エピローグ
全ての戦いはここに終わり、トゥリエスに迫るあらゆる危機は去った。
未曽有の世界の危機は、戦士以外誰にも知られることなく静かに失われ、残ったのは、漸く返ってきた平穏だけだった。
しかし、それだけで充分であるのは、当然のことだろう。
そしてここに記されるのは、戦士たちのその後である。
✻
警察署。
巨剣に粉砕された挙句に、大穴を穿たれた白い平和の象徴は、倒壊の危険により即座に放棄され、戦いの終わりを街全体に宣言されるのと同時に撤去された。
そこで死んだのは、およそ百人強。今も死体が見つかっていない者も居て、旧警察署跡となったここも悲しみの輪に加えられている。
とはいえ、百人もの警官が死んでしまったわけではない。そのうちの多くの死者は、同じように壮絶な破壊をもたらされた刑務所の囚人たちだ。決して死んでよかった人間たちではなかったが、しかしその後の復興に欠かせない警官たちが失われなかったのは僥倖であったのかもしれない。
新たな警察署は南に臨時で構えられ、その後のトゥリエス復興の中心地となった。
今回の事件でのトゥリエスにおける死者数は六百人を超えている故に、その痛ましさに耐えきれずこの地を去った者も多い。だが、それでも残った者たちは、手を取り合って協力し、目の前の悲しみを乗り越えるべく復興の手助けとなった。
その指揮をとったのが、誰あろうフェリックスである。最高責任者と数多くの幹部の死により、彼が駆り出されることになったのだ。尤も、本人がそれを望んだのも大きかろう。
元より強い正義感を持つ巨漢であったが、何より彼を駆り立てたのは――己に課せられた戦いの代償のせいだろう。
至近距離で爆裂を受け、さらにイレインを庇ったことにより、左腕を失ったのだ。微塵に消し飛んだことにより再生の可能性は絶望的。そう判断されたことにより回復魔術で傷をふさがれ、左腕を完全に失った。さらに、右手にも軽い麻痺が残り、戦士として戦っていくのは絶望的になったのである。
故に、せめて責任者としてトゥリエスの為に動きたかったのだろう。そんな彼の健気でありながら力強い様は、多くの人の心の支えとなった。
その下で、最も精力的に働いたのは、やはりハーヴィーとイレインの二人組だろうか。
二人は戦いによる重傷で一月ほど伏せっていたものの、その後は快癒して精力的に活動。戦う力を失ったフェリックスに代わり、衰弱したトゥリエスで悪を働く不届き者を次々と逮捕していった。
その後、ハーヴィーは魔術犯罪課の課長に就任し、イレインはその補佐として働くことになる。
この大事件の後、大きな事件がトゥリエスで起きることはなく、故にハーヴィー課長が特別に評価されることはなかったが、しかし彼も多くの警官と同様、平和を願って行動した人物であるというのは彼を知る人物にとっての共通認識である。
そんな彼の熱くなりやすい性格を常に諫め、支えていたのがイレイン。常に冷静に、猪武者であったかつては鳴りを潜め、徹底的に影に徹していた。そんな彼女とハーヴィーの距離が近くなるのは、ある種当然であったかもしれない。
そして、マイルズ。
彼は戦いの前後で最も立場を変えた人間であるかもしれない。
追うべき組織を失ったアカシャ特殊殲滅部隊は解散。そこに所属していた部隊員はそれぞれ王国の別の部隊や騎士団に再配属されていった。だが、そこにマイルズの姿はない。
彼は最後の戦いにおいて重傷を負い、その結果重い障害を残してしまっていた。胸部への蹴撃はマイルズの肺を深く傷つけ、肺機能を重度に低下させ、短期間の軽い運動さえできなくさせていたのだ。
そのことに胸を痛めた妹の姿に、マイルズは緩く首を振って穏やかな笑みを浮かべた。
「これで、忙しい日々から解放されますね。夢だった悠々自適な晴耕雨読の生活でも始めてみましょうか」
などと嘯いて見せ、王都のより大きな病院へとリハビリに向かっていった。
以降、マイルズが度々妹の前に姿を見せ、ちらちらとエドワードを見る意図になんとなく気付いた
そして、カレン。
彼女は今回も怪我らしい怪我を負わず、砕けた肩はすぐに完治した。
所属していた部隊は解散し、そして彼女にも別部隊への配属の誘いが来たが、彼女は断り王軍を去ることにしていた。
その後、どこでどう過ごしたかなど愚問であるが、強いて言うなら彼女はトゥリエスの女守護者と呼ばれるくらいにはとある街の為に尽力したという。
そして、その傍らには――。
✻
緋色の光が瞼を照らし、その裏にある網膜に刺激をもたらした。
思わずうめき声を上げて薄く目を見開けば、窓の外は夕方一色に染まっている。少し、昼寝が過ぎたようだ。
寝かせていた椅子を起こし、思い切り伸びをする。体中でバキバキと硬い音がすると少しだけ年を感じるが、まだ三十路でないから大丈夫だと自分に言い聞かせた。
そうして立ち上がれば、腹の虫が不機嫌を訴えだす。そういえば、昼を食べずに寝てしまっていた。流石に何か食べなければ、夕飯まで耐えられる気がしない。
唸りを上げる腹部を押さえながら、誰も居ない事務所を出て鍵を閉める。スクーターは修理に出してしまっているので徒歩だ。
どこかで間食でもつまもうか――なんて思ったところで、ちょうど事務所左側に出店を構える友人の姿を見つけた。
「おう、どうした、随分不景気な顔してるじゃねえか」
ガロン揚屋の店主ティムが片眉を吊り上げながら問いかけてくる言葉を無視し、財布を取り出しながらガロン揚げを五つ注文する。「なんだ、腹減りかよ」と肩を竦める巨漢を無視し、しばらくして突き出された袋からほくほくのこげ茶色の塊にかぶりついた。
瞬く間に二つ食べてしまえば、不意に視界の端から白い腕が伸びてくる。それは遠慮なしに腕の中の袋に手を突っ込み、中から一つだけガロン揚げを取り出してしまった。
驚愕から己を取り戻して抗議の声をあげるも、目の前の白衣の女――女医ザラはどこ吹く風でガロン揚げにかじりついている。
「あなた、こんなのばっか食べてたら不健康になるわよ。指が油でぎとぎとになっちゃうじゃない、これ」
「おう、ザラじゃねえか。お前だって結構うち来るくせに、随分な言い様じゃねえか」
「あら、私はいいのよ。医者の不健康、って言葉もあるんだし」
「それは決してお前を肯定しているわけじゃねえよ……」
ティムとザラが食えない会話をしているのを無視し、三つ目のガロン揚げを完食。さて、最後の一個――と行こうとしたところで、今度は別の女の細腕が遠慮なく最後の一つを奪っていった。
「あっおい」と声を上げたところで既に遅い。既に最後の一つは桜色の唇に齧られてしまった。
「もう、今日の晩御飯は結構たくさんある、って言ったのに何食べてるのよ」
口の中で崩れる芋を転がしながら、女は怒ったように腰に手をやって問い詰めてくる。
言い訳がましく、昼食をとっていないことを伝えれば、今度は呆れたように薔薇色の瞳を細め、ぼやいた。
「なにそれ。私がちょっと出かけるとすぐ自堕落な生活するんだから……」
小豆色の髪を翻して歩き出す彼女に苦笑いを浮かべて謝りつつ、彼女の持つ買い物袋を受け取って隣を歩く。
向かう先は彼女の自宅だ。今から料理の支度をするというのだから、どれだけ凝ったものになるのだろうと少し楽しみでならない。
そう伝えれば、彼女は――カレンは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「そう。なら早く帰りましょ。――エド」
トゥリエスを二人は駆け巡る 宮川和輝 @Miyagawa_K
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