声の大切さ
「ああ~。やっと解放された~」
次の日の放課後。私は一人残った教室で身体を伸ばした。部活動に所属する者はその部活に行き、帰宅部の者も既に帰っている。私も帰宅部なので帰るべきなのだが、いつも一緒に帰る明里が何か用があるらしく、それが終わるまでこうして待っているのだ。
「はあ~。なんか目まぐるしい日々だったわね」
一人でいても何もすることはない。先程まで携帯をいじっていたが、興味をそそられるニュースもゲームもなく、自然と今日まで起きた出来事を振り返っていた。
文化祭の日にカボチャのマスコットで身を包み、校内を宣伝して回った。その途中、誰かとぶつかり倒れ、知らぬ間に殺人犯と間違えられてしまう。困った私はセイタン部という謎の部活に依頼して……。
「本当に解決してくれるなんてな~」
ただの高校生。依頼しておきながらも、心のどこかでは無理かもしれないと常に引っ掛かっていた。しかし、伊賀先輩を始めセイタン部の三人は私の疑いを晴らすため必死に動き回り、こうして見事解決まで導いた。
「それも、一番活躍したのはあいつなのよね」
今も脳裏に焼き付いているあいつの後ろ姿。
声を聞くだけで嘘を見破れる能力を持ち、そして声優が大好きなオタク、蜷川祐一。堀江由衣という声優と声が似ている私は、彼に散々な目に遭わされた。今思い出すだけでも腹立たしく、ムカムカと怒りが沸き出てくる。
しかし、蜷川があれだけ声優、声に執着していたのには理由があった。それは声優を務めていた母親の影響。病気でもう亡くなってしまっているが、その母親との一つの約束をした。『声を大事にして欲しい』、と。それを守っている蜷川に対し、私は声優をバカにした。それが原因で喧嘩をしてしまう。
セイタン部のメンバーからしたら、その時点で私の依頼を投げ出してもおかしくなかった。だが、彼らは最後まで私のために活動してくれた。驚きながらも、今は感謝の気持ちで一杯だ。
「ちゃんとお礼言わないとな」
明日にでもセイタン部に顔を出して感謝の言葉を伝えよう。そう私は思った。
「……というか、明里のヤツ遅いな。何やってるんだろ?」
一緒に帰ろう、と声を掛けたが「ごめん、ちょっと寄る所があるから待ってて」と言い残し、明里は姿を消す。あれから三十分くらい経っているだろうか。窓から見える景色が紅く染まり始めている。
先に帰ろうかな。そう思って立ち上がろうとした瞬間、教室のドアが開かれた。
「ごめん由衣、お待たせ」
「遅いよ明里。もう帰ろうか、と……」
文句を言おうとしたが、明里の後ろにいる人達に目が行き、言葉が続かなかった。
「伊賀先輩……」
「ハロー、由衣ちゃん」
手を振りながら入ってきたのは伊賀先輩。そして、その後にりっちゃんと蜷川が続き、セイタン部のメンバーが現れた。
「何で先輩達が?」
「いや、明里ちゃんに呼ばれてね。それに、私達も由衣ちゃんに伝えたい事があったし」
「伝えたい事?」
明里の用事とはセイタン部にだったのか。それに伊賀先輩の伝えたい事とは何だろうと首を傾げるが、「その前に」と話を変えてくる。
「どう? 殺人の容疑から解放された気分は?」
「え? え、ええ、まあ。嬉しいですよもちろん」
蜷川の推理後、羽山先輩は警察に自首しに向かった。神谷先輩と中村先輩も付き添うと言い、三人は教室を出て行く。ようやく念願の嫌疑は晴れたが、その時は素直には喜べなかった。
「こんなに時間が掛かっちゃってごめんなさいね。私ももっと何か出来たらよかったのに」
「いやいや、そんなことないです。先輩も必死にやってくれたじゃないですか」
私は慌てて手を振って否定する。
「ありがとう。でも、一番活躍したのはどう見ても祐一でしょ?」
「ああ、まあそうですね。認めたくはないですけど」
「おいこら。認めたくはないってどういう意味だ」
「そのままの意味よ。だって……」
「ああ、あれでしょ?」
「はい。あれです」
あれ、という代名詞を使いたくもなる。警察に向かう直前の羽山先輩と蜷川のやり取りを目にしたら……。
****
『しかし、まさか凶器の場所まで見つけられるとはな。絶対の自信があったのに』
『物事に絶対なんかない。必ず綻びが出るんだ』
『そうかもな。なにせ僕しか知らなかったであろう体育倉庫の屋根裏の存在を見破られたんだから』
『なるほど。体育倉庫の屋根裏か。そんな場所があったのか。よし、後で確認しに行くか』
『……何を言っている? 君はそれを知っていたから凶器を発見したんだろ?』
『凶器、とはこれの事か?』
****
「まさか凶器はハッタリだったなんて誰も気付かないわよ」
そう。蜷川が見せたナイフ。あれは羽山先輩が使用した凶器ではなく、刃の部分が引っ込むオモチャのナイフだったのだ。本物の凶器は先輩が言っていた場所に隠されており、伊賀先輩と蜷川がそれを持って警察に届けた。
「私も。場所は絞られるとか言っていたからてっきり……」
「アホかお前ら。いくら絞られるとはいえ、この学校の敷地は広いんだぞ? それをたった一日で見つけられるか」
肩透かしを食らったとも言えるが、蜷川らしいと言えば蜷川らしいとも言える。結局、最後は彼らしい対応で幕を下ろした。
まあでも、私の疑いを晴らしてくれたことに変わりはない。セイタン部のメンバーも揃っているし、丁度いいかな。
明日やろうとしていたお礼の言葉を言うため、私は椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。
「セイタン部のみなさん、この度は私の依頼を受け、解決してくださりありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」
「いいよいいよ。だってそういう依頼だったんだし」
「いえ、本当に感謝しています。なんかお礼もしたいぐらいですし」
「お礼ってそんな……いや、でもそうね……じゃあ、一つ伝えたい事があるんだ」
そういえば、伊賀先輩は私に伝えたい事があるとさっき言っていたな。
「ねぇ、由衣ちゃん」
「はい」
「セイタン部に入らない?」
「えっ?」
「今日までいくつも辛い事があったけど、セイタン部がどんな部活か理解は出来たと思うの。セイタン部は生徒の悩みを解決する部活。これからも由衣ちゃんみたいに依頼してくる生徒は増えるかもしれない。そうなると、私達三人だけじゃ大変なの」
伝えたい事とは、セイタン部への勧誘だったのか。予想外の内容に驚きを隠せない。
「私、何も出来ませんよ?」
「そんなことない。今回由衣ちゃんは依頼した側だけど、もし入部してくれたらこの先依頼してきた生徒の気持ちを一番に理解できるはず。由衣ちゃんだからこそ出来ることがあると思うの」
そうか。セイタン部への依頼は私で最後ではない。これからも多種多様な悩みを抱えた生徒が来るだろう。伊賀先輩の言うように、経験をした私だからこそ出来る事があるかも。誰かの苦痛を取り除ける事が出来るかもしれない。セイタン部ならきっと解決してくれると断言して伝えられる。なぜなら、私がそうだったのだから。
「……はい。分かりました」
「本当!? ありがとう!」
手を叩き、満面の笑みで伊賀先輩がそう答えた。こうして知り合ったのも何かの縁。お礼も兼ねて貢献させてもらおう。
「おい、堀田」
蜷川に名前を呼ばれ、私はドキッ、とした。振り向くと、真剣な顔をした蜷川がこちらにゆっくり近付いてくる。その距離が近付くに連れ、私の鼓動が速くなっていく。
あれ? 私どうしたんだろ……蜷川から目が反らせない。なんか顔も熱くなってきたような……。
ドキドキと脈打つ心臓に翻弄されながら、蜷川が私の目の前まで近付く。そして、真剣な表情でこう言い放った。
「コーヒー買ってこい」
……。
……あん? コーヒー?
右手を差し出したと思えば、その指には百円があった。
「何で私が……」
「お前セイタン部に入ったんだろ? ということは、この中で一番の下っ端。だったら先輩の言う事は聞け」
「誰が先輩だ。そんな命令聞けるか――」
「由衣、私イチゴオレ」
「待て明里! 何であんたの分まで!?」
「だって、私もセイタン部の部員だもん」
「うそぉ!? いつから!?」
「ついさっきだから……十分前くらい? 私も伊賀先輩に誘われたんだ」
「十分じゃ変わらないでしょ! 明里が買ってきなさいよ!」
「ざ~んね~んでした~。十分だろうと一秒だろうと、先に入部したんだから私の方が先輩です~」
「何を~!」
クイッ、クイッ。
袖を引っ張られたので見てみると、りっちゃんがそこにいた。
「りっちゃん」
「……」
ああ、よかった。りっちゃんは引き留めてくれているのね。やっぱりっちゃんは優し――。
「オ、オレンジジュースを……」
「りっちゃんまで!?」
何で!? りっちゃんそんな子じゃな――いたたたた! りっちゃん、つねってる! 制服だけじゃなくて腕の肉も摘まんでるよ! 何で何で!?
「おや~? これはこれは?」
「あっ、気付きました伊賀先輩?」
「そりゃあね~。明里ちゃんも?」
「はい。初々しいですな~」
「青春だね~」
「どうしましょう? 私達、何かした方がいいんですかね?」
「いやいや、それは野暮よ。こういうのは外野が関わっちゃダメよ」
「それもそうですね」
「いたいいたい! りっちゃん痛いよ! 明里、伊賀先輩! 呑気に話してないで助けてくださいよ!」
「「面白い事になってきたので、暖かく見守ろうと思います」」
「助けろぉぉぉ!」
面白い事って何!? 暖かく見守ろうって何!? 何で二人はそんなニヤニヤしているの!?
「よし。新メンバーも揃ったし、今後の活動を決めようじゃないか」
「お、いいね。祐一、何か案があるの?」
「当然だ。これだけ声優とそっくりな声の持ち主がいるんだ。やることは一つだろ」
「あ~、でも蜷川君。さすがにアニメを作るのは無理――」
「ドラマCDを作る」
「アニメすっ飛ばした!」
「アニメは!?」
「お前の言う通り、アニメは無理だろう。だが、ドラマCDなら声だけでいける」
「いやそうだけど、普通ドラマCDってアニメありきでしょ?」
「普通はな。だが、元のアニメが無いということはドラマCDも自由ということだ。釘宮理恵に伊藤静、さらに堀江由衣という名声優が使える。これなら夢のコラボレーションが出来るぞ。例えば、ゼロの使い間のルイズ、プリズマイリヤのルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、DOG DAYSのミルフィーユ姫が一緒に……くはぁ! まさにドリーム!」
「こらぁ、あんたたち! こっちを見ろ! りっちゃん、そろそろ離してくれない?」
「……嘘つき」
「何が!? 私何か嘘ついたの!?」
分からん! さっぱり分からない! りっちゃんは何でこんなに怒ってるの!?
「うるせぇな。お前はさっさとコーヒー買ってこい」
「私はイチゴオレ」
「あっ、私はカフェオレ」
「私の話を聞けお前らぁぁぁ!」
教室に響き渡る私の叫びの声。
談笑する明里達の声。
りっちゃんの恨み募る声。
色んな声があちこちで奏でられ、そしてこれからもたくさんの声が私達の耳に届くだろう。その声は時に惑わし、混乱を招く事もある。しかし、きちんと耳を澄ませばそこには正しい声が含まれている。
なぜなら声は……万能なのだから。
完
セイタン部 ~声が示すは謎解きのオト~ 桐華江漢 @need
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