5.天空樹

 予定どおりにそれは起きた。

 突き上げられるような揺れに、待機していた僕たちは身構える。


地景ランドスケープに巻き込まれないよう注意しろ!』


 リーダーの怒号と同時に、前方の地面が裂けた。

 落ち込んだ砂を、溢れ出した地下水が上書きしてゆく。

 そのうえへ、筆で描くようにして東武橋がかかっていった。


 川向こうの動きは、より激しかった。交差点の周りを囲むように、さまざまな直方体が砂をまき散らしながら次々と立ち上がる。

 地響きはますます大きくなり、視界が揉みくしゃに揺さぶられた。


『来ます!』


 右前方、数百メートル先の地面が弾けた。

 幾条もの白い茎が、月明かりに淡い蛍光をかえしながら、ゆっくりと夜空へと伸び上がっていった。それぞれの茎は太さを増しつつ横枝を伸ばし、隣の茎とからみあって、美しい編目模様をえがく。 

 

 あぶれた砂が地に落ち、暴風となって僕らを襲った。

 僕たちは地面に伏せてそれに耐えた。

 白い砂が容赦なく降りかかる。背中に、頭に、足に。

 吸い込めば僕たちを殺す、美しくも忌まわしい粒子。


 先ほどの維修員リペアマンを思い出す。

 僕を引き上げた手。

 黒い涙。

 砂漠にひとりたたずむ後ろ姿。 


 自分が自分であることに気付いてからも、ルールは不可逆だった。

 僕たちは設計に逆らえない。 

 だからなにも言えなかった。

 礼も、弔いも。


『点呼』


 砂塵が止み、リーダーの指示に僕たちは従う。

 

『予定を』


『時刻は一八〇五。特級遺構<天空樹>の復原を確認。これより解析に入ります』


『わかった。各自注意しつつ、接近』


 静寂をとりもどした夜のとばりの中、僕たちは進む。

 その先にあるのは、白く輝く巨大な塔だ。


 天空樹スカイツリー

 <塵禍>は、この構造物の先端から始まったとされている。



 ※


 

『凄いな……。この強度なら、数日間だってもちますよ』


 壁面に機器をあてたメンバーがつぶやく。


『内部構造はどうだ?』


 リーダーが僕に聞いた。


『こちらも完璧です。毀損はほとんどありません』


『そうか……運がいいな』


 最後の一言は、僕が翻訳で付け足したものだ。

 そう。運がいい。

 復原の強度と精度は、<塵禍>が起きた日に近いほど高くなる傾向にある。

 このバージョンの天空樹が、僕たちの求め続けたものである可能性は高い。


 ここを訪れることができるのは、おそらく今回で最後だ。

 <天空樹>の出現周期は

 最後の維修員リペアマンを失った僕たちは、おそらく次までは生きられないだろう。


 目的を果たすとするならば、いま。

 この調査をおいて、ほかにない。


『調査を開始する』


 搬入口から、僕たちは塔内に入る。

 目指すのは塔の心柱。

 非常階段だ。

 


 ※



 一歩足を踏み入れた瞬間、違和感があった。

 センサーに反応はない。

 計器類に異常はない。

 だが、、確かにそう伝えていた。

 



 ――誰かに見られている。

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