第6話 「群馬版ローマの休日と、インカム装置のハプニング」
「王女様は、すっかり準備が整ったようだ、康平。
昔見た『ローマの休日』のような展開に、なってきたなぁ。
ショートカットに変身したオードリーヘップバーンは、実にチャーミングだった。
いっぺんに俺は、オードリーの猛烈なファンになっちまった。
後ろに恋人の新聞記者を乗せて、ローマの市街地をスクーターで走るあのシーン。
衝撃的なまでに美しかった・・・・
いまでもこの目に、鮮明に焼きついている。
2人乗りのスク―タといえば、恋人たちの定番だ。
覚悟を決めて、お前さんが磨き込んできたテクニックを見せてやれよ。
ここから見る限り、赤城山は、全山が快晴だ」
「ローマの休日ってのは、1953年に作られたアメリカ映画だろう。
いまから60年も前の作品になる。
へぇぇ・・・・店長の洋画好きは、オードリーヘップバーンが原点なんだ。
たしかに映画の中で、2人乗りのスクーターが登場しましたねぇ
黄色いスクーターだった気がしましたが・・・・」
「ベスパと言う名前のスクーターだ。
ベスパ (Vespa) は、イタリアのメーカー、ピアジオが製造したスクーターだ。、
イタリア語で、『スズメバチ』の意味がある。
映画に登場したのは、ベスパの125CCのタイプだ。
独特のデザインが受けて、他の映画やドラマでも使用されている。
日本でも、高い人気を呼んだ。
こいつに、「ビンテージシリーズ」と呼ばれるモデルが有る。、
50ccから125ccまでの小型車は、旧式化したためにイタリアでは
すでに製造が終了している。
だが日本国内の人気の高さから、特別に、日本向けとして生産が
開始されている」
バイクを語り出すと、店長の熱弁は止まらなくなる。
運転席に収まった康平が、ハンドルに手をかける。
握り心地を確かめた後、微笑みを浮かべて熱弁中の店長を振り返る。
「250ccに乗るのは初めてです。
なにか運転時に、特に心がけおくことがありますか。店長」
「そうだな。お前さんの腕なら何ひとつ、心配はないだろう
アドバイスというのなら、コーナリング時に、ちょっとした思いやりが必要だ。
いつものように、頭から突っ込んでいくのはやめてくれ。
鋭い侵入角度ではなく、やさしく優雅に旋回することを心がけてくれ。
グラスの水を、縁(ふち)に沿って回していくようなイメージだ。
くるりと柔らかく旋回していく・・・・できるよな、お前なら。
そうだな。大きめのワイングラスに、良質のワインを70%くらいまで満たす。
そいつを後部座席に置く。
ワインをこぼさないように、常にゆったりと柔らかい操縦する。
山道のカーブを、右に左に優雅に走り抜けていく・・・・
それがフォルツァの持ち味を生かした、上手い運転操作だと思うぜ」
「あら。・・・・ということは、後部座席に乗る私は、
台湾からやってきた、上等なワインということになるのかしら?」
「おう。まさにその通りだ。
後部座席に座るお前さんは、台湾からやって来た最高級のワインそのものだ。
康平。はるばる台湾から、やってきた大切なワインだ。
乱暴に橋って、後部座席のワインをこぼすんじゃないぞ。
わかったな。わかったら、もうさっさと走り出せ。
快晴の赤城の山が呼んでるぞ。
いいなぁ、若い連中は・・・・
俺があと20歳も若ければ、今頃はもう、あの赤城の山の真ん中を、
可愛いお嬢さんをうしろに乗せて、疾走している頃だろうに・・・・
惜しいなぁ。まったく、あっはっは」
セルを回すと、ホンダ独得の4サイクルエンジンが静かに起動する。
静寂なトルクが、心地よくシートを通じて全身に伝わってくる。
青いつなぎ服を着た店長が、ヘルメットの紐を締めている康平に向かって、
ビッグスクーターの性能を、あらためての説明している。
「いまどきのビッグスクーターは、人気に後押しされて高機能化しているぞ。
シフトモードは、通常走行用のD。スポーツ向けのS。7速マニュアル。
ここまでは標準だが、このさきが凄い。
スロットル操作に合わせて、自動でシフトチェンジが行われる
オートシフトモードというやつが、装備されている。
状況に応じて、自分好みの走りが選択できると言う訳だ。
市街地ならDで充分だろう。
山道や郊外ならスポーツモードのSがお薦めだ。
事前の説明は、この程度で充分だろう。
お前さんの腕なら、走っているうちに体で理解するだろう」
店長が後部座席の貞園に、視線を向ける。
「さてと・・・・
それでは本日、後部座席にお座りの上質で、上等な台湾からのワインさん。
運転中は、なるべく運転手さんと密着するような姿勢を取ってください。
街中なら普通に、楽な姿勢で座っていても、何の問題もありません。
しかし山道に入ると、話は別です。
2輪車の2人乗りは、後部座席の応援を必要とします。
康平は生まれながらの、山育ちです。
山道に入った瞬間から、めっぽう速くなるという、あきれた性癖を持っています。
スクーターを運転する者と、後部座席に乗る同乗者が一体化したとき、
ビッグスクーターの、本来の性能が発揮されます。
一体化するために、カーブに入ったら、内側方向へ身体を傾ける。
それだけで快適なツーリングが楽しめるでしょう。
じゃあな康平クン。お嬢さんを守ってやりながら、慎重に行けよ」
ポンポンと康平のヘルメットを叩いた店長が、バイクショップの中へ消えていく。
バケットタイプのシートは、ライダーと同乗者の腰をしっかりと包み込みこむ。
座っただけで、安心感と安全性が実感できる。
地面に足を着く時の高さも、充分すぎるほど考慮されている。
(なるほど。高からず低からずの丁度良いシートだ。)
足を着くための配慮も充分だ。これなら、満足度の高いツーリングが出来そうだ)
軽くスロットルを開けると、フォルツァがスムーズな反応をみせる。
滑るようにビッグスクーターが走り始める。
爆発的な加速性能を内部に秘めたまま、60キロの巡航速度へいつのまにか
到達していく。
あっというまに、バイクショップの店先を離れていく。
路地を一つ曲がった瞬間、ビッグスクータが前橋市の中心部へ踊り出る。
軽いクッションで、歩行者用の舗道を乗り越える。
康平が乗り入れた道は、ケヤキ並木の2車線の道路。
目の前に現れる坂下のバス停は、赤城山麓を走る上毛鉄道の中央前橋駅と、
JR前橋駅を結んでいるシャトルバスの、数少ない停留所のひとつ。
ポンポンと後部座席から、貞園が康平のヘルメットを叩く。
会話をしたという合図だ。
貞園が必死に何かを問いかけているが、康平のフルフェイスタイプの
ヘルメットは、肉声を聞きとる事ができない。
メーターの隣りに、オーディオ機器が組み込まれている。
その横に、携帯電話の受信装置も付いている。
操作用の液晶画面の脇に、『会話用』と書かれた赤いスイッチが見える
(こいつで、会話ができるのかな、もしかして・・・)
康平が赤いスイッチをオンにする。
インカム(会話のできる小型の内部伝達装置)付の康平のヘルメットが、
後部の声をいきなり伝える。
大音響といえる貞園の声が、ヘルメットの中でさく裂する。
「あっ・・・」康平が、驚きの声をあげた次の瞬間。
今度は後部座席の貞園がヘルメットの耳の部分を両手で抑えたまま、
あまりの音響に、そのまま苦悶の悶絶を見せる・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます