ。
代々の歌媛を輩出する緋方家は、村でも特別な扱いを受けており、
主人公、19歳の深雪も遅まきながら「緋方の血」を自覚し始めた。
深雪には、不思議と印象深い記憶がある。
10年前のうたまつりのころに見掛けた男。
彼は一体、何者だったのだろうか。
なぜ寂しげな様子だったのだろうか。
物語が進むにつれ、山村の女たちの心模様が浮き彫りになり、
歌媛の血に秘められた使命と宿命が深雪の身を縛ろうとする。
一方で、連綿と続くはずだった因習にも変化の兆しが現れた。
深雪が森で出会った人は──出会ってはならなかったのか?
どこか物悲しげなストーリーは、太古の記憶を見るに至り、
どうしようもない苦しみと切なさを読者の前に連れてくる。
千年の時を経て、火と風と水の情念と恋情はどこへ向かうのか。
希望を予感させる力強いラストシーンがとても印象に残った。
代表的な異種婚姻譚を挙げるとすれば、たとえば『鶴の恩返し』がある。
鶴が人に化けて機を織り、助けてくれた青年に恩を返すという筋書きだ。
鶴は有益な怪異としてその影を人前に現す。そして人はその美しさに魅せられるのである。
だが、それでも正体を暴いてはいけない。
見えざるものは観測されることでその能力を失う。
もともと棲む世界が違うのだ。
人は此岸に生き、怪異は彼岸に生きる。
どんなに近づこうとしても決して結ばれる道理はない。
それでも人は人智を超えた存在を求めてしまう。
異種婚姻譚がいつの時代も人を惹きつけてやまないのはきっと、
見えないものへの畏れ、そして憧れがあるからだろう。
本作はこれらの情念が丁寧に描かれています。
ハンカチを用意してから読まれるのが良いでしょう。
しっとりと繊細な語り口で描かれる、昔話に出てくる日本の風景を描いたような別世界を舞台にした、純粋な愛の物語です。あまりにも純粋過ぎて、相手を傷つけてしまうような。
読み進めていくうちに、彼らに救いはあるのかしら……とちょっとハラハラしてしまう展開も。悲しみの中に希望を見出すことも出来る、と教えてくれる、そんな作品です。ぜひ、星のきれいな夜に、しんみりと心に残る物語を読んでみて下さい。。
この作者さま、色々なジャンルの作品を書かれていて、才能にあふれている方なんだなぁ、と感心します。私は個人的に「~しか紹介する気のない観光案内」シリーズがお気に入りです。このファンタジーとは全く違った文体ですが、会話の面白さが絶妙でおススメです。