22

 鮮烈な名乗りと共に、アーサーことアルトリウスは純白の長剣を構え、姿勢を低くし――そして、放たれた弾丸の如く駆け出した。

 向かう先は当然海色の偉丈夫。対するクヴェトスラフも、先ほどまでと違って漆黒の長剣を水平に構え、迎撃の姿勢を見せている。

 そして、両雄の接敵はそのすぐ一瞬後のことだった。

 駆ける勢いのままに、アルトリウスの逆袈裟に振り上げる剣閃が放たれ、呼応するようにクヴェトスラフが袈裟に刃を振り下ろす。甲高い金属音が鳴り響き、一瞬の拮抗。即座に筋力的な敗北を見出したアルトリウスが更に大地を蹴りながら純白の長剣を斜めにして漆黒の剣を流せば、彼の身体はクヴェトスラフの脇を通り過ぎ、交錯が一瞬にして終わった。

 三歩分通り過ぎ、アルトリウスが振り返るのと同時に体勢を立て直したクヴェトスラフも同じように振り返る。そして、そこへ、大地を蹴って僅か一歩で肉薄を果たしたアルトリウスの振り下ろす斬閃が襲い掛かった。

 迫る純白に向けて、クヴェトスラフは長剣を一閃。並の武器であればそれだけで砕け散るものを、純白の長剣は軋みさえ感じさせずに正面からそれを迎え撃つ。結果、純粋な膂力の差でアルトリウスの剣が弾かれたが、彼は即座にその弾かれた勢いを利用して回転しながら左へステップ。彼の居た場所を追撃の刺突が通り過ぎ、見事に回避した。

 アルトリウスはその回転の終わり、遠心力と全力の膂力を乗せた一閃を鋭く薙ぎ払う。対し、素早く引き戻した長剣で受けたクヴェトスラフだが、今度は体勢の悪さで力負けし、漆黒の刃が弾かれた。それに合わせて一歩後退する偉丈夫の胸先を、翻った純白の刃が通り過ぎる。

 そこへさらに、放たれるアルトリウスの亜音速の刺突。それを長剣の跳ね上げる軌跡でクヴェトスラフが切り払い、続けて間髪入れずに突き出される二撃目の刺突も翻った刃で弾いた。その返す刃で偉丈夫は全力の振り下ろしを一閃。それを左肩を引くことで半身になって紙一重で回避したアルトリウスは、逆袈裟に振り上げる斬撃を放った。

 ほぼ力のこめられていない手首の動きのみで放たれた剣閃は、故に素早く、回避の間に合わないクヴェトスラフの脇腹に浅い一筋の傷を刻む。

 浅い、などと侮るなかれ。あの海色の肌に、傷が刻まれたのだ。あの異様に頑強な肌に、だ。

 そのことに最も驚いたのがクヴェトスラフ本人であり、次の瞬間、コマ送りのようにして姿を消し、アルトリウスの追撃の一閃を回避して離れた位置に姿を現した。

 脇に手をやり、そしてその手のひらにこびりついた黒い血を見やる。例え浅くあれど、皮下に届く確かな一撃――黒い血液が滲んでいた。

 その事実に、クヴェトスラフは犬歯を剥き出しにしてアルトリウスに問いかける。

「貴様、何をした……?」

「臆したか、魔人王。これこそが、我ら王族が八百年かけて、貴様を殺すためだけに築き上げた武器――『聖剣』だ」

 純白の長剣――『聖剣』を構え、アルトリウスは不敵に笑う。一体どういう条理が働いているかわからないが、とにかくあの剣は恐ろしい魔人の肌に傷をつけられるらしい。

 エドワードが希望を見出すのと同時、後ろに控えていた騎士達も抜剣した。その剣は鋼色であったが、誰もが鋭い殺意と燃え上がる闘志に満ち溢れている。

 しかし。

「お前たちは下がっていろ」

「殿下、しかし――」

「却って邪魔になる、私が死ぬまで待機していろ」

 血色の瞳を向け、鋭くアルトリウスが命令する。言い募る騎士も黙らせ、そしてその視線を静かにエドワードとカレンにも向けた。同じように、手出しするなと言いたいのだろう。

 実際、割って入る隙が無い。剣戟を切り結ぶ両者は近すぎて魔術の誤射があり得るし、凄まじい剣術の応酬にカレンはついていける気がしなかった。

 砕けた肩に治癒魔術の魔術符を貼りながら、カレンは歯噛みする。ことここに至って、傍観していなければならないのだ。

 ちらり、と倒れ伏す兄や仲間たちを見る。抜剣した騎士達とは別の、軽装の騎士達に回収され、この空間から運び出されていた。いますぐ駆け寄りたいが、まだ、戦いは終わっていない。踏みとどまり、最後の戦いの行方を見届けるまでこの場を離れる気はなかった。


 そして、静止した戦場で、クヴェトスラフが肩を揺らして笑い始める。

「そうか、そうか――私を殺す武器か。八百年を捧げ、貴様のような戦士を生み出し、そうまでして私を殺したかったか、ガロンよ。実に――愉快だ」

「ふん、私の代でお前が復活してしまったのは、誰も予測できていなかったさ。だが、逆によかったとも思う」

 嗤う偉丈夫に、アルトリウスは笑みを浮かべて言い放った。

 その自信に満ちた様子に、尚のことクヴェトスラフは愉快げに問いかける。

「ほう。何故だ?」

「私より強い剣士は、今後一人とていないからな。無論、私は貴様をも超越するぞ」

「ク――ハハハハハハハッ! そうかそうか! 確かに貴様は強いぞ、認めてやる」

 アルトリウスの言葉に、哄笑を撒き散らし、どうしようもなく面白いと言わんばかりに腹を抱えてクヴェトスラフは嗤った。しかし、唐突に笑みを収め、漆黒の長剣を構えて宣告する。

「だが、それでも――私は全ての生物より強いという事実は、変わらんな」

 切っ先に、二十四の魔術式が浮かび上がった。アルトリウスの顔に緊張が走るのと同時、それらが一斉に、放たれる。

 雷撃、旋風、閃光、爆炎、氷礫、岩塊、毒霧、重力弾、鋼――目に見えるありとあらゆる魔術が時間差をつけてアルトリウスに迫った。

 構え、疾駆したアルトリウスの後塵を閃光が撃ち貫き、迫る不可視の砲弾を聖剣の一閃で粉砕。続けて方向転換のステップを刻み、直後にその残影を雷撃が穿っていった。岩塊を真横へ跳ね飛ぶように転がって回避し、直後に顔面を狙う氷礫を聖剣を鋭く二度ふるうことで叩き落す。

 不可視の重力弾をまるで見えているかのようにステップして回避し、回転しながら迫る鋼の刃を一閃で真っ二つに切り捨てた。

 そして、鋭く大地を蹴って疾走。肌を融解させるドドメ色の毒霧を一瞬で突破し、迫る爆炎さえも突っ切って、そしてついに偉丈夫の目の前に到達する。

 聖剣を肩に担ぎ、そして両手で握りしめた全身全霊の斬閃を振り下ろした。それを後方へステップして回避するクヴェトスラフを追って、さらに踏み込んで斜めに振り上げる一閃。漆黒の長剣でいなされ、さらにそこでクヴェトスラフは空いている左手をかざし、その五指に小さな魔術式五つを展開する。同時、目の前のアルトリウスに向けて紅蓮と純白の五つの閃光を撃ち放った。

 しかし、魔術式が展開された段階で右へ転がっていたアルトリウスを貫く光はなく、続けて放たれた聖剣は海色の肌との間に滑り込ませるようにして手繰られた長剣と火花を散らす。

 鍔迫り合いの、一瞬の拮抗。しかし、筋力で勝るクヴェトスラフが即座に聖剣を弾き上げ、そして鋭い前蹴りを繰り出した。

 それを無茶な体勢から地面を蹴って横へと転がることで間一髪で回避するも、あまりに鋭い足刀が鎧の脇を掠り、その部分を抉り取っているのを冷や汗をかきながらアルトリウスは実感する。

 しかし臆することなどありえない。

 即座に聖剣を突き出して、いなされるのも構わず刃を翻らせて薙ぎ払う一閃。首を後方へ引っ込めるクヴェトスラフの鼻先を掠り、そこに横一線の薄傷を刻む。

 対し、クヴェトスラフも左手に魔術式を展開しながら剣を揮った。左から右へ一瞬で通り過ぎる薙ぎ払いを回避するアルトリウスに、そこへ本命の振り下ろす斬閃。アルトリウスが聖剣を揮い、漆黒の長剣が純白の刀身を滑っていくその瞬間、発動した魔術『古代爆裂エクスプロード・エンシェント』が紅蓮の爆炎を巻き起こし、アルトリウスを吹き飛ばす。

 ごろりと一回転したアルトリウスだが、即座に復帰。立ち上がった鎧には無数の幾何学模様が奔り、刻まれていた『退魔術アンチマジック』が確かに効果を発揮していた。

 そのまま追撃の炎の弾丸を聖剣の一振りで薙ぎ払い、大地を蹴ってクヴェトスラフに肉薄して剣を振り下ろした。

 連撃、連撃、さらに連撃。

 一合、二合、三合と白と黒が刃を交え、その合間に致死の魔術がアルトリウスを狙い撃ちにした。しかし、それら全てを紙一重で回避しながら、それでも王子は攻め立てる。

 激しいステップと繰り出される無双の剣術。割って入る瞬間などなく、今この瞬間だけは二人だけの世界でもあった。

 しかし、手数の差は僅かずつだが、両者に差を生んでいく。

 合間に放たれる魔術と体術を警戒しながら戦うアルトリウスと、聖剣にのみ気をつければいいクヴェトスラフ。徐々に後者が押しはじめるのは道理であり、少しずつ鎧に傷をつけられていくアルトリウスの顔には苦渋の色が滲みだした。

 それでも、と一際鋭く空を滑った白刃は、クヴェトスラフの胸板にこれまでで一番深い裂傷を刻み込んだ。

 しかしその代償は大きい。

 返す刃で放たれた袈裟切りを引き戻した刀身で流した瞬間、発動された爆裂にアルトリウスはまたも勢いよく吹き飛ばされる。

 即座に体勢を立て直して立ち上がるアルトリウスの身体を、不可視の何かが地面に縫い付けた。重力ではない、なんだこれは、と驚愕する彼はクヴェトスラフを睨むも、一つの魔術式も展開していなかった。

 つまり、これはクヴェトスラフの異能。

「ようやく捉えたぞ、ガロンの末裔。中々によく戦ったようだが――これで終わりだ」

「――ッ」

 条理を覆し、過程をすっ飛ばしてアルトリウスの動きを制限するという結果を生み出したのだ。なんという無茶苦茶な、と思うが、これまで使用してこなかったのは、クヴェトスラフ自身にも何らかの制限が課せられているからだろう。

 だが、現実として捕らえられてしまった。どうにか脱出を試みるアルトリウスだが、聖剣を握る右手以外、微塵も動く気配がない。

 そんな彼に、無情にも展開される五の魔術式。いずれも『極光神閃レディエイト・オーバー』を展開しており、さしもの『退魔術アンチマジック』を施した鎧でも耐えられない。

「死ね」

 短い宣告と同時――閃光が、弾けた。

 それはクヴェトスラフによるものではなく、むしろ彼の眼球を焼く勢いでアルトリウスの背後から炸裂していた。

 咄嗟に目を瞑る偉丈夫だが、しかしどうあがいてもアルトリウスが動けないのは事実。そのまま容赦なく王子の方向へと究極魔術を撃ち放つ。

 しかし、視界を遮られたが故に、クヴェトスラフは気づけなかったであろう。

 彼とアルトリウスの間に、小豆色の髪を躍らせて割って入った少女の姿を。

 刹那、甲高い音と共に五つの魔術式全てが霧散。手応えでそれを知ったクヴェトスラフが驚愕して目を見開くのと同時、彼の前の前に黄金色が振りかぶられていた。

 咄嗟に黒い長剣でそれを受け止めれば、目の前でカレンが不敵に笑っている。いまさら何を、とクヴェトスラフが顔を歪めたところで、カレンを飛び越えた向こう側、アルトリウスより更に後方に立つ白髪の男の姿を認めた。

 その長剣には、膨大な魔術式が展開されており、それは自らが模倣した究極魔術。

 カレンが思い切り大地を蹴り、左へと大きく逃れた瞬間、極光が発射された。

 動けないアルトリウスのすぐ脇を通り抜け、回避の瞬間を潰されたクヴェトスラフに迫り――海色の偉丈夫は、舌打ちと共にその極光に向けて思い切り漆黒の長剣を薙ぎ払った。

 黒と極光が激突し、異能が発揮されて極光の進行が停滞。激突のまま、クヴェトスラフが全力で黒剣を振り薙いだ。結果、その斬閃に合わせるようにして、究極の極光は真っ二つに切り裂かれ、魔術式ごと消滅を果たす。

 しかし、この事実にクヴェトスラフは大きく顔を歪ませる。

 異能の全力の行使。そこに余力はなく、故に――アルトリウスの拘束に使っていた力も使ってしまっていた。

 視界の隅、こちらへと一歩で肉薄を果たす黒髪が迫る。

 拘束から解放されたと見るや否や、アルトリウスは全身全霊を込めて切りかかっていた。

「どうやらっ! その異能も、万能ではないようだなぁ!」

「チィッ!」

 偉丈夫は舌打ちしながら、振り下ろされる一閃を長剣で流し、そのまま滑らせるようにしてカウンターの斬閃。それをアルトリウスは駆け抜けるようにしてさらに踏み込むことで、特に分厚い装甲の肩当で受け止め、浅く鎧を切り裂かれながらクヴェトスラフの脇を通り抜けて背後に回る。

 そのまま振り返り様の横一閃を放てば、翻った黒剣に阻まれ、同時に魔術式が展開。ほぼ至近距離で放たれんとした魔術は、しかし唐突に散らされた。

 クヴェトスラフが驚愕の形相で視界を走らせれば、己の脇に触れるようにして突き出された黄金の大剣の姿を認める。魔術殺しマジックキラーは振れるだけでそこに展開されている魔術式を砕く故に、身体にさえ触れていれば魔術は発動できない。

 役目を果たし、大きく後退するカレンを追撃する余裕はクヴェトスラフにはない。

 迫る振り下ろしを避け、流れるように続けて放たれる振り上げを長剣を寝かせて受けることで流し、即座に刺突を放った。アルトリウスは首を振るだけでそれを回避し、続けて展開しようとした魔術式はまたも散らされる。

 死角から接近したカレンの妨害に青筋を立てながらも、しかしそちらを排除しようとすれば背中をアルトリウスに切り捨てられるだろう。現状、カレンの刃は通じない故に無視するしかないが、まるでコバエが顔の周りを飛んでいるようで鬱陶しいことこの上ない。

 悪鬼の形相で、アルトリウスとカレンの連携を打ち砕かんとクヴェトスラフは剣を奔らせる。

 受け、弾き、流し、振り払い、薙ぎ、振り下ろす。

 無双の剣術で以て放たれる最高峰の剣撃は、同様――否、それ以上の剣術で以て受けられ、弾かれ、流された。

 そして飛んでくる斬閃。回避し、受け流し、合間に発動せんとした魔術は絶妙のタイミングで介入するカレンに散らされる。

 アドヴァンテージを一つ封じられたクヴェトスラフとの戦いは、徐々に互角のソレへと変わっていっていた。異能も使う暇がないのか、それともアルトリウスらが知らない制限があるのかわからないが、とにかく純粋な剣技の応酬に終始している。

 それに一石を投じるのが――エドワードの役目だ。

 ただひたすらに紡ぎ続けた魔術式。その精緻さは至高の一言であり、しかしそれは『極光神閃レディエイト・オーバー』ではない。慣れない故に長い時間をかけて紡ぎあげたソレは、ヴァレントの魔術書を研究していった上でついに習得した『第一級禁止魔術』の現代魔術型だ。

 それは、圧倒的な破壊をもたらす魔術ではない。そもそも、第一級禁止魔術の分類されるのは、「極めて危険な状況を発生させる災害的な魔術」であり、破壊的な威力を有することで分類されるのは、第二級禁止魔術だ。それより低い威力であったり、局所的な被害しか起こせない魔術は第三級となるのだから、今からエドワードが発動せんとする魔術が第一級禁止魔術に類されるのは当然だろう。

 同時、カレンがエドワードの合図を受けてクヴェトスラフから離れるように大きく後退する。何かを感じたか、それに合わせてアルトリウスも大地を蹴って後退した。

 それを好機と見たか、一斉に二十四の魔術式を展開したクヴェトスラフは――即座に驚愕に目を見開くことになった。

 発動されたエドワードの第二の切り札。

 それは浅葱色の結界であり、エドワードとクヴェトスラフのみを覆い、仄かに淡い光を放つ。

 構わず魔術を放たんとしたクヴェトスラフは、そこで魔術式が崩壊し、魔力が散っていくのを感じ取った。

 魔術を封じる結界か、と舌打ちしようとしたクヴェトスラフは、しかし、突如虚脱感を覚え、がくりと膝を突いた。

 自分が膝を突いてしまったこと。そのことに目を見開く偉丈夫は、即座に理解した。この、身体から何かが抜け出ていく虚脱感――魔力が、身体から抜き取られている。

 驚きと共にエドワードへと振り返れば、クヴェトスラフから抜き出されていく淡い光の魔力がエドワードの身体へと一斉に取り込まれていっていた。

 魔術の名を、『簒奪結界デプリヴェイジョン』。

 結界内の生物から魔力を強制的に奪い取り、そして術者に還元する第一級禁止魔術。それは意図的に加減を誤れば、魔力と体力を奪いつくして容易に結界内の生物を衰弱死させることができる魔術であり、街一つを覆えば容易くテロ行為と成り得る。

 凄まじい勢いで、クヴェトスラフから魔力を奪い取っていくエドワード。この勢いであれば、僅か数秒で並みの魔術師なら衰弱死しているものを、あの偉丈夫は膝を突いただけでまったく死ぬ気配がない。

 そして、やられっ放しの魔人でもなかった。

 黒い長剣を薙ぎ払った瞬間、魔人の異能が発動。魔人から大量の魔力を消費させ、そして条理を覆してエドワードの魔術式を無理やり破壊した。生物の命を奪う行為だけはできないが、しかしこれだけでも十分。結界が砕かれ、魔力の簒奪が停止する。

 己の魔力の八割を持っていかれたが、まだ余裕がある。カレンが離れている今の瞬間に、エドワードとアルトリウスを魔術で圧殺すれば――とクヴェトスラフが考えたところで、背後から迫る聖剣に意識を向けざるを得なくなった。

 結界がなくなった瞬間、踏み込んだアルトリウスの刺突を振り返り様に長剣を叩きつけることで軌道をずらし、返す刃で断頭の一閃。落ちるように屈むことで回避され、続けて振り上げられる聖剣を一歩後退することで回避する。

 僅かに胸を切り裂かれるも、クヴェトスラフは必勝の笑みを浮かべていた。

 二十四の魔術式を展開。そして、その全てを爆裂とし、一斉にアルトリウスに撃ち放つ。

 強烈な爆裂音と共に、鎧を砕かれたアルトリウスが吹き飛んだ。あまりの勢いに壁面にまで叩きつけられ、うめき声と共に崩れ落ちる。

 ついに厄介な聖剣を打倒した、とクヴェトスラフが笑みを浮かべる――そんな暇もなかった。

 クヴェトスラフの背後で、強烈な魔力の発露。そこでは、またもエドワードが巨大な魔術式を展開し、口元に笑みを浮かべて構えていた。

 それは、やはり彼の最後の切り札――『極光神閃レディエイト・オーバー』の魔術式。

 しかし、侮るなかれ。彼の身には現在、クヴェトスラフの八割の魔力が宿っている。そして、思い出すがいい、『極光神閃レディエイト・オーバー』こそ、元々は最強の威力を誇る第二級禁止魔術であったことを。

 エドワードの魔力不足により、威力は第三級程度に落とすしかなかったこの魔術は、しかし、今ここで、敵から奪った魔力を利用することで本来以上の威力を発揮する。

 それこそ、『かつて大陸を穿った一撃、神の怒りの代弁者、太陽の閃光を束ねた光の柱』たる、究極の魔術。

 全てはこの瞬間の為の『簒奪結界デプリヴェリジョン』だった。そも、第三級程度の威力でも、クヴェトスラフは異能まで使って直撃を避けていた究極魔術だ、本来以上の威力であれば、クヴェトスラフを打倒できる、とエドワードは確信していた。

 振り返ったクヴェトスラフが、顔色を変えて長剣を構える。

 異能の発露の構えだが、しかし――そうはさせじとカレンが全力で肉薄し、大剣を叩きつけた。長剣に叩きつけられた大剣は、そのまま動かすまいと全力で押し込められる。だが、非力かな、クヴェトスラフの全力の一閃で、カレンは大剣ごと弾き飛ばされた。

 直後、異能によって魔術式を砕かんと長剣を揮うクヴェトスラフ。その、右手を――白刃が、切り落とした。

 思わず振り返るクヴェトスラフに、全ての力を使い切ったアルトリウスが「ざまぁみろ」と言わんばかりに笑みを浮かべながらすぐ後ろで崩れ落ちる。カレンの捨て身の特攻は、彼の接近を気づかせないための迫真の演技だったのだ。

「貴様、気づいて――ッ!?」

 クヴェトスラフが戦慄するも、アルトリウスは崩れ落ちたまま答えない。

 手首を切り落とされ、手から離れた漆黒の剣。それこそがクヴェトスラフの異能の全て――全てを集約させた結晶だということに、彼は果たして気づいていたのか。

 剣さえあればあらゆる条理を覆せるが、逆になければ何も起こせない。首を切り落とされても心臓を穿たれても生き返れるが、なければ死ぬのみ。

 それを本能的に理解していたのか、それともそうでないのかはわからないが――最適な行動をしたことは確かだった。

 そうして、二人にお膳立てされた最高の状況で――究極の魔術が、放たれる。

「終わり――だッッッ!」

 究極の極光。

 クヴェトスラフが何かの行動を起こすよりも、圧倒的に早く、彼を呑み込み――


 ――そして、全てが終わった。

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