砂塵の都

維嶋津

1.白と青の海


 つらなる砂丘が、昇る陽を受けて、しらじらと耀かがやく。

 無感動にそれを眺めながら、僕たちはゆく。


 陽光はガラスの棘のようだ。

 防護服内の温度が、じりじりと上昇するのを、僕は観測する。

 雲もなく、風もない。

 この場にあるのは二色だけ。

 砂の白と、空の青だ。 

 前をゆく隊列は、陽炎かげろうのヴェールに覆われている。

 


 ※



 二十歩ごとに、座標の確認をおこなう。


 正しく目的地へ向かっているか。

 ルートを外れてはいないか。

 危険領域の見落としはないか。


 目印のない砂漠では、<地図>だけが頼りだ。

 車道の上を歩いているうちはおおむね安全だが、それでも一瞬の油断が命取りになることを、僕たちは身にみてわかっている。

 つい先日も、ひとり崩壊に巻き込まれて消えたばかりだ。

 口数は少ないが、仲間想いのいいやつだった。


 メンバーは当初の三分の一に減っている。 

 求めるものはここにあるのだろうか?

 人員の補充は見込めないのだろうか?

 調査はいつまで続くのだろうか?

 全員が死ぬまでか?


 浮かびかけた暗鬱あんうつを、慌てて飲み下した。

 動機を失った者から死んでゆく。

 それがここの日常だ。


『待て』


 先導者から通信。

 声色に含まれる、鋭敏な警告アラート

 僕はとっさに姿勢を低くして、変化に備えた。


 足元が、かすかに揺れている。


『二時の方向だ! 退避しろ!』


 指示と同時に、前方右手の地面が沸き立つのが見えた。

 近くにいた何人かが、泡を食って逃げてゆく。

 僕はただちにデータを共有する。

 <地図>に、全員の座標点をリアルタイムに重ね合わせたものだ。

 歩道寄りを歩いていた点が、一斉に車道中央付近へ移動をはじめた。

 この領域から出なければ、少なくとも巻き込まれる危険はない。


『来るぞ』


 轟音。


 と同時に、間歇泉かんけつせんのごとく噴出する砂。


 白い嵐が、たちまち僕らを包みこむ。

 防護服が激しく揺さぶられる。

 バイザー越しの視界が、純白に染まる。


『あまり中央に寄りすぎるなよ。分離帯の街灯に貫かれるかもしれん』


 マニュアル通りのアドバイスに、同意の信号を返す。

 その瞬間、砂塵を貫いて、巨大な影が空へ伸び上がるのを、僕は見た。


『丙種か』


 誰かが告げる。

 いくつもの信号が、それに同意する。

 僕は返事をせず、なおも伸びてゆく物体に目を凝らす。


 それは僕らを殺す脅威。

 と同時に、僕らが追い求め続ける調査対象ターゲット

 この広大な砂漠の主人にして、遠き繁栄のまぼろし。


 風が止む。

 視界が晴れる。


 先ほどまで平地だった場所に、真っ白な直方体が屹立きつりつしていた。

 それは、かつて東京二十三區で、最もありふれていた建造物。


 丙種ビルヂング型砂塵構造体。

 通称、雑居ビル。

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