第5話 「赤城の長い裾野と、フォルツァ(FORZA)というスクーター」
朔太郎の橋を渡り、左岸の遊歩道を5分ほど行くと康平が愛車を置いている、
2輪ショップの裏手へ出る。
「ウナギの寝床みたいな場所だよ」と悪口を叩きながら、康平が先へ進んでいく。
人ひとりがようやく行ける狭い路地道を、ジグザグに歩いて行く。
視界がひらけると、2輪車が並ぶショップの表通りに出る。
一番手前に康平の愛車。赤とシルバーに輝くヤマハの、シグナスXが置いてある。
「あらぁ、これが康平の愛車なの。
お洒落れで、可愛い雰囲気が漂っているスクーターですねぇ。
それにしても・・・・台湾でよく見かけるスクーターの形にそっくりです」
「よお、康平。あれれ、珍しいことがあるもんだ。
康平が女を連れてやって来るとは、・・・・こんにちは、お嬢さん。
海外向けの、こまかい情報を良く知っているねぇ。
これはもともと東南アジアと、欧州用に開発されたヤマハの戦略モデルだ。
高機種は売れないと言われている台湾でも、良く売れている。
ということは、もしかしたら君は、台湾の人なのかな。もしかして?」
ショップの奥から、パイプをくわえて店長が姿を見せる。
青いつなぎ服の店長が、スタイルの良い貞園を見て、にんまりと目を細める。
「美術の留学で、日本へ来て、1年が経ちます。
日系の人が何人も居ますので、日本語は小さいころ耳で覚えました。
台湾は1945年まで、日本の領地でした。
私の周りでも、日本語を話せるお年寄りたちが、まだまだたくさん残っています」
「どうりで、日本語が滑らかな訳だ。
康平が乗っている、ヤマハの125CCのシグナスXは、最近になって
国内でも人気が出てきた。
こいつは海外から逆輸入されてきたスクーターだ。
座席の下の収納スペースが、60リットル近くも有る。
ヘルメットなら2個が、らくらく収納できる。
ちょっとした外出や用足しには便利だ。2人乗りでも充分なパワーが有る。
しかし。遠出やツーリングをするなら、お薦めはこっちのスーパーースクーター、
250CCのタイプだな。
整備を終えたばかりのこいつなら、快適に山道の走りを楽しめる。
お嬢ちゃん、お天気は上々だ。
こいつに乗って、康平と赤城山のツーリングを楽しんでおいで。
あんたには、この可愛いピンク色のヘルメットを貸してあげよう」
店長が、ピンクのヘルメットを貞園へ手渡す。
康平に『ほらよ』と、フォルツァ(FORZA)の鍵を投げ渡す。
フォルツァ(FORZA)は、オートバイメ―カーとして有名な本田技研工業が
ヤマハやスズキに対抗して、2000年の3月から製造はじめた250ccのタイプの
ビッグスクーターだ。
「店長。話がいきなり飛躍しすぎです。
買出しのついでに、その辺りを案内すると言いましたが、
赤城山へツーリングに行く約束は、していません。
発売されたばかりのこいつの走りには、おおいに興味がありますが、
俺には、用事がたくさんあります。
だいいち貞園にも、そんな暇はないと思います」
「あら、康平くん。あたしなら全然平気よ。
充分に暇を持っているもの。
なんならいいのよ。今日はこのまま前橋に泊まっても」
「ほら見ろ、康平。
お嬢さんもすっかり、セクシーなスタイルを持つこのフォルツァ(FORZA)に、
気持ちがクギつけのようだ。
お前の腕なら、赤城山までの20キロの登り坂も、30分で攻略できる。
天気はいいし、たまには後ろに美人を乗せて、ツーリングするのも最高だ。
俺ももっと若ければ、この子を後ろに乗せて走りたいが、もう無理だ」
「私は、店長の運転でも全然かまいません。
行ってみたいなぁ・・・赤城山までの登りのツーリングに!」
「いいぞ。格別だ。今の時期の赤城山は最高だ。
1200mの山頂にある湖、大沼は、広大で見ごたえがある。
もうひとつ。小沼という火口湖は、コバルトブレ―の神秘的な水がきれいだぞ。
格別の夏の味覚が、この時期にだけ、赤城の街道に登場する。
この時期に採れる、高原物の焼きトウモロコシだ。
採りたての高原トウモロコシは、甘くて柔らかいうえに、
醤油の焦げた香りがなんともいえず、香ばしい・・・・
とにかく旨い。遠慮しないで、康平にたっぷり焼きトウモロコシを
買ってもらえ!あっはは」
「わぁ~、ますますもって素敵ですねぇ。
すぐそこに見えている赤城の山って、魅力があふれている山なのね。
ねぇねぇ、行こうよ康平。
見たいし、食べたいし、乗ってみたいわ、ビッグスク―タに!」
そう言いながら、貞園はすでにフォルツァ(FORZA)の後部席へ収まっている。
スクーターの座席は一体式だ。
後部座席は、お尻をホールドするためのゆるやかな曲線を持っている。
座った位置が一段階、運転席よりも高くなる。
こうすることで良好な、前方視界を確保できるようになる。
「わぁ~。腰を下ろしただけでも、居住性は抜群ですねぇ。
お尻が、すっぽり包まれているような気分です。
手を離しても、倒れないような安定感が有ります。
ねぇねぇ康平。早く走ろうよ。
私も、こいつ(フォルツァ)も、さっきからワクワクしながら
あなたが乗るのを、待っているのよ!」
「そうさ、最高だろう。こいつの後部座席の座り心地は」
パイプをくわえた店長が、笑顔で貞園に語りかける。
すでにヘルメットの紐をしっかりと締め切った貞園も、店長に向かって
『はい。とても素敵です!』と、上機嫌で、満面の笑顔を返している。
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