第6話:裸の我森後

 各局のワイドショー番組では、独自の取材を基に、様々な角度からこの事件を伝えた。この事件というよりは、我森のことについてである。また、ネットに流出した拘束時の写真以外に、同じような構図で、我森がうつむいていない写真が新らたに週刊誌に掲載された。容疑者であること、その容疑が殺人未遂であることから、秋山は、この事件の扱われ方に違和感を覚えた。そして、世間の反響がアンマッチであることが気にかかっていた。

 週刊誌が、我森の顔が分かる写真を掲載したことで、一気に「これまで」の我森の写真も電波に乗り始めた。読者モデルをしていた頃の写真、中学時代の水泳競技会の模様、そして、高校時代の(隠し撮りのような)制服姿の写真。これらはすでに、ネットの世界で出回り、ものすごい速さで共有されていた。リアルのコンテンツをバーチャルの世界で転がして遊ぶ匿名たち。不特定多数のユーザーが垂れ流す、我森のわずかな真実と多くの嘘。秋山は、ここ数年の「この速さ」に、時代の流れと恐怖を感じてしまうのだ。

 世間の反応が大きく変わったのは、ある番組がスクープしたインタビューだった。遺体発見現場となった家を貸していた大家が、取材に応じたのだ。

「あの子が、人を殺すなんて、ちょっと考えられませんけどね。でも、まあ、そういう犯人は、だいたい、考えられないことをしてしまうんでしょうね。あの子の両親は、まだあの子が産まれて間もない頃に殺されてね。それは、むごたらしい殺され方だったらしいですよ。強盗に入られて、そのまま殺されたそうです。まだ、一歳にもなってなかったあの子は、しばらく、お医者さんに通っていたみたいです。精神的にちょっと不安定なところもあったみたいですね。でもね、ここに移り住んできてからは、元気でしたよ。挨拶なんかもしっかりするし、一人で暮らし始めてからも、家賃だってきっちり払ってくれました。毎晩遅くまで働いてるようで、私も時々は心配になって大丈夫? って声を掛けたりしたんですけど、あの子、大丈夫です、ってね。ほんっとに、立派ないい子でしたよ。ここに元々住んでたご夫婦が、しっかりと育てたんでしょうね。血も繋がってないから、衝突もあったのかもしれませんけど、私らには全然、優しい子だと思ってましたよ。そんなね、ひとさまの娘さんを殺すなんて。まだ信じられません。生まれてから、ずっーと大変なことばっかりであの子、不憫でたまらないですよ」


 裸の写真が流出してから、まるで「物」を扱うような書き込みばかりだったが、この大家のインタビュー後から、悲劇の主人公のように、「人」を扱うような内容に変わっていった。ネット上の掲示板という掲示板が、炎上した。格好いい! かわいそう! 守ってあげたい、助けてあげたい。そんな書き込みに、また誰かが同調する。それをテレビという公共の電波で伝える。正義と不正義が、イメージだけでコロコロと形を変えていった。

 我森の知らないところで、形のない「グループ」ができ、文字だけでつながりながら飛び交った。いつの間にか、彼はカリスマ的な存在にすらなっていた。元をたどれば、我森の両親を殺した強盗が悪いんじゃないか。もう二十年近くも昔の事件が、またネット上であふれ出した。その強盗が当時未成年で、無期懲役の判決後、今ではもう普通に社会生活を送っている。この事実がネットに書き込まれると、それに対する怒りの声が、日に日に大きくなっていった。当時少年Aだった強盗殺人犯の実名まで、ネット上に垂れ流された。

 我森を伝える多くのネット上の情報が、我森へ同情するようになり、ほとんどのワイドショー番組は大きく扱わなくなった。焦りを感じたマミの母親は、カメラの前に立ち、顔も声も変えず、我を忘れ、大泣きで訴えた。

「娘は殺されたんです。大けがを負わされて、そのまま放っておかれたんです。すぐに救急車を呼んでいたら、娘は助かったんです。なのに、それをしなかったんです。だから、娘は死んだんです。もう、戻って来ないんです。なのに、殺した方だけが、のうのうと生きていくのは、耐えられません。娘を返してください。それができないなら(ピー)も同じような目に遭わせてください」

 マミの母親は、我森の名前を叫んでいたが、ピーでかき消されていた。この母親のインタビューが報道された直後、マミの友人Aとして、顔を隠し、声も変えてテレビに映った女子大生の出現で、この話題は一つの区切りを迎えることになった。事件当日、マミがその友人AにLINE通話をかけていたという内容だった。

「笑いたければ、笑ってもいいわよ。バイバイ」

その時、マミはそう言ったという。世間で騒がれるようになって、それがどんどん大きくなる中で、友人Aはなかなか言い出せなかったらしい。


 大介は、この事件がこれほど世間を騒がせることに驚いていた。驚くと同時に、責任の一端は自分にあるとも思っていた。初動捜査で我森の身辺をあらっているとき、一人の記者が近づいてきた。その記者は、我森と高校時代の同級生だと言った。我森の家で事件があったこと、それについて刑事が嗅ぎ回っていること。大介がその同級生という記者から事情を聞くと言うより、逆に、根掘り葉掘り聞かれているような気がしていた。結局、その記者が大介の後をつけ、香川まで来て、あの写真を撮ったのだ。

 我森の話題が大きくなり始めると、また、その記者は大介にコンタクトを取ってきた。事件はいま、どうなっているのか。本当に被害者は、自殺したのか。我森が殺した可能性はゼロなのか。そして、この事件以外のことについても、すでに警察は動いているのか。矢継ぎ早のそんな質問に、大介は一切応えず、ただ一点。なぜあの写真が撮れたのかを記者に問い詰めた。

「たまたまですよ。あいつが露天風呂に入っていったんで、まぁ、この先、なんかに使えるかと思って、裸でもおさえることにしたんですよ。そしたら、ビンゴ。あんな現場が押さえられるなんて、ほんと、こっちが驚きましたよ」

にやにやしながら話すその記者は、その時の詳細を嬉しそうに話し出した。露天風呂の脇に小さな林があり、立ち入り禁止という低いフェンスを越えると、何かの足場のようなものが組まれていたこと。そこに上ってみると、しっかりと露天風呂の様子が見渡せたこと。その後、せっかく撮ったスクープ写真なのに、どこも買い取り手がなく、しかたがないので自分でネットに流したこと。それが大きな反響を呼ぶと、手のひらを返したように、今度は売って欲しいと、向こうから言ってきたこと。

 記者が「写真って、やっっぱり良いですね」と言いながら立ち去っても、大介の頭からは、記者の言った「この事件以外のこと」というのが離れなかった。もともと、我森の家から八百万近い札束が見つかったことに、大介は注目していた。我森の足取りを追いながらも、そのことが気になってしょうがなかった。大介以外は、あまりこの札束について追求しなかった。ホストやモデルのようなことをやって、その反面、普段の生活が非常に地味だったことから、このぐらいの金額が貯まることもあるだろうと考えていた。しかし、大介は、二十一歳の若者に、八百万円という金額が貯まるとは、どうも納得できなかった。そんな中での、余罪を匂わせるあの記者の言葉。それと、八百万円が、結びつくような気がした。

 すでに、大介は「次」の事件を追っていたが、休みの日や空き時間で、独自に我森の八百万円について調べた。大介の頭には、どこかに危機感のようなものがあったのだ。怪我をさせた相手を置き去りにしたという行為も忘れて、裸の写真や生い立ちがだけが一人歩きして世間を惹きつけた我森。彼が、このまま悲劇の主人公として終わってしまっていいのか。


 半年後。


 傷害罪で、罰金刑に終わった我森の事件は、もう世間の多くが忘れ去っていた。しかし、大介は地道に調べを進め、柏本宏美にまで辿り着き、綿貫孝一の存在もつかんだ。「金」の出所へ近づくに連れ、大介の中にあった危機感のようなものは、薄れていった。


 ここ最近、休日になると、大介はいつも同じホテルにいる。ホテルの一室で、シャワーを浴びている宏美が出てくるのを待っている。ぼんやりと、スマホを見ながら。

「我森の代わり、俺じゃ、だめっすか?」

 大介の言葉に耳を疑った宏美が、あきれかえった顔で笑う。

「身体でしょ、ようは。俺も、そこそこ、いいですよ」

 宏美に近づいた大介と、それを受け入れた宏美の関係は、ここ二ヶ月ほど続いている。確かに、大介は我森に負けず劣らず、若く張りのある身体だった。宏美は、大介の身体に溺れ、プレイを終えると、大介の身体に残った縄や鞭の跡を、そっとなめてやるのだった。


 じんわりしたこの感覚は、一体何だろう。ゆらゆらした、心地よいこのブレは、どうしたんだろう。コーチとして働き始めた水泳教室のプールサイドで、我森は、天井を見上げていた。穏やかな秋晴れだった。そこに、スーツ姿もようやく見慣れてきた陽人がやってきた。陽人が就職した会社は、一年目の一日目から、名刺だけを持たされ、あちこち営業へ行かせるようなところだった。二ヶ月ほど前の夏の始まり、何の結果も残せず、困り果てて駆け込んだ水泳教室で、陽人は、我森と出会った。彼は、鞄から取り出した自社のスイミング用品のパンフレットを渡しながら、あの時、我森の背後に、大きな太陽を見たのだった。


                                   了

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