二年生晩冬:出逢った女

 その女に会ったのは、いつだったか。正確な記憶はない。

 ずっと昔、幼稚園児より昔だったような気もするし、小学校一年生くらいだった気もする。

 それくらい年齢に対しての記憶は朧気で、しかしその女に『会った』という感情だけは酷く強く記憶に残っている。


 雨の日だったか。雪の日だったか。

 とにかく寒い日だった覚えはある。

 珍しくひとりで遊びに来た公園のベンチ。

 そこに、その女は居た。


「おねぇさん? おなかいたいの?」


 その女は公園の端の方。大きな大木のある下で蹲っていた。

 だから俺はてっきり腹が痛いと思ったそう聞いたのだ。

 女は何も答えない。

 俺はつまらなくて、そこから離れてしばらく砂場で遊んでいた。

 けれどどうにも気になって、もう一度、大木の側に行ってその女に声をかけた。


「おねぇさん? だいじょうぶ?」


「……ぼく、わたしが……みえるの」


「え? うん」


 俺はとりあえずそう頷いた。

 女の声は泣いた後のようにしゃがれていて、どうにも聞き取れなかったからかも知れない。

 長い黒髪。白いワンピース。つばの長い白い帽子を目深に被っている、その女。


「そう……坊やは……」


 女は顔をゆるりと上げながら、何かを呟き、俺の肩を掴んで言った。



「坊や、わたしを見つけた褒美に、」



 女が放った言葉に「え?」と言う間もなく、俺は気が付いたら自宅の自分の部屋で目を開けた。

 側には涙目の両親に、まだ幼かった妹。

 なんと俺は、七日間も高熱を出して生死の境を彷徨っていたらしい。


 だから夢だと思っていた。

 アレは、あの女が発した呪いのような言葉は、全部夢だと。


 その話を神山にした。

 それは最近夢見が悪く、その夢ばかり見るからで、何かあるのかという相談のつもりだった。

 けれど話を聞いていた神山は終始難しい顔をした後に俺を見ると、いつになく真剣な声音で言葉を発した。


「この話。他の人にしたことあります?」


「いや? お前にだけだけど……」


「では今後、誰にもこの話をしてはいけませんよ」


「何でだよ?」


「……先輩に、恐ろしい災厄が訪れる光景が脳裏に浮かびました」


「俺に? 正直、いつものことじゃねぇの?」


「いえ、……いいえ」


 神山は首を静かに振り、否定した。


「これは、まさしく――呪いです」


「呪い、って、そんなもん俺は受けた覚えはねぇぞ」


「受けていますよ」


 真剣な眼差しの神山に、俺はのまれるように何も言えなくなる。


「ずっと不思議だったんです。先輩がどうしてこんなにも憑かれやすいのか。才能は天才的であれど、どうして霊力もロクにない先輩がこんなにも好かれやすいのか」


 ずっと不思議だったんです。

 神山は瞼を伏せて、その長い睫毛で頬に影を作りながら、言う。


「先輩は確かに、呪われていたんです」


 その、女のカタチをした『ナニか』に。


 俺は神山の言葉に頬をひくつかせながら、あの言葉を思い出す。



「――坊やを不幸にしてあげる」



 脳内で、狂ったように笑う甲高い声が聞こえた気がした。



 その数日後だった。

 神山が意識不明の状態で発見されたと聞いたのは。

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