第10話 「焼トウモロコシと、同級生、五六(ごろく)の登場」
広い駐車場に、じぶじぶと焦げる香ばしい醤油の香りが漂よってくる。
屋台に、バーベキューで使うような、大きな金網がデンと置かれている。
その上にたった今、畑で収穫されたばかりのトウモロコシが、手早く皮を剥かれ、
無造作にコロコロと、強火の上へ転がされていく。
「あら。茹でないで、採りたてをそのまま、金網の上で焼き始めてしまうのね。
群馬の焼きトウモロコシは、ダイナミックですねぇ!」
「あったりまえだ。そこのお姉ちゃん!
そこの畑で、採って来たばかりのトウモロコシだ。
みずみずしいうちに、こうやって、遠火の強火ってやつで一気に焼きあげる。
荒っぽいやり方だが、こうして焼きあげるのが一番うまいのさ。
おっ、なんだよ、誰かと思えば、やっぱり康平か。
なんだ。女を連れているのなら、最初からそういう風に俺に挨拶しろ。
いい女だから、ナンパしょうと思って、つい熱弁をふるっちまったぜ」
あははと、売店の男が大きな声で笑い出す。
「康平。なんなの、その・・・・遠火の強火っていうのは」
「強い火力のまま、遠い距離で焼き上げる。
炭の持っている遠赤外線の効果で、内部からじっくりと焼き上げる。
素材の味を損ねず、ふっくらと甘く仕上げることが出来る。
こいつは俺の同級生で、もともとテキ屋稼業で稼いでいた男だ
焼きかたにも、長年の年季がはいっている」
頭にねじり鉢巻きをした、真っ赤なTシャツの男がニコリと笑う。
顏は怖いが笑顔には、なんともいえない愛嬌がある。
康平が『ようっ、久し振り』と片手を上げる。
「おう。お前も元気だったか」と男も、嬉しそうに康平に手をあげる。
「気をつけろよ、貞園。
こいつ。こう見えても、愛妻と可愛い美人の双子の父親をやっている。
だけど生まれつき、女にはすこぶる、手が早い。
君の様にスレンダーで、かつ胸の大きい女性には、きわめて執着するタイプだ。
口車に乗るな。後で泣かされることになる」
「いきなり何だよ、康平。
久し振りに顔を出したと思ったら、いきなり嬉しくないアドバイスかよ。
俺んちの可愛い双子の娘たちも、まる2歳になった。
いつまでも、悪さが出来るかよ。
いまじゃ改心して、峠の焼きトウモロコシ屋のオヤジに収まっている。
それにしても、お前、腕を上げたなぁ」
「いつになく、早かったぞ、お前」と康平の顔を覗き込む。
「良い音をさせながら、登ってくるライダーが居ると直感した。
どんな奴だと期待しながら待ったら、なんと2人乗りのスーパースクーターだ。
しかし、相変らず、腕は良いようだな。
遠くから聞いていても、エンジンのふける音が全く違う。
いまでも赤城の最速の腕は、衰えていないようだな。康平」
「えっ・・・・やっぱりそうなの。
そんなひどい暴走族だったの。この人は、大昔から」
「俺も、自信のある赤城の走り屋のひとりだった。
だが、こいつにはまったく歯がたたなかった。
カーブを5つも抜けるころにはもうこいつは、はるか彼方に消えている。
スピードの次元が、ケタ違いなんだ。
あのスーパースクーターも、例の店長が、面白半分に改造したものだろう。
でなきゃ、長いストレートから、ここまでのカーブが連続する3キロを抜けて
最速タイムで、登って来られるはずがない。
お前、気が付いていたのか。いままでの、最速のタイムだぜ」
「最速タイム? わざわざ測っているのか。お前」
「土日なら観光客たちが来るから、商売にもなる。
だが、平日はすこぶる暇だ。
たまに物好きな暴走族が、長い直線を全速力でぶっ飛ばして来る。
カーブの区間を抜けて、ここまでを全開で登ってくる。
興味半分に計測をはじめたら、いつのまにかクセになっちまった。
だが、どいつもこいつも下手くそな連中ばかりだ。
バイクの性能はすこぶるいいが、腕がダメだ。
どんなに頑張ったって、最速のタイムなんか出るもんか。
ところがだ。今日に限って、久々に良い音を響かせて登ってくる奴が来た。
俺は、直感的にピンときた。
第1カーブの立ちあがりのエンジンの音も、加速に入るときのタイミングも
ドンピシャリで、最高だった。
こいつは期待ができそうだと、本気でタイムを計り始めた。
だがここに着いたのがスクターとは、驚きだ。
女を乗せたスーパースク―ターが、赤城最速のタイムをたたき出したんだ。
びっくりしたのは、こっちのほうだ」
「へぇぇ。エンジンの音を聞いているだけで、あなたは、
オートバイがどのあたりを走っているのか、ちゃんと見当がつくの?」
「当たり前だぜ。お姉ちゃん。
ここは、ガキの頃から走り慣れた、俺のホームグランドだ。
あの直線を何分で走り、どれくらいの速度で第1カーブへ突入していくかで
運転している人間の力量を、判断することができる。
まず第1カーブを、最小限のブレーキ操作で乗りきる。
あとにつづくカーブを、速度を落とさずどう走るかでタイムが決まる。
エンジンの音をきいていれば、俺にはそれがわかる。
下手くそな奴にかぎって、カーブの手前で目一杯のブレーキを踏む。
それを取り戻そうとして、今度はカーブの立ちあがりでアクセルを開ける。
ジタバタ苦戦しながら、嫌がるオートバイをいじめぬく。
だが、本当に早い奴は違う。
滑らかに、流れるようにオートバイを操作する。
減速は最小限度だ。カーブの出口からもう次のカーブのために、
最適なラインに車体を乗せて、加速をしながら駆け抜けていくんだ。
どうだ、お姉ちゃん。
すさまじい速度で、赤城の坂道をすっ飛んできたというのに、
康平の背中で、安心して、ツーリングを楽しめただろう?
上手い奴の運転と言うのは、そういうものだ」
「たしかに、風を切るのが楽しかったわ。
恐怖心なんか、まったく無かったもの・・・」
感心して聞いている貞園を尻目に、赤いTシャツがひょいと、
屋台の裏側へ消えて行く。
何が有るのだろうと貞園が覗き込むと、抱えきれないほどのトウモロコシを
持って、赤シャツが元気に戻ってきた。
(11)へつづく
からっ風と、繭の郷の子守唄 落合順平 @vkd58788
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