動機
「さあ、これをどう説明する? 勉強屋さんのあんただ。否定するなら、たまたまなんて曖昧なものじゃなく、きちんとはっきり否定しろ」
決定的な証拠とは行かないまでも、蜷川の指摘は羽山先輩を犯人とするのに十分な内容だと私は思った。周りのみんなも、たぶん同じように思っているに違いない。
少ない情報でありながら、ピンポイントで当てた羽山先輩。しかし、それはあまりにも当たりすぎていた。だからこそ羽山先輩が犯人という蜷川の指摘には説得力があった。
「……違う、僕じゃない」
「違う? どう違うんだ?」
「僕じゃない……」
「だから、違うと言うならどこが違うんだ。否定するなら納得する説明を――」
「違う違う違う違う違う違う違う!」
追い込まれたからか、羽山先輩は頭を振り回しながら言葉を連発する。
「ふざけるな! 言い当てたからなんだ! それだけで犯人と決めるなんてバカげてる!」
「いや、羽山待てよ。落ち着け」
「うるさい!」
肩に伸ばした中村先輩の手を払う羽山先輩。さっきまで落ち着いていた態度の面影もない。
「落ち着けって。違うなら違うって言えばいいだけだろ。何をそんなに取り乱す」
「ああ、違うさ! 僕は犯人じゃない!」
「だから、その違う理由を説明しろよ。別の考えから言い当てたんなら、それを言えばいいだけだろ。何でそれを言わないんだよ」
「だから……だから……」
しかし、その後に続く言葉が出てくることはなかった。羽山先輩は悔しさなのか、俯いて握り拳を作っている。
「今俺が言った以外の説明が出来ないという事は、俺の説明が間違っていないという事だ。引き延ばせば延ばす程自分を追い詰める事になる。さっさと認めたらどうだ?」
「違う……僕は……」
「そうか……だったらこれならどうだ?」
えっ? という表情で羽山先輩が蜷川を見返す。その視線の先、蜷川の手から黒い柄のような物が飛び出ている。
「そ、それは……」
「そうだ。あんたが犯行に使ったナイフだ」
えぇぇ!? という事は、沖矢先輩を刺したナイフ!?
驚きは私だけでなく、この場にいる全員が目を見開いていた。
「いや、蜷川君。何で君が凶器を持っているんだい?」
「探して見つけた」
「見つけたって、どこで?」
「場所はそう難しくない。おい」
「な、何よ?」
蜷川が私に向かって声を掛ける。突然自分に向けられたので一瞬ドキッ、とした。
「お前警察に事情聴取受けたんだよな?」
「ええ、受けたわ」
「そこで凶器の話をしたか?」
「凶器? ああ、たしかにしたわよ。沖矢先輩がナイフか何かで刺された、とか」
「その凶器は見つかったとかの話は?」
「え~と……」
職員室で警察に聞かれた話を思い出そうと過去へ意識を向ける。
「……いや、してなかった」
「だろうな。見つかっていたなら、第一容疑者として連れていったお前に直ぐに見せている。それが証拠になるんだからな」
「えっ? じゃあ、凶器はまだ見つかってなかったの?」
「ああ。何せこいつが隠したんだからな」
隠した? と私は聞き返す。
「本心はそのナイフをどこかへ捨てたいところだ。川とかどっかにな。いつまでも凶器を持つバカはいない。かといって文化祭実行委員が学外に出るわけにはいかない」
「じゃあ、学校のどこかって事?」
「ああ。だが、学校は文化祭中で人が溢れかえっている。その辺にポイッと、捨てるわけにもいかない。だから場所は限られてくる」
まさか、それを探し当てたというの?
「これを警察に渡せばお前の物だと判明するだろう。決定的な証拠だ。これでもまだ言い逃れできるか?」
ナイフを振りながら蜷川が止めの一言を放つ。全員が俯く羽山先輩に目を向け、教室に沈黙が訪れた。
「……あいつがあんなことをしなければ、僕は殺しはしなかった」
数秒の沈黙を破ったのは羽山先輩のその自供だった。殺しという恐ろしい言葉が出てきながらも、蜷川の推理のおかげかあまり怖くはなく、すんなり受け入れられた。
「あんなことって何だよ?」
「中村くんや神谷君なら知ってるだろ? 八月に起きた出来事を」
「八月……って、まさかあれか?」
「そうだよ」
三人の三年生が会話を進める。しかし、『あれ』や『あんなこと』と代名詞を聞いても内容がさっぱり分からない。私達一年生は全員眉間に皺が寄るが、二年生の伊賀先輩だけは読み取れていたようだ。
「八月に起きた出来事って、もしかして近所で起きた連続傷害事件ですか?」
「ああ。やっぱり二年生には広まっていたか」
「噂程度でしたけど」
「あの~すいませ~ん。話がさっぱり分かりませ~ん」
授業の時のように、手を挙げて明里が質問した。それに神谷先輩が答える。
「今年の八月、近くの野良猫が相次いで傷つけられる事件が発生したんだ。ニュースでも取り上げられたから、知っているかも知れないけど」
「ああ~、見たような見てないような……」
「可哀想だよ。何せナイフで傷つけたり、紐か何かで木に結び付けて動けなくしてエアーガンで撃ったりしたらしい」
「酷い……」
りっちゃんが口許に手を添える。動物虐待というやつか。私も残酷なその光景を思い浮かべると、心にズシンと重みがのし掛かった。
「最初は誰か全く分からなかったけど、四件目辺りで犯人を見たという目撃証言が出てきたんだ。どうやら、うちの制服を着ていたらしい」
「えっ? うちの生徒?」
「ああ。それで、その犯人と疑われたのが羽山なんだ」
「僕じゃない。犯人は沖矢卓だ」
割り込んだ羽山先輩。話の流れから彼ではないかとは思っていた。しかし、ここでもまた否定するとは。呆れを通り越して情けない――。
「なるほど。どうやらそれは本当らしいな」
しかし、一番にその言葉を信用したのは意外にも蜷川だった。
いやいや、あんたさっきまで羽山先輩を……って、そういえばあんた声で嘘か真か判断できるんだっけ。
「へ~。さっきまでは僕を疑いっぱなしだったのに、この話は信じるんだ」
「信じるも何もそれが真実なんだろ? それに、俺は他人の嘘を見破れる。今のあんたの声には嘘は含まれていない」
事情を知らない羽山先輩に神谷先輩、中村先輩は何の事か分からない表情。しかし、自分の話を信じてもらえるという点で安心したのか、羽山先輩が先を続けた。
「疑いが自分に向かってきていると知った沖矢は、別の人間に濡れ衣を着せることにした。その相手が僕だった。まず僕が猫を傷つけていたと先生に告げ口し、それから僕がいない間にこっそりバッグに自分のエアーガンやナイフを入れたんだ」
告げ口をした先生が配慮のない体育教師だったからか、職員室に呼び出すことなく、教室で羽山先輩に迫ったようだ。何の事か分からない羽山先輩だったが、沖矢先輩が勝手にバッグを漁り出し、中から見慣れないナイフとエアーガンが出てきた、との事。
「全く見に覚えのない内容に戸惑っていたが、僕に責め立てている先生の後ろでニヤッ、と笑う沖矢を見て全部理解した。沖矢が僕に罪を被せたんだ、って」
「何でそれを言わなかったんだよ?」
「言ったさ。だけど、信じてもらえなかった。沖矢が「受験のストレスでやったんだろ」とか「これだから根暗な性格は」とかそれっぽいような事を言い始めると、周りはそっちを信じた。その後、学校から警察に連絡が行き、死亡した猫がいないという事もあり大目に見てもらって逮捕までにはいかなかった。でも、おかげで大学の推薦の話は無くなった」
昼休み、羽山先輩に聞き取りに行った時も勉強をしていたと言っていた。受験者だからとも思っていたが、ただそれだけではなかったようだ。
推薦を取り消されたのならば一般で受けるしかない。しかし、推薦をもらえていた身で勉強する者がいるだろうか。きっと羽山先輩も例外ではないはず。急いで勉強に取り組んだのだろう。だから昼休みでも勉強していたのだ。
ということは、沖矢先輩を殺した理由はその恨み?
「けど、推薦の事はどうでもいい。一般で受かればいいだけの話だからな」
しかし、どうやら私が思っていた動機とは違うらしい。じゃあ、一体?
「じゃあ、何で……」
「猫さ」
「猫?」
「猫の傷害事件。実は、その一匹の中に僕の飼っている猫が含まれているんだ。名前はミュー」
野良猫だけじゃなかったの?
「まあ、首輪を着けていないから飼い猫とは分からないかもね。でも、それは事実だ。今も痛々しい傷を残しながら家で寝ているよ」
思い出したのだろう、羽山先輩の身体が小刻みに震え始め、口は目一杯噛み締めていた。
「ミューは優しい猫なんだ。勉強で疲れた時や嫌な気分の時には必ず寄り添って来て、頬や手を舐めてくるんだ。最後に元気出せよ、と言うように一声鳴いてくる。友達らしい友達もいない僕にとってはミューが友達であり親友だった。そんなミューのおかげでこれまでどれだけ助けられたか。そんなミューが傷つけられた、許せるはずがない……!」
「つまりはその猫の復讐か」
羽山先輩の話に胸が痛む中、なんの感情も受けていないかのように返す蜷川。
あんたに悲しいとかの感情はないのか? 明里から少し分けてもらえ。
その明里はというと、今の羽山先輩の話を聞いて滝のような涙を流している。これが演技ではなく、心から悲しく思っての事だから驚きだ。
「おい、何だこの重苦しい空気は?」
「いやいや、今の話を聞いたら誰だってなるでしょうよ」
微かに暗い表情の伊賀先輩が答える。先輩も今の話を聞いて思う所があったのだろう。
「なぜだ?」
「いやだって、自分が可愛がっている猫が傷つけられたんだから――」
「こいつに同情の余地なんかないだろ」
一蹴。
全部とは行かないまでも、同情する部分はあったはずだ。しかし、蜷川は何一つ受け入れていない様子。
「どんな言い訳をしようが、こいつには同情しない。いや、同情するべきじゃない。こいつがやった事は最低の行いだ。さっさと警察に引き渡して罪を償わせる」
「おい一年。たしかに殺人なんて最低の罪かもしれん。でも、羽山だって辛かった。死んだ人間を言うのもあれだが、沖矢も悪い――」
「その沖矢と同じ行為をしといて何が辛かっただ」
下を向きながら、羽山先輩の目が見開く。震えていた身体が止まった。
「百歩譲って復讐は理解してやる。だったら、なぜ濡れ衣なんて方法を取った? 夜にでも呼び出して刺せばいいだけだろ。何で別の人間に罪を被せるようなマネをした? 被せられた人間がどれだけ辛いか一番理解しているのはあんた自身だろ」
蜷川の台詞に思わず目を向ける。信じられないとさえ思ってしまう私。だが、間違いない。彼は私の事を言っていた。この事件で犯人と疑われたの私の事を……。あんなに面倒臭そうに捜査し、そして声優オタクなあの蜷川が……。
「沖矢を罵っていながら、自分もその沖矢と同じ行為をした。悪いがそんな奴に同情するつもりはない。あんたはただの最低野郎だ」
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