面妖な金属男
高尾つばき
天才、珠三郎の平凡な一日
ひとつ質問しよう。
よく聴いてくれたまえ。
きみは、金属は好きかな、かな?
小銭をこよなく愛すきみなら、むろん「好き」だと答えるだろう。
だって硬貨は紛れもなく金属なんだから。
道端や駅の券売機の前に落ちている硬貨を目にした時、少なくとも十円以上だと瞬時に見て取れば、間違いなく拾っちゃうだろう?
グフフッ。
まあ一握りのセレブ以外の一般人なら、当たり前の本能ってやつさ。
恥ずかしがらなくてもいいんだよ~ん。
一方、ボクはその一握りのセレブ。しかも超がつくお金持ちだけど、
なぜなら、金属をこよなく愛しているからね。
だからたまに、五百万円ほど銀行ですべてを一円硬貨に両替するのさ。
持ち帰るのにちょっと重いけど、アルミニウムはカワイイぜえ。
バッサアと床にぶちまけて、その上へダイビング。
ク~ッ、これが堪らないんだなあ。
ああ、まただ。
済まない。
自己紹介が遅れっちゃったぴよ~ん。
ボクは
月割りすれば、一ヶ月に八百三十万円を超える現金が手元に入ってくる計算だ。
おいおい、急にあらたまってどうしたの。
金額を聞いて驚いたのかな、かな?
庶民のきみには、気の遠くなるような話だって言うのかい。
何か悪事に手を染めているのかって顔つきだな。
グフッ、グフッ、いやあ、ちゃんと真っ当な労働をして得た、キレイなお金だぜ、だぜえ。
言ってなかったっけ。
ボクはIQ百九十の超天才発明家だって。
あのエジソンでさえ超える、神が現世に遣わした偉人だ。
いずれボクの自叙伝がベストセラーになるだろう。
日本が世界に誇る天才発明家の生涯を、脚色抜きにドラマティックに描く予定だから。
中学校の現国の教科書に、一部が抜粋されて掲載されるだろうさ。
もちろん社会科、理科の教科書にもボクの名が掲載される。
当然だな。
うむ、もう理解できたみたいだね。そうだよ~ん、ボクは人類に貢献する歴史的な発明を、鼻クソをほじりながらしちゃう超人。
その特許料が、寝ていてもボクの銀行預金口座に振り込まれてくるわけ。
それにさ、米国のNASAと顧問契約をしているからね。
ちょっとアドバイスしてあげるだけなのに、きっちり顧問料を毎月振り込んでくれるのさ。
おしゃべりで、喉が渇いたなあ。
冷蔵庫でキンキンに冷やしたサラダ油があるけど、きみも飲むかい?
ボクの脳は常にこの油を欲するんだ。
クルマのガソリンと同じ。
毎日二リットルは摂取するから、サラダ油はもちろんケース買いだよ。
身体に悪いって?
グフフッ。
それはボクのこのギリシア彫刻のような肉体を見てから言ってくれたまえ。
昔から女子の熱い視線を浴びる、男子からは羨望の眼差しで見つめられる、黄金比で形成された罪な肉体美をさ。
身長は百六十センチを少し切る長身だ。
幼稚園の年長さんたちが、尊敬の眼差しで指さしながら見上げてくるんだ。
それに対して体重は百とび三キロ。
体脂肪率なんて、軽く五十パーセントを越えているんだな、これが。
凄いだろ。
褒めてもいいんだぜ、だぜえ。
ほら、顔の下がすぐに胴体だ。
つまり首を脂肪の層が隠してくれている。
首はもろいからね。
危険な現代社会を生き抜くために、肉体が順応しているのさ。
近代化、と言ってもいいだろう。
皮下脂肪の層が厚いもんだから、夏になると湧いてくる藪蚊が少しかわいそう。
だって新鮮なこの天才の血を吸おうとしても、吸い取れるのは脂だけなんだも~ん、グフフフッ。
ボクは一日の大半を、こうして
遠くを見る必要がないからだな。
どうだい、このメタルフレームのレンズ越しにボクに見つめられたら、性を問わずにクラクラっとしちゃうだろう。
常に目を閉じているように思わせながら、実は眼光鋭く相手を観察しているだなんて凡人のきみらは気づかないだろうけど。
黒目と白目が区別できない、どこを見ているのかさえわからない、このシャープさも魅力のひとつってわけ。
十八歳なら、飛び級で大学院を卒業したのかって?
愚問だな、グフグフッ。
ボクを指導できる頭脳の持ち主が、教育の現場にいるわけなかろう。
あまりに授業がつまらなくて、中学を中退してやったんだから。
ボクの脳は一度視覚で確認すれば、パーフェクトにインプットできる。
しかもだ、そこから応用する能力が際立っているから、将棋の棋士みたく超高速で頭の中にフローチャートを描いていくんだぴょ~ん。
これでボクが真の天才であり、偉人であるということが理解できたかい。
ところで、ここで質問だ。
ボクはいったい誰に向かって話しているんだろう。
きみはさっきからPCの液晶画面上
でチョコチョコ動き回っているけど、スクリーンセイバーくんだろう?
やはりそうか。
なるほどね、これで合点がいったよ。
グフフフッ。
道理でボクの声しか聴覚が
つまりはボクの独り言、そういうことだね、ワ~ッハッハッ!
さて、独り言ついでに、金属の話で盛り上がろうか。
ボクの特許の大半は金属に関係している。
金属についてウンチクを語っても構わないのだが、シロウトさんには魔界の呪文にしか聴こえまい。
重金属、軽金属、それにレアメタルと言われる希少金属、合金などがある。
鉄やアルミだけじゃあないんだぜ、だぜえ。
ボクはここだけの話、金属の種類を臭覚で当てられるんだ。
どう、凄いだろう。
ステンレスやジュラルミンはもちろんのこと、現存する金属全てをさ。
それも匂いだけでね。
これが結構役に立つ。
先日のことだ。
ボクは新しく口座を作ろうと、少し遠方の銀行へ出向いた。
移動にはオートバイを使用する。
今愛用しているのは、NASAの友人が空輸で贈ってくれた、千七百シーシーのハーレーダビッドソン・ロードキングだ。
免許?
必要ないだろう、天才のボクには。
十五歳の時から大型バイクに乗っているけど、三年間、無事故無違反無免許さ。
無違反と言ったけど、既存の法律でボクを縛ることは不可能だって意味だ。
警察官に捕まらなければ、違反は違反とはならないんだぴょ~ん。
スピードになんら抵抗感のないボクは、国道なら大抵百五十キロくらいの速度で風のように駆けていく。
違反車を追いかける白バイを、横からスイ~ッと抜いてやるんだ。
グフフッ。
外出する時に、自宅マンションは一切施錠はしないのがボクの主義。
理由を訊くのかい?
内緒だぜ、だぜえ。
実はこの賃貸マンションの鉄製玄関ドアには、五十万ボルトの電圧を流しているんだ。
ただし電流は数ミリアンペアと低く設定してある。
だからスタンガンと同じで、殺傷能力はないのさ。
たまに玄関前で、勧誘や宅配便のおにいさんが感電して気絶している時もあるんだぴょ~ん。
空き巣狙いでもやろうものなら、ドアノブに触れた瞬間にビリビリビリッて寸法さ。
冬場に発生する、静電気の比じゃないもの。
ボクも考え事をしていて、うっかり電源を落とさずにドアに触れて意識が飛んでしまうこともある。
二日ほど玄関先で倒れていたこともあったっけ。
ワ~ッハッハッハ~ッ!
まあよしんば室内へ侵入してきたとしてもだよ、ほら見てごらん。
二DKの作りなんだけど、床が見えないくらいさまざまなモノが置いてあるだろ。
自動車のバッテリー、空き缶、ペットボトル、ガソリンの一斗缶、新聞紙の束は言うに及ばす、マネキン人形に寄生虫のホルマリン漬けや、数千枚のCDに壊れたブラウン管。
フラスコやビーカー、試験官に劇薬の入った薬瓶。
いったい誰が持ちこんだのか、正体不明の和人形まで置いてあるんだ。
おっと、ゴミ屋敷などと品性に欠ける名称は禁句だぜ、だぜえ。
なぜなら、何がどこにあるのかってことは、すべてこの脳が把握しているからね。
積み重ねられた科学雑誌の下には未使用の強力火薬が収められた紙袋があるし、気の遠くなるようなタコ足配線だって何の電源かはすぐにわかるって具合さ。
下手に触ろうもんなら大爆発を招く。
角部屋をいいことに、玄関前の廊下にも大量に品物を置かせてもらっているしね。
グフッグフッ。
だから施錠は必要なし、ってことさあ。
うん、確かに生ごみも配置してある。
このマンションに越してきてから、ゴミ捨ては一度たりとてしちゃあいないしね。
生ごみの
元が何だったのか、さすがに覚えちゃいない。
臭い?
ボクの臭覚は、金属以外には無反応だからね。
ま~ったく気にならないさ。
そうそう、銀行へ出かけた時の話だったね。
ボクは銀行のドアの真ん前に愛車を駐車した。
車道が混んでいたから、歩道を一キロほどそのまま突っ走ってきたんだ。
ボクの華麗なるアクロバット走行に、通行人は歓声を上げながら拍手喝采さ。
スラロームで、クイックイッとね。
窓口前のソファに、ボクは身を委ねていた。
「うむむっ」、ボクの臭覚がそれを捉えた。
鉄にクロームモリブデン鋼、真鍮や銅の香りが混然一体となって漂ってきている。
親指が軽く入るボクの二つの鼻孔がね、微かな匂いをキャッチしたのさ。
この組み合わせはいったい何を意味するのか。
ボクの脳が超高速で演算を始める。そして三秒後にある仮説を打ち立てた。
ここにもしジアゾジニトロフェノールの匂いが重なっていたのなら、疑いようもなくアレの存在が肯定できる。残念ながら、ボクは金属しか嗅ぎ分けられない。
えっ?
舌を噛みそうなその横文字は何だと訊くのかな、かな?
はあっ、少しはきみも学習したまえ。
それは雷管用起爆薬じゃあないか。
簡単に言ってしまえば、拳銃等の火器を懐に忍ばせた
真理を見通すボクの鋭い視線が、素早く匂いの元を捜す。
いた!
入口のATMコーナーから、こちらにゆっくり歩いてくる不審人物が。
拳銃を使って銀行強盗を行うつもりなんだな。
グフフッ、まさかボクのような正義の味方が待ち構えているとも知らずに。
平日とはいえ、窓口の前に設置してあるソファには大勢の来店客がいる。もし拳銃を向けられ発砲でもされれば、とんでもない惨劇になるだろう。
一度は銀行強盗の現場を間近で見たいな、とも思ったけど、やはりここはボクが食い止めてあげよう。
ボクの脳がどうやって銀行強盗と対峙すべきかを、スーパーコンピュータ以上の速度で計算していく。
あらゆるシーンが頭の中を駆け巡る。
三秒後に、ピンと解を導き出したんだ。
ボクは書記台にあるメモに素早く文字を書き込み、手近な窓口に音もなく近寄った。
二十歳代後半とおぼしき女子行員がボクを見上げ、微笑みながら、いらっしゃいませと口にする。
ボクの凛々しい表情に、彼女はポッと頬を赤らめた。
まあいつもの女子の反応だ。
本来なら声優顔負けのバリトンボイスで、お世辞の一言でも言ってあげるところだが、今はそれどころではない。
ボクはちらりと後方を確認すると、無言のままメモを差し出した。
女子行員は上気した表情のままそのメモを手にし、書かれた内容を見たとたん、赤から白、そして真っ青な顔色に変わる。
カメレオンみたい。
メモから顔を上げ、緊張した面持ちでボクを見る。
無言でボクは頷いた。
この時のボクは、彼女にとって誰よりも心強く映ったことだろうな。
本物のヒーローと対面できたのだから。
その女子はボクの意図を素早く読み取ると、テラーズ・マシンにある紙幣や、カルトンに乗せていた札束を銀行用の袋に入れた。
ボクは彼女の機転に、心の中で称賛を送った。
三千万円ほど入れられた袋を、震える手でボクにさしだしたんだ。
ボクはもう一度頷いて、とっておきのウインクを彼女に飛ばしてあげる。ただ普段から両目を大きく開けることのないボクだから、ウインクしても気づかないだろうけど。
グフフッ。
ボクはその袋を胸元で抱えると、素早くきびすを返す。
そして憎っくき銀行強盗の前に立ちはだかってやったさ。
やっこさん、まさか拳銃を出す前に現金が突き出されるとは思ってなかったのだろう。
ハッと顔を上げて、ボクを見た。
このチャンスをボクは狙ったのだよ。
先ほど窓口のレディに、『声を立てないで。今すぐにありったけの一万円札の束を袋に入れてほしい。理由は簡単。ATMコーナーからやってくる男は、銀行強盗なんだ。
実弾を装填した拳銃を所持している。お客さんに被害が出るとまずい。用意してくれた現金はボクが奴に渡すふりをする。
そのタイミングで緊急サインを出してくれたまえ。
百万本の薔薇より美しいきみへ、正義の使者より』とメモ書きを渡しておいたんだ。
直後だ。
先ほどの女子行員が緊急時の合言葉、
「し、司令官殿っ、第三戦車隊長の殴り込みです~!」
金融機関には必ずこれがあるんだぜ、だぜえ。
女性職員は、後方へ叫んだ。
気付いた数名の男性行員が、カラーボールやサスマタを掴んでフロアへ飛び出してきた。
それでようやく来店客たちは異変に気づいたんだ。
ウワーッっという怒声が上がり、逃げ惑う人や強盗を捕えようとする行員たちで、たちまちフロアはてんやわんやさ。
銀行強盗はサスマタで床に転がされ、その上から次々と人が重なっていく。
ボクはどんどん身体を押されて、いつの間にか入口から外へはみだしていた。
あわれ銀行強盗は、これでお縄だ。
パトカーのサイレンが聞こえてくる。
ボクは本来なら銀行強盗を未然に防いだ立役者として、トップニュースに顔がでるんだろうけど。
当たり前のことをしただけなんだから、そんなことで有名になりたいとは思わないし。
だから騒ぎに紛れてボクは帰ることにした。
うん、それなんだ。
この自宅にもどった時に気づいた。
女子行員に用意させた現金の入った袋を、持って帰ってしまったことにさ
返しにいくのはやぶさかではないけど、ほら、ボクが行けば必ず引き留められて警察から表彰だの、マスコミの取材だのってなるだろ。
イヤなんだ、そういうのって。
だからお金は返していないんだぴょ~ん。
隣室の本棚にそのまま突っ込んである。
だってえ、お金には不自由してないからなんだも~ん。
ただ未だにわからないのだが、やっこさんのスタイルだ。
銀行強盗をやるからには、サングラスやマスクは必須アイテムのはず。
だけど違ったんだ。
灰色の登山帽に灰色の古びた上下のスーツ、白いカッターシャツにはべっ甲のループ・タイ。
色のはげた革のショルダーバッグをたすき掛けにし、手には金属製の杖を……おやあ、そういえばあの杖から問題の香りが漂っていたような。
まあ深くは追及すまい。
事件は未然に防げたんだから。
老人を装っていたに違いないさ、銀行強盗は。
どうだい、これでボクが金属をすこぶる愛でているってことが理解できたかな。
しかも正義の心を胸に秘めた、孤高の天才であることもわかってもらえたと思う。
そんなボクは今、とてつもなく魅了されているものがある。
グヘヘヘッ、聴きたいかい。
仕方ないなあ、特別にこっそり教えてあ・げ・る。
その前にちょっと小腹が空いたな。
ボクはマヨネーズを栄養補給源としている。
ちまたでは栄養補給用にドリンク剤やサプリメント、ゼリータイプと商魂たくましいメーカーが手を変え品を変え、色々と商品を提供しているね。
でもボクに言わせれば、マヨネーズほどバランスの優れた食品はないな。携行するにも便利だしね。
チュルチュルすすれば、身体中にエネルギーが充満していくのがわかるよ。
和洋中、どんな食事にも合うしね。
一度NASAの友人がJAXAに来たついでに、ボクを三ツ星のフレンチレストランへ連れて行ってくれたことがある。
予約がなかなか取れない、超有名店だったらしい。
そこでフルコースを一緒に食べたんだけど、ボクは持参していたマヨネーズをすべての料理にかけてやった。
前菜のキッシュローレンと旬の野菜二種盛り合わせ、シェフのこだわりポタージュスープ、金目鯛、赤海老、帆立貝とキノコの紙包み焼きプロヴァンス風、牛タンシチュー。
さらにA5ランクの黒毛和牛のポアレ、彩々野菜のロースト添え、バケット、そして手作りデザート四種盛り合わせ、すべてにだ。
これがすこぶる美味だったんだなあ。
やはりマヨネーズは、フレンチにもピッタリと合ったよ。
でもその後、なぜかそのお店には出入り禁止になってしまったんだ。
う~む、なぜだろう?
話題をもどそう。
実は昨年まで、ボクはテレビを持っていなかったんだ。
だってPC一台あれば事足りる時代なんだぜ、だぜえ。
だからもっぱら仕事中はラジオでBGM。
部屋に五台のラジオを置いてさ。
AM二局、FM二局それに短波放送を二十四時間つけっぱなしだ。
おいおいボクはなんども言うけど、天才なんだから。
五つの放送くらいはすべて聴き分けられるさ。
奥さま向けDJの与太話に子ども相談コーナー、ポップスに落語、それと外国語のニュース。
それぞれしっかりと脳が処理してくれるから、同時に聴いたって大丈夫なんだ。
ぐふっ、うらやましいだろう。
ある日のことだ。
FM局で最新のポップスが流れた。
その時だ。
まるで玄関ドアに流している電気が、直接ボクの身体に飛んできたような衝撃が走ったんだ。
なんでも、日本で今もっとも人気のあるアイドルグループが歌う曲らしい。
音楽なんてとんと興味がわかなかったけど、それから度々耳にするようになった。
聴けば聴くほどボクの心を染めていくんだ。
アイドルって、いいじゃ~ん!
それからPCを使って、とことん研究することになる。
ちなみにボクはハッキングも得意としている。
だから日本中のアイドルグループについては、分単位のスケジュールまで把握できるようになった。
所属事務所のサーバーから情報を抜き出すなんて、鼻くそをほじりながらでもできちゃうからね。
ボクはいったん興味を覚えると、まっしぐらに追究する性質である。
障害があればこの脳髄を駆使して、あらゆる手立てを講じて手に入れなきゃ気が納まらないんだ。
大きな困難が目の前に現れると、ボクはクールな微笑みを自然と浮かべてしまう。
やれやれ、凡人のきみも微笑みを浮かべるってか。
それは顔面が引きつっているんだよ。
でもたまに、沈着冷静なボクでさえ、イライラが限界に来る時もある。
せいぜい一週間に二回あるかないか、程度だけどね。
その瞬間だ。
頭が真っ白になって、ハッと気づくと食器や電化製品が粉々に砕け散っているのさ。
どうやら無意識のうちに、身体が勝手に手近な品物を壁に叩きつけているようなんだ。
うん、我に返ってその惨状を目にして、また笑みを浮かべる始末さ。
苦笑ってやつかな。
お手製の爆薬(あっ、これはそこの積んだ下着の中に置いてあるよ)を投げつけなくて良かった、と胸をなでおろすこともしばしばさ。
サイコパスゥ?
生ぬるいっ!
ふふん、天才のボクの前では、世界中のサイコパスどもがひれ伏すさ。
ボクはもはや、神に最も近い存在であるのかもしれないんだぴょ~ん。
そう、それでね、生まれて初めてテレビも買った。
八台だ。
だってボクの住む地域では八つのテレビ番組が観られるからに決まっているじゃ~ん。
設置スペースかい?
ほら、上を見てごらん。
天井さ。
液晶画面は八つとも、天井に組み込んであるんだ。
だから今ではテレビとラジオ、合わせて十三種類の音声が部屋の中で飛び交っているよ。
もちろん聴き分けるのは造作もないこと。
仕事に疲れて椅子の背もたれをグイッと傾けて天井を仰げば、八つのテレビ番組が鑑賞できる。
これは結構ストレス解消になるね。
さらにだ。
世の中にはこのアイドルを目指している女子が、実に多いことも新鮮な驚きであったよ。
猫も杓子もアイドルになりたがるんだね。
中にはさ、おいおい、きみはアイドルよりもお笑い向きじゃあないのかい、なんて言ってしまう子もいるけど、けど。
お蔭でボクは趣味が仕事以外にもできた。
当然ながら気に入ったアイドルグループのファンクラブに、どんどん入会したよ。
会員証だけで机上のケースが満タンさ。
グヘヘヘッ。
追っかけって言うのかな、アイドルごとに親衛隊みたいなグループがあるんだ。
それにも参加している。
仕事で部屋にこもりっきりだったボクが、月の半分はコンサートやイベントに参加するために家を空けるようになるだなんて。
アイドル恐るべし、だよ~ん。
アイドルとして、まだ本格デビューしていない子たちにも目を付け始めた。
この中から将来日本を、いや世界を席巻するアイドルが誕生するかもしれないんだぜ、だぜえ。
そういう子は情報が少ないけど、ボクのハッキングや親衛隊仲間が足で稼いだ情報を元に応援しにいくんだ。
親衛隊の中には犯罪すれすれの事を起す奴もいるのは、悲しいかな事実だ。
ストーカー行為や、自宅マンションにこっそり忍び込んじゃうんだな。
そんなアブナイ橋を渡らなくてもさあ、握手会の時にボクが発明した超小型のGPS発信装置を、さりげなく相手の指輪やピアスに装着すればいいんだよ。
希代の天才発明家であるボクにかかれば、米粒より小さな発信装置なんて楽に作っちゃうし。
あの子は今どこへ向かっているのか、なんてのはPCの地図ですぐにわかるから便利いいぜえ。
ただね、彼女たちはすこぶるカワイイんだけど、ボクの脳はいたって冷静なんだ。
つまり、この子しかいない!
って決定的なストライク・ガールにはお目にかかってないのさ。
こうなったら、もっとのめり込んでやろうかとも考えているんだ。
将来、この天才発明家の良き伴侶となるアイドルの子を徹底的に捜してみようかな、とね。
今ごろどこで何をしているのかと想像するとね、グフフッ。
いかん、
おっと、すっかり話し込んでしまったようだな。
くれぐれも今のボクの話は他言無用で頼むよ。
うん?
そうか、きみはスクリーンセイバーくんだから、そこから動けないんだっけ。
グフッ、グフッ。
~~♡♡~~
それから三年後。
珠三郎は、人知を超える壮絶な怪事件に巻き込まれることになる。
そして、神の導きにより出会う女子こそ、珠三郎が追い求めている究極理想の相手であった。
それは、また別のお話である。
えっ?
そのお話が気になるって?
仕方ないなあ、こっそり教えてあ・げ・る。
『魔陣幻戯~アイドル志望は時給戦士』、『千年魍魎〜アイドル志望は時給戦士・外伝』っていう物語。
天才珠三郎は、脇役なんだけど、けど。
了
面妖な金属男 高尾つばき @tulip416
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