第7話 「ヘルメットに仕込まれたインカムと、もと最強の暴走族」

「耳が壊れるかと思ったぜ・・・・こいつは、店長の悪戯だな。

 オーディオ機器に手を加えて、インカムをヘルメットに組み入れたんだな。

 少し待て。音量を調節するあら。

 どうだ。このくらいなら。会話が聴きやすくなっただろう。

 それにしても、お前

 耳元で爆発した、絹を裂くようなあの甲高い奇声は、一体何だ。

 お前さんのすさまじい絶叫のせいで、俺の心臓が停りそうになったぞ。

 危ないところで、命拾いした・・・・」



 「それは、わたしのセリフです。

 初めて聞く男の悲鳴で、耳の鼓膜が破れるかと本気で思ったもの。

 それにしてもヘルメットをかぶったまま会話できるなんて、便利ですねぇ。

 何がどうなっているのかしら・・・・」



 「最近のビッグスクーターには、4輪車なみの居住性が求められている。

 オーディオはもちろん、ナビや、液晶テレビまで組み込まれている車種まで有る。

 新しい物が大好きな、店長のことだ。

 あちこち細工して、前と後ろで会話が出来るシステムを仕上げたんだろう」



 「と言う事は、こうしてヘルメットを被ったままで、わたしたちは、

 周囲から気づかれることも無く、愛をささやくことができるということかしら。

 洒落ていますねぇ。こんな真っ昼間から、耳元でアイラブユーがささやけるなんて。

 そうとわかれば康平クンの耳は、すっかりわたしの独り占めだ」



 「君が望むなら、それも可能だろう。

 それよりなんだ、さっきは俺に、何かを聞きたかったようだが」



 「ああ・・・それそれ。肝心なことを聞き忘れていたわ。

 さっきから見えている看板の、『ひがしのくに文化と歴史の街道』というのが

 気にはなるんだけど、道路地図でも見たことは無いし、

 まったく初めて聞く名前ですねぇ」



 「ひがしのくにじゃない。

 東国文化歴史街道(とうごくぶんかれきしかいどう)と読むんだ。

 特別の街道が存在しているワケじゃない。

 県内に点在している歴史的な名所や史跡、遺跡などへ通じていく

 連絡道路を総称して、そんな風に呼ぶ。

 幹線道路の国道17号と国道122号、国道353号、国道354号などへ接続していく、

 間道や枝道のことを指しているんだ」


 「なんだ、そういうことなのか。

 関東平野の真ん中なのに、ひがしのくに、という意味が良く分からないわ」

 

 「東国は、関東から発祥した、源氏の武士たちのことを総称している。

 江戸幕府を作った徳川家康の発祥地は、新田義貞が誕生した群馬県東部の

 新田の荘(にったのしょう)の中に有る。

 足利幕府を興した足利氏は、新田の荘と川を隔てた対岸の、栃木県足利市。

 京に都をおいていた朝廷は、関東以北の東北地方を制圧するために、

 軍事拠点と交易のための街道を、関東平野の中に設置した。

 それらの太古の道も、『東山道』や、『東国街道』と呼ばれている。

 東国武士たちの発祥の地を総称して、ひがしのくにと呼ぶ」



 「へぇぇ・・・・居酒屋の料理人のわりに、歴史の詳しいのね、康平クンは。

 で、今走っているこの歴史の道は、いったいどこへつづいていくの?」



 「この道の起点は、前橋市の千代田五丁目。

 そこから赤城山の山頂まで一直線に結んでいく、県道4号線だ。

 いま説明した東国文化歴史街道のひとつさ。

 赤城山の最高到達点までの、22キロの山道を一気に駆け上がる道だ。

 赤城山は、きわめてなだらかな長いすそ野を持っている。

 22キロ先の頂上までの道は、一度も途中で下る事が無い。

 登るのにつれて、道も急勾配になっていく。

 ヘアピンカーブが連続してあらわれる、登りの難所も有る」


 「なんだか、前途多難を思わせるような山道ですねぇ・・・」


 「市街地から10分も走れば、赤城山のシンボルの、真っ赤な大鳥居へ出る。

 そこから全開で3分も行くと、ラブホテルと蕎麦屋やうどん店の一帯へ出る。

 赤城山南面での、唯一の休憩地帯だ。

 そこから先は、手つかずの大自然の中へ飛び込んでいく。

 自然保護の規制を受けているので、建物は一切なくなる。

 現役で走っていたころなら、山頂最高点の1400mまでおよそ、

 15分もあれば駆けのぼれた」



 「22キロの急な山道を、15分余りで駆け上る?・・・・

 いったいあなたは何キロで、この山道を駆け登っていったのさ」



 「さぁ・・・運転が忙しくて、速度を確認する暇が無かったからなぁ。

 平均時速にして、80から90キロくらいは出ていただろう。

 30分もあれば楽々と、山頂と麓を往復することができた」



 「あきれた・・・・康平クンは、もともとは暴走族なの!」



 「そう言う表現も、世間には有る。

 だが俺はただ純粋に、バイクを走らせることが大好きだっただけだ。

 一般車がほとんど通らない、深夜に限っての走行だ。

 赤城山の南面を一気駆け上がっていくこの道は、もともとは有料道路だった。

 路面のコンディションが良かったため、走り屋には人気の道だ。

 夜になると、山頂方面から下ってくる車は皆無になる。

 対向車を気にせず、思い切り全力で駆け上がることができる事から、

 ここは数少ない”走り屋”たちの聖地になった。

 昔は2輪車が全力で走った聖地だが、いまは4輪のドラフト族が全盛だ。

 いつの間にか、タイヤを滑らせて山道をかけ下る連中が主役になった。

 金曜日の夜になると、ギャラリ―がたくさん見物に集まってくる。

 時代が変っても、暴走族は消滅しない。

 2輪車が消えたと思ったら、4輪がタイヤを滑らせて登場したからね」



 「康平クンは、もう、暴走しないの?」



 「後部座席に高価な、台湾ワインを積んでいるんじゃ無理がある。

 おまけにこのワインは、油断すると、見透かしたように俺に反撃してくる。

 どう考えても今日は、安全運転を優先するべきだと考えている」



 「うふふ。康平クンらしいわね。

 ワインの輸送には、くれぐれも気をつけて下さいね。もと暴走族くん」

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