6.展望室の残響

 東京二十三区が見渡せるその部屋は、かつては多くの人で賑わったとされる。

 いま、そこには誰もいない。


 特級遺構<天空樹>。その上空450mに浮かぶ、展望室。

 満たすべき主人を失ったまま、円筒状の空間は広がっていた。

 僕らのヘッドライトに呼応して、建材の白砂が蛍光を放つ。

 長い影をきながら、僕たちは部屋に入る。

 覚えている限り、過去の調査でここまで訪れたのは、わずか二回。

 そして、おそらくこれが最後になるだろう。


『時刻、二○一五。調査開始』


 隊長の命令で、仲間たちがいっせいに動く。


 強度。

 来歴。

 形状。

 成分。

 

 それぞれの項目を、それぞれの役目を持つものたちが、測りはじめる。

 最後だからといって、そのプロトコルに変化はない。

 なぜって、僕たちはそのようには作られてはいないから。 

 目的地があり、こなすべき調査があり、状況に応じた手順がある。


 そうやって僕らはずっと生きていた。

 ただ、ひたすら。


 僕は調査をする仲間たちを見ていた。

 体機能は省電力モードに切り替えられている。

 地図観測員マッパーである僕に、ここでの仕事はない。


 正面にある大窓の向こうには、塗りつぶされた闇。

 黒い視界に、ノイズのような光が混じる。

 星だ。

 

 データベースによれば、かつての東京で、これだけの星は見られなかったのだという。地上で輝く明かりが、星たちを上塗りしてしまったのだとも。


 人間。


 僕を作ったもの。

 僕たちに命じたもの。

 僕たちを助けぬもの。


 思いを馳せる。

 彼らは何を思い、この地に生きていたのだろう。 



「ねえねえ、見て!」


 

 イヤホンを貫く声に、警告アラートが鳴った。

 意図不明。識別番号なし。声紋不明。外敵の危険性あり。

 体機能が一瞬でアクティブになり、僕は振り返る。

 

『誰だ!?』


 だが、何もなかった。


『どうした、地図観測員マッパー


 無音のスピーカーに、隊長の通信が届く。

 僕は報告する。


『いま、あの方角から通信が』

『通信だと?』


 通信を個人帯域にしておくのを忘れていた。

 全員が調査をとめ、僕の方を振り返る。

『通信だと?』

『通信だと?』

『通信だと?』

 いっせいに僕に向けられた反応が、幾重にもなって鳴り響く。

 僕の中の言語冗長化処理は、その音声すべてに、疑惑の感情を付け加えていた。

 他ならぬ自分自身が、その事実を信じていなかった。


『そんなものは聞こえなかったが』


 隊長の返答も予測の範疇だった。

 僕は答える。


『申し訳ありません。エラーのようです』

『エラー?』


 隊長は僕の返答を繰り返し、そしてまた、予測の範疇のことを言う。


維修員リペアマンを』


 気づけば、口が動いていた。


『隊長。維修員リペアマンは、もう……』

 

 驚愕は遅れてやってきた。

 


 僕は、僕たちは、彼の指令に従うことしかできない。

 反論するすべを持ってはいない。

 だのに、いま、僕の口から出た言葉は、確かに……。


 そして、また声が聞こえた。

 今度こそ、はっきりと。


「ママ! 見て! ……すごいよ! 地面が玩具おもちゃみたい!」


 

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