3.旧隅田川大暗渠
いくつかの<復原>に出くわしながらも移動は順調に進み、太陽が真上にのぼるころ、僕たちは予定通り、旧隅田川大
『止まってください』
僕は全員に告げてから、列の先頭に進み出る。
だから眼前の光景は、ほかの場所となに一つ変わり映えしなかった。
無限に広がる白い砂丘……。
だが、ひとたび<復原>がはじまれば、川は再び姿を取り戻す。
そのときもし真上に立っていれば一巻の終わりだ。
落下した僕らは崩壊とともに埋められ、二度と太陽を見ることはないだろう。
<地図>を見ながら、再度、進むべき方向を念入りに確認する。
これから僕たちは、両国橋を渡る段取りだった。
全長164.5メートル、幅24.0メートル。三径間ゲルバー式鋼鈑桁橋。
一九三二年十一月に竣工して以来、改修は二〇二五年に一度きりしかおこなわれていない。
それはつまり、いままで<復原>が観測されたどのバージョンの東京においても、この場所にはほぼ常に同じ橋があることを意味する。万が一、渡河中に<復原>が起きたとしても、この上にいれば生存できる可能性がきわめて高いのだ。
問題は進む角度だった。
橋の全長は、幅のおよそ七倍。橋の中央を直進するとして、進路が左右いずれかに四度以上ブレるだけで、橋から出てしまう。高低差や目印があるならばともかく、何もない砂漠でその精度を保つのは困難だ。
このような場合――つまり、バッテリーの消耗より隊全員の生存リスクの方が大きいと判断される状況――には、<地図>の常時共有が許可されている。
いずれにせよ、墨田エリアに入ればいったん休息をとるだろう。
ここで出し惜しみをする必要はない。
リーダーの許可を取り、<地図>のリアルタイムデータを全員に接続する。
『全員、経路を確認したな。では、これより両国橋を駆け抜ける。<復原>の兆候はいまのところないが、くれぐれも橋の上から出ないように。行け!』
号令と同時に、いっせいに走り出す。
渡河はいつでも危険と隣りあわせだ。
たとえ橋の上にいても、<復原>が中途半端な形に終わるおそれもある。また<復原>が完全でも、強度が弱ければ重みに耐えられず崩落するだろう。
足場の悪い砂地で、防護服に身を包み、さらに<地図>を確認しながらでは、どれだけ速く走ろうとしても限界がある。地図上では大したことないはずの距離が、とほうもなく長く感じられる。
<地図>のうえでのろのろ進む光点を見つめながら、一心に走る。砂に足をとられてよろめき、地面に手をついた。前をゆく者たちは振り向かない。立ち上がり、また走る。ようやく半分を過ぎた――先頭集団は、早くも対岸に達している。誰かが到着したら、地図を見る必要はない。そのひとりが目印になるからだ。全員のスピードがあがる。あと五十メートル。すぐ前を走るメンバーの走り方がぎくしゃくしていた。足でもくじいたのだろうか? 迷ったが、手を貸すことにした。彼は
踏んだはずの地面が消えた。
つんのめって前へと倒れこむ。必死でなにかをつかもうと腕をふりまわすが、触れる砂はさらさらと下に落ちるばかりで手ごたえがない。僕は理解する。<復原>がはじまったのだ。背後を振り返ると、白い流砂がみるみる地面へと落ち込んでゆくのが見えた。重力は容赦なく僕を引きずり、やがて砂の奥から逆巻く激流が――
大きな力が、僕の手を引っ張り上げた。
そのまま体ごと、地面へと投げ出される。
地面?
平行な砂地を認識した瞬間、体が反射的に穴と距離をとった。
どどどうと音を立て、背後で大量の砂が落ちる。
顔を上げると、例の
……助けられた?
バイザー越しの表情は、逆光に隠れてよく見えない。
『点呼』
リーダーの声に気をとられたときには、彼はもう前を向いていた。
相変わらずどこかぎくしゃくとした動きで、仲間のもとへと歩いてゆく。
調査隊の通信に、感謝をあらわすコードは存在しない。
だから僕は、彼の後ろを追いかけつつ、頭の中だけで礼を言う。
当然、彼は振り返りもしなかった。
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