2.砂塵構造体


『状況を確認』 

 

 号令を機に、僕たちは防護服の砂を注意ぶかく払いつつ、あたりを見回した。


 <復原>は、思いのほか小規模だったようだ。

 明確な形をとったのは、核となった一棟のみ。地景ランドスケープも、エントランスに面した歩道部分だけと、わずかな範囲にとどまっている。

 ガードレールは基部のみ。街路樹は、幹の半ばほどで再生を止めていた。

 その断面から、白い砂が小さな滝のようになって流れ落ちている。


『全員無事です』


 報告の合間にも、構造体は<復原>の仕上げに入る。なめらかな表面がわずかに震え、無数のアウトラインが刻まれていった。柱型、基礎、窓のサッシ、バルコニー、軒裏、壁の目地……。線に区切られた領域は、やがて凹み、張り出して、細かな陰影を象ってゆく。


 やがて大きく開いたエントランスの砂が流れ落ちると、閉じられたシャッターが現れた。張られているポスターには、「テナント募集中」の文字が書かれている。


 それを最後に、砂漠は再び停止した。

 つかのまの喧騒が絶え、あたりに静寂がまいもどる。


『よし、かかれ』


 リーダーが命令し、数人が構造体へと向かう。僕を含めた残りの人員は、あたりの哨戒にあたった。<復原>が連続して起きることはめったにないが、何事にも例外はある。そのせいで、かつて五人が犠牲となった。同じ轍はもう踏まない。


 調査員たちの信号がやかましく飛び回る。


『テイソはあるか』

『ありました。例によって南東基部です』


 テイソとは、ビルヂング型構造体の大半に備わっている一種のタグだ。建築物の完成日と製造者が書かれており、それをもとに、砂塵構造体の来歴を同定できる。


 ビルヂング型はその点やりやすかった。例えばテイソを持たない一般コダテ型の場合、形状や位置情報をもとに照合をかけるしかなく、そのぶん、余計な時間を食う。もっとも、実際に内部を探索するとなれば話は別となるが。


『1998年竣工……河山建設……』

『過去に調査済みだな。復原強度はどうだ?』 


 リーダーの呼びかけに、構造体の壁面にセンサーを当てていた調査員が答える。


『だいぶ結合が緩いですね。密度も粗い。半時間ももたないでしょう』

『張り紙の文字は、入居者を募る定型句です。内部に有用な痕跡がみられる可能性は低いと思われます』


『わかった。この建物の優先度は低いと判断する。リスクを冒して内部調査をする必要はない。各員、作業を切り上げ、予定通り移動を再開せよ』


『了解』

『了解』

『了解』


 メンバーたちは手早く作業を終え、ふたたび僕らは隊列を組んでゆく。


地図観測員マッパー。座標を』

『はい』


 データを共有する。

 僕たち一行は、下り車線のうえで一列縦隊となっていた。

 その進行方向が、わずかに南へとズレている。

 僕はてきぱきと指示を出し、微調整をおこなう。


『予定を更新せよ』


『時刻〇七三〇、現在地、新宿ステーション付近。東京都道ルート三〇二<靖国ライン>を西進して国道ルート一四へ乗り入れ、旧隅田川大暗渠あんきょを渡って目的エリアに入ります。到着予定は一二一五です』


『では六〇秒の身辺確認の後、移動を開始する。警戒は怠らないように』


 同意の信号が飛んだ。



 ※



 歩き出してすぐ、物音がした。

 振り返ると、すでに構造体は崩壊をはじめていた。

 上端から、ビルが形を失って消えてゆく。 

 勢いを増すホワイトノイズ。


 ――ふと、建物の窓に、動くものを見た気がした。

 なんだ、あれは?


地図観測員マッパー。座標を』


 リーダーの声に、我に帰る。

 規定の間隔を、三歩オーバーしていた。


『座標を』


 僕は慌てて<地図>を共有する。


 再び振り返ったとき、そこにはただ、何もない砂丘が広がっていた。

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